第八話【荒療治】
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今回はちょっと短めです。
【サブタイトルですが、この章の第5話から話数の「第」が抜けています】「こ、のっ――」
「はい、そこまでだ」
興奮しながら手を振り上げたフィリップへと近づき、俺は喧嘩を仲裁することにした。
ミルカが大人しく殴られるとは思えないが、むしろ反撃で王子様がお星様になってしまう可能性が高いため、間に割って入ったかたちだ。
「くっ、この手を放せ!」
「放すのはいいけど、冷静になってよく考えてみろ。あれだけの数の魔物を瞬殺することができるミルカと喧嘩して、勝ち目があると思ってるのか?」
いや、まあ、さすがにミルカが王子様を全力でグーパンチするとは思えないけども、頭に血が昇ったら人間どうなるかわからないからな。
「……もういい。わかったから、手を放せ」
フィリップも理解してくれたようで、振り上げていた拳からふっと力が抜けた。
「ミルカも、あまりフィリップの込み入った事情にまで口を出さないほうがいい。王族という立場にあるフィリップの苦しみは、きっと本人にしかわからないだろうからな」
「……はい。わたしも、つい感情的な言葉をぶつけてしまいました。マモル様に仲裁してもらうなんて、お恥ずかしい限りです」
『二人とも仲直りしよ~よ~』
心配そうな顔をしながら足元をくるくると動き回っているジルが、そんなことを言う。
翻訳スキルを所持していないミルカやフィリップには、その言葉こそ届いていないだろうが、なんとなく場の雰囲気が和らいだような気がした。
「……フィリップ、わたしと仲直りしませんか?」
そう口にしたのは、少しだけ表情を緩めたミルカである。
「ふん、まあ……そっちがそう言うのなら、許してやってもいい。俺のほうこそ、お前の事情も知らずに心ないことを言ったかもしれないからな」
どちらともなく、握手を求め合う二人。
うんうん、フィリップも根っからのへそ曲がりというわけではなさそうだ。
仲直りの握手もしたことだし、そろそろ迷宮から出ようかな――と思っていると、
「――……懲りない人ですね」
「痛っ、ちょっ、待て! 今のは俺が悪かった! だから手を放せ、いや、放してください!」
フィリップが苦しそうな声を上げながら、のたうち回っているではないか。
……ああ。
握手のときに強く握って痛い目に遭わそうとでも思ったのだろうか。
残念ながら、うちのミルカちゃんは獣人で身体能力が高いから、そんじょそこらの男性より握力は強いと思うのよね。
◆◇◆
「――ふぅ……世話になったな。この礼はいつか返させてもらうぞ」
とりあえずは無事に迷宮の外まで送ってあげたが、フィリップは今後どうするのだろう?
「それは別にいいけど、また無茶な真似をするつもりじゃないだろうな?」
この困った王子様が、一度の失敗で大人しく国へ帰るようには思えない。
「もし迷宮へ潜るとしても、今度はしっかり雇った人たちのアドバイスに従ったほうがいい」
「……そう言われてもな。もう誰かを雇うような金も持ち合わせていないのだ」
なん、だと?
「ちょっと待った。仮にも王子なのに、なんでそんなに貧乏なんだ」
「王族だからといって、国庫の金を自由に使えるわけではないからな。自慢じゃないが、信用のない俺が財務大臣に金を都合してくれと言ったところで、ツバを吐かれるのがオチだぞ」
王子様なのにツバを吐かれるって……どれだけ信用ないのよ。
「俺を迷宮に置いてけぼりにした連中に支払った金は、装飾品などを売って工面した金だったんだが……それも無くなってしまったしな」
実に困った、などと悠長なことを言っているフィリップ。
「それじゃあ、一度自分の国に帰ったほうがいいんじゃないか? 黙って出てきたのなら、皆も心配しているかもしれないぞ」
「いや、まだ帰るつもりはない。俺がしばらく姿を見せなかったところで、どうせ城下町で遊んでいるのだろうと気にもしないさ」
うーむ。変なところで頑固なんだよな、この王子様は。
「金については……まあ、何とかなるだろう」
いやいやいや……何とかなるわけないだろ!
缶詰を日本から輸入するだけで倍々ゲームのように大儲けしている俺が言うのもなんだが、金を稼ぐっていうのはすごく大変なんだぞ。
世間知らずの王子様が、ちょっと頑張れば金を稼げるなんて本気で思っているのなら、缶詰のシロップよりも甘々な考えである。
悪い奴らに騙されて、数日後には奴隷市にでも並んでいそうだ。
「仮にお金が用意できたとしても、今回あれだけ危険な目にあったわけだし、やっぱり無茶な真似は止めて国に帰ったほうがいいと思うが……」
「とにかく、まだ帰るつもりはない」
……さて、どうしたものか。
フィリップは考えを曲げるつもりはないようだが、このまま放っておけば、また今日の二の舞になるのは目に見えている。
ちょっと荒療治かもしれないが、厳しい現実を知ってもらうのも悪くないかもしれないな。
「……フィリップ、今からちょっとだけ顔を貸してくれないか?」
「今から? 別にかまわないが」
「――こんなところに俺を連れてきて、何のつもりだ?」
俺がフィリップを連れて訪れたのは、迷宮探索ギルドの訓練所である。
ここには魔物との戦いを想定して訓練ができるよう、様々な訓練用武具が用意されており、ギルドに所属している者に開放されているのだ。
「たとえ護衛の人を雇ったとしても、君自身が魔物から逃げることしかできないのであれば、迷宮に潜るのはやはり危険だ。その腰にある剣が飾りだと言うのなら、さっさと国に逃げ帰ったほうがいい」
敢えて挑発的な口調でそんなことを言ってみる。
「ふんっ……そちらの考えは読めたぞ。己の無力さを噛み締めさせて、俺を説得するつもりなのだろう?」
そう言って、フィリップは鼻息を荒くして訓練用の剣に手を伸ばした。
「だが、俺とて剣の訓練は幼少の頃より積んできたのだ。さきほどは多数の魔物に襲われて動揺していたが、次に相対したときには自らの手で屠ってやろうぞ」
意外とノリノリである。
魔物の群れからすごい形相で逃げてたくせに!
「わかった。そうまで言うなら、この場でミルカと手合わせしてもらおうか。彼女は魔物との戦闘経験も豊富だし、君の力量を正確に測ってくれるだろうからな」
「お任せください。現実を教えてさしあげればいいのでしょう?」
俺の隣に立っていたミルカが、一歩前に出た。
拳の骨をバキバキと鳴らしながら、なにやらこちらも乗り気である。
「お、おう。でも、ちゃんと手加減はするんだぞ?」
「……いいだろう。魔物のように単調な動きをするだけの相手と思うなよ」
フィリップは不敵な笑みを浮かべながら、訓練用の剣を上段に構えた。
「――――せやぁぁぁぁぁっ!!」




