第五話【どれがお好み?】
投稿しまっす!
「なんじゃこりゃああ! これめっちゃ美味いやん!」
そう言いながら、ずらりと並べられた缶詰を試食しているのは、迷宮探索ギルドの長であるヴァサゴさんだ。
「ぷはっ! このクオリティで何年も保存できるとか……これは絶対に売れるわ!」
持ってきた缶詰を全部平らげたヴァサゴさんは、缶詰の有用性を理解してくれたようだ。
「喜んでもらえて何よりです」
こうしてヴァサゴさんに缶詰を試食してもらったのは、今後俺が仕入れてきた缶詰をギルドに卸させてもらいたいからだ。
異世界人にとっては見慣れない金属の筒――缶詰を携帯食料だと言って販売するには、皆が信頼しているギルドに協力してもらうのが一番だと思ったわけである。
意味不明な言語が缶詰のパッケージに羅列されていても、ギルドがどこか遠い国から珍しいものを輸入したのかも? と興味を持ってくれるだろう。
そう考えた俺は、さっそく缶詰の見本品をヴァサゴさんに試食してもらったのだ。
「――というわけで、この缶詰なる携帯食料をギルドに卸したいんですけど……」
「なるほどなぁ。ちなみにこれ、いったい幾らで売ってくれるん?」
普段は気さくな雰囲気のヴァサゴさんであるが、いきなり商人モードに切り替わったようだ。
缶詰の値段は、ピンからキリまである。
一つ100円もしないような安価なものから、よほど懐に余裕があるような時しか買わない高級缶詰まで、様々だ。
とりあえずは、俺がよく食べていた価格帯の缶詰を仕入れて来ようと思う。
自分が食べたことのある物なら、安心して異世界人にも勧めることができるからな。
「そうですね。今試食してもらった商品なら、だいたいこれぐらいで……」
「ふんふん、ギルドの利益をちょっとだけ上乗せして販売するにしても、それなら十分売りさばくことができそうやな。よっしゃ、この缶詰とやらを仕入れてきたらギルドのほうで買い取らせてもらうから、じゃんじゃん持ってきてもらって大丈夫やで」
――数日後。
ギルドの販売カウンターは、大勢の人で賑わっていた。
「おい! サバ缶を十個くれ!」
「こっちはサンマの蒲焼きを五個だ。それと焼き鳥缶も十個な。あと桃の缶詰」
「なんだぁ!? フルーツミックス缶詰はもう売り切れただと!? こっちは今から迷宮の奥深くに潜ろうってのに、どうしてくれるんだよ!? いまさらクソ硬いパンと干からびた乾燥肉の食事で満足できるわけないだろ。俺をこんな体にした責任を取りやがれ!」
思った通り、おいしい携帯食料というのは需要があったようだ。
最初は『なんだこれ?』と躊躇する様子が見られたものの、噂が噂を呼び、今では発売した直後に完売するという有様である。
こりゃあ、次はもっと大量に仕入れてくることにするか。
だいたい100円から200円程度の缶詰をラインナップとして揃えているが、それらをギルドに一つ500ゴールドで卸しているので、金貨を換金する際に少し目減りすることを差し引いても、世界を往復するたび所持金が倍になっていくような状態である。
10万円が20万円、20万円が40万円、40万円が――という倍々ゲームは、需要と供給がつり合うまでは続いてくれそうだ。
……だけど、この数日はほとんど迷宮に足を踏み入れていないんだよな。
迷宮探索をしている人たちの食料事情を改善することでも、事態の沈静化には一役買っているとは思うのだが、ギルドに顔を出すと、あまりよろしくない情報も聞こえてくる。
最近は、迷宮内の魔物が活発化しているらしいのだ。
魔物が大量に発生するだけでなく、普段よりも凶暴になっているとかなんとか。
もしや、それは魔物が溢れ出す兆候というやつだろうか。
そんな中、缶詰で儲けて満足しているだけではよくない気がする。
危なくなったら逃げ出すと公言していたが、俺はどうにも典型的な日本人といった性格をしているらしく、一度引き受けたことには責任を感じてしまうのだ。
今日は午前中に缶詰の仕入れを終わらせて、午後から迷宮に潜ってみることにするか。
実際に自分の身で体験してみると、また迷宮探索に役立つ道具を閃くかもしれないからな。
◆◇◆
「――ギギ……ギギャァァァッ!」
金属を擦るような不気味な鳴き声は相変わらずで、迷宮に入ると魔物がこちらに襲いかかってきた。
ウサギ型の魔物は群れをなしており、いくらミルカとはいえ、その全部を瞬殺することはできない。
両手に持ったククリナイフで魔物の体を切り裂くと、息をつく暇もなく二体目が飛びかかってきたので、彼女は軸足で地面を抉るようにして回転蹴りを繰り出した。
壁に叩きつけられたウサギ魔物は、首の骨が折れたのか、ピクピクと痙攣してから灰のように消え去っていく。
そんな攻防に見惚れそうになったが、魔物二体がミルカの横をすり抜けてこちらへと駆けて来るではないか。
やや緊張しながらも、俺はマチェットを構えた。
「ガゥルルル!」
ジルが獣のような(※獣です)唸り声を上げ、正面から魔物の喉元へと喰らいついた。
地面の上を転がりながら、魔物の喉笛を噛み砕く音が聞こえる。
そうして残りの一匹が、俺のほうへと一直線に向かってきた。
……大丈夫だ。
こういうときのために、俺だってミルカと戦闘の訓練をしていたのだから。
ウサギ型の魔物が突進してくるのを冷静に観察し、相手が跳躍した瞬間に半身になって攻撃を回避すると同時に、上段に構えたマチェットを振り下ろす。
ザグッという確かな感触が手に伝わってきて、魔物の首がごろんと地面に転がった。
「……ふぅ」
相手が感情を宿した生き物であったなら、その命を奪うことに対して、現代日本で暮らしていた俺はもっと躊躇っていたと思う。
だがしかし、この世界における魔物は敵に対する殺意しか持っていないのだ。
意思疎通も到底不可能で、そもそも生物かどうかも正直怪しい。
以前戦った魔物との戦闘で、俺はそんなことを学んだ。
自分が倒した魔物が灰になって消えるのを見届けてから、武器を鞘にしまう。
「――す、すみません。二匹もそちらに行かせてしまいました」
「気にしなくてもいい。ジルだっているし、俺もミルカほどではないけど戦えるからな」
「でも……」
「前にも言ったけど、ミルカは俺の大切な仲間なんだ。俺を守ろうとしてくれるのは嬉しいけど、それで無茶し過ぎて怪我なんかされると、俺はとても悲しいぞ」
しゅん、としていたミルカの頭を優しく撫でる。
災厄の種という呪われたスキルによって、大切なものを失い続けてきた彼女だからこそ、その悲しさは身に沁みていることだろう。
「そう……でしたね。わたし、ちょっと気を張り詰めすぎていたかもしれません」
「うんうん、もうちょっと俺を頼ってくれてもいいんだぞ? まだまだ迷宮初心者だけどな」
「はい。えっと、その……ありがとうございます」
『照れてる照れてる~、ミルカの顔が真っ赤になってる~』
よし。ジルが茶々を入れてくれたところで、迷宮探索再開といきますか。
――その後も、俺たちは順調に迷宮の探索を続けた。
たしかに、やや魔物が凶暴になっている気もするが、地下一階にいる魔物相手なら危なげなく対処することができる。
「ふぃ~、そろそろ休憩にしようか」
迷宮内の憩いの場所……とまでは言わないまでも、少しはのんびりできそうな場所へ到達した俺たちは、小休止をするために足を止めた。
他のパーティもちらほら見受けられ、煮炊きをしている者なんかもいる。
興味が湧いたので観察していると、やはり荷物の中から缶詰を取り出したではないか。
こういうのを間近で見れると、仕入れた俺としてはちょっと嬉しい。
ちなみに、この世界では小麦やお米は普通に存在しているのだが、最近は迷宮に米を持っていく人が増えているのだとか。
おかず系の缶詰は、白いご飯と抜群に相性がいいからだろう。
鍋と米さえあれば、泉が湧いている場所で米を炊くことができる。
缶詰を持ってきているパーティも今から食事をするらしく、火にかけられた鍋がシュンシュンと白い湯気を出し、食欲をそそる匂いが漂ってきた。
あの熱々の炊きたてご飯に、甘じょっぱいサンマの蒲焼きでも乗せたら、もう最高ではなかろうか。
くぅ~、俺も食べたい。
また別のパーティでは、焼き鳥缶をそのまま焚き火で炙り、それをツマミにしてワインをごっきゅんごっきゅんと豪快に飲み干している者もいた。
ああ~わかるわ~。
焼き鳥って日本酒とも合うんだけど、実はワインとも相性ばっちりなのよ~、もうやだ~。
……って、なんで俺はオネエ言葉になってるんだ。
テンションが上がりすぎて、なんか変な感じになっちゃったよ。
俺が仕入れた缶詰を、ほくほくと美味そうに食べている光景を見ていたら、なんだかこっちまで楽しくなってくるじゃないか。
今度は酒のツマミにばっちりな、あのシリーズでも仕入れてこようかな……いや待てよ、魔物が出没する迷宮内で酔っ払うのは危険なので、それは止めといたほうがいいか?
――などと考えながら休憩所でのひとときを過ごした後、俺たちは迷宮探索を再開した。
地下一階をくまなく歩き回り、襲ってくる魔物を撃退していく。
地図に描かれている地下一階はほぼ探索し終えたので、そろそろ帰ろうかと考えていると、
「――ぎゃあぁぁぁぁぁぁっ! 誰か助けてくれぇぇぇぇっ!」
どこかから絹を裂くような――……もとい、雑巾を引き裂いたかのような声が聞こえてきた。
マモルそんなこと言ってたっけ? と思うようなシーンがあるかもしれませんが、
ああ、あれね。言ってた言ってた~、と流していただければ幸いです。
それにしても、缶詰って本当にたくさんの種類がありますよね。
缶詰ランキングを見たら、自分の好きな缶詰がランクインしててちょっとテンション上がりました。
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