第四話【異世界交易】
今回はお金の話と仕入れの話になります。
調べてみると、へぇ~と思う部分があったので、ちょっと書いてみたり。
どうぞ。
食事と休息を取った後、ひとまず俺たちは迷宮探索を終えることにした。
まだ迷宮都市に来たばかりだし、ここで無理をする必要はないからだ。
帰路でも何匹かの魔物と遭遇したが、俺に指一本触れることなくミルカに両断されていた。
ジルの探知能力と、ミルカの反応速度が速すぎるのである。
護衛が優秀すぎて、戦わせてもらえない。
「ぷはぁ~、やっぱり地上の空気はうまいな」
迷宮の空気が淀んでいるわけではないが、やはり地下に潜っていると気分的に息苦しい。
大きく深呼吸してから、地上に戻ってきた俺たちは戦果を確認することにした。
手に入れた魔石を空間収納から全部取り出すと、手のひらにこんもりと積めるほどの量がある。
「小さな魔石ばかりですが、これだけあればそれなりの金額になると思います」
本来であれば、短時間でこれほど大量の魔物を狩ることはできないらしいのだが、迷宮内に魔物が大量発生している現在は、ある意味稼げる時なのかもしれない。
「――お待たせしました。こちらをお受け取りください」
魔石をギルドの換金所に持っていくと、全部で5万ゴールドになった。
異世界交易の軍資金とするには心もとない金額だが、一文無しの俺たちにとってはありがたい収入だ。
……さて、と。
初めての迷宮探索で疲れたし、今日のところは宿でゆっくり休もう。
そういえば……滞在費用はギルドが負担してくれると言ってたっけ。
「あの、ちょっとお尋ねしたいんですが」
「――はい。その件についてはギルド長より伺っております。この街には多くの宿泊施設がありますので、どうぞご自由にお泊りください。お支払いの際に、当ギルドが精算すると伝えていただければ結構です」
おうふ、なんとも太っ腹な話だ。
つまり、どんな宿に泊まろうとも『ギルドにツケておいてください』という言葉で泊まり放題というわけか。
よし。ここは一つ、普段は泊まらないようなゴージャスな宿で一泊してやろうじゃないか。
……などと思っていたのだが、結局、その日に利用したのはお手頃価格の庶民的な宿だった。
いや……ねえ?
なんというか、他人のお金で贅沢するって落ち着かないんだもの。
――翌日。
大量発生している魔物を倒すことで、昨日よりもさらに多くの魔石をゲット。
これで手持ちの金額が10万ゴールドを超えたため、異世界交易の軍資金となる金貨を手に入れることができたわけだ。
「よし、さっそく買い出しに行くか」
俺は精霊の道を使って、異世界の扉がある洋館へと移動した。
来るときは船旅やらで大変な目に遭ったが、一度行ったことのある場所だと、セーレの加護のおかげで一瞬で移動できるのだ。
異世界の扉を開くと、向こう側はもう日本である。
『どこ行くの? ぼくもついてくよ』
ジルがそう言って、俺の後ろをトコトコ歩いてきたので、扉で挟みそうになった。危ない。
うーむ、どうしよう。
このぐらいの大きさであれば、見慣れない犬ということで誤魔化すことも可能だと思う。首輪も着けているし、騒ぎにはならないだろう。
「じゃあ、一緒に来るか?」
さすがに買い物のときは店内に入れないから、車の中で待ってもらうことになるが。
『わーい! 行く行く!』
「あの……わたしは、どうしましょう?」
ものすごく一緒に来たそうな顔を、なんとか取り繕って聞いてくるミルカ。
ジルが仲間に加わったことで、彼女はなんというか――手のかかる弟ができたお姉さん、というポジションにあるのかもしれない。
ここでわたしまで無理を言ったら、俺を困らせてしまうのではないか? 的な。
いやいや、この会話の流れで彼女だけ置いてきぼりにするわけがない。
「もちろん、ミルカも一緒に来ればいい。こんなこともあろうかと、ちゃんと準備はしてあるからな」
猫耳少女が日本の街中を歩いても平気なように、この前フード付きのトレンチコートを購入しておいたのだ。
猫耳と尻尾さえ隠してしまえば、ミルカが変に注目されることはないはずである。
「ありがとうございます! マモル様の世界を自由に歩くのは初めてなので、とっても楽しみです!」
「うんうん、でも絶対に俺とはぐれるんじゃないぞ。もし万が一、耳や尻尾を誰かに見られたら、コスプレだって言うように」
猫耳と尻尾であれば、たいていはそれで誤魔化せるだろう。
「は、はい! こす……ぷれ、ですね。わかりました」
よし――それでは、いざ日本へ。
異世界の扉をくぐり、ミルカにはさっそく空間収納から取り出したトレンチコートを着てもらった。
膝下まであるカーキ色のコートが尻尾を隠し、フードを被ると猫耳も完全に見えなくなる。
楽しそうに走り回っているジルを抱きかかえて車に乗せたら、皆で出発だ。
まずは、異世界の金貨を換金する必要があるため、友人の貴志がやっている質店に向かうことにした。
ここは、ミルカとジルには車待機をしてもらう。
「おお、最近はよく来るな。また金貨を換金しにきたのか?」
もう何度もお世話になっているため、貴志も異世界の金貨を見慣れてきたのではないだろうか。
もちろん、毎回きちんと比重検査をして金であることは確認してもらっているが。
「――毎度あり。しかしまあ、いったい何枚この金貨を持ってるんだ? もしかして、こっそりとどこかの国で埋蔵金でも発掘したのか?」
普通は客のプライバシーに踏み込むような真似はNGだが、友人である貴志はもともと好奇心が強いほうだ。今も答えを求めているわけではなく、ただ単に興味が湧いたことを口にしているだけだろう。
……もし正直に全部話したら、彼も異世界に来たがるかもしれないな。
「まあ、そのうち話すよ。ところで、こういった金貨の換金は何度も繰り返しているとマズいものなのか?」
悪いことをしているつもりはないが、法律に触れるような真似は極力したくない。
「マズいっていうのは、税金の申告っていう意味でか? 今のところ問題ないと思うぞ。金の取引で一定以上の利益を出したり、一度の取引額が大金の場合は申告が必要だが、それは金地金の取引の場合だからな」
「ん? ……俺が持ち込んだのも本物の金なんだろ?」
「ああ、本物の金だ。だけど金地金っていうのは……インゴット――わかりやすくいえば、金の延べ棒だな。資産用に現在製造されている金貨なんかも、これに該当する」
では、俺が持ち込んだ異世界の金貨は何に該当するのだろう。
「金が含まれている古銭、もしくは記念硬貨なんかは、いわゆる生活用動産ってやつに分類されるんだよ。不要になった金のアクセサリを売却するみたいな扱いだな。こっちは一個あたり30万円を超えなければ、申告の必要はない」
異世界の金貨は一枚8万円ほどの価格で引き取ってもらっているから、特に申告の必要はないというわけか。
「まあ、その物品を購入した金額や税金の控除なんかも関係してくるから、仮に30万円を超えて利益が出ていたとしても、申告が必要なケースは実際ほとんどないんだけどな」
ちょっとホッとした。
いつか税務署の人が押しかけてくるんじゃないかと、内心ヒヤヒヤしていたのだ。
とりあえずは問題なさそうだが、やはり出処不明の金貨という意味では怪しさ満点なので、調子に乗ってガンガン換金するのは控えたほうがいいだろう。
「ま、小難しい話はこれくらいにしとこうか。もし気が向いたら、その金貨の出処でも話してくれよな」
「ああ、いつもありがとうな」
丁寧に色々教えてくれた貴志に礼を言ってから、俺は本来の目的を果たすべく車を走らせた。
次に向かった先は――庶民の味方である大型の食料品店である。
「うわぁ……これが、こちらの世界の市場なのですね!」
ミルカは、棚に並べられている膨大な商品を見ながら興奮していた。
「あ、アレはなんですか!? え、これって食べられるんです!?」
まるで子供のように――いや、実際にミルカはまだ子供ともいえる年齢だが――楽しそうにはしゃいでいる姿を見ると、こっちまで楽しくなってくる。
さて、と。
俺が今回購入しようと思っているのは、迷宮探索のときに持っていける携帯食料だ。
迷宮の奥深くに潜るのであれば、保存性の高い食料を持っていく必要があるため、焼きしめたパンや乾燥肉になるのもわかる気はするが、率直に言っておいしくない。
では、何を持っていけばいいのか?
色々と考えてみたのだが、異世界でもガラスはある程度普及しているため、瓶詰めの保存食品というものは存在する。これを携帯食料にすれば、少なくとも硬いパンや乾燥肉よりは満足する食事ができることだろう。
しかしながら、異世界の瓶詰め食料はかなり割高だし、なにより魔物との戦闘で激しい動きをしたら割れてしまう恐れがある。
俺のように空間収納スキルを所持している場合は問題ないが、このスキルはかなり貴重なもののようで、迷宮内で他のパーティを観察していても空間収納を使う様子は見られなかった。
なので、安価で頑丈、それでいて美味な携帯食料を日本で仕入れてこようと思ったわけだ。
「――なんだか、金属の筒のようなものがたくさん並んでますね。これは魚の絵……ですか? 一つずつ丁寧に描かれていて、とってもおいしそうです」
「ああ、これは缶詰っていってな。この金属の筒の中に食料が詰められていて、中身は何年も腐ることなくおいしく食べられるんだよ」
そう。俺が異世界交易で仕入れようと考えているのは――缶詰である。
仕事で深夜に帰宅したときなんかはスーパーも閉まっているので、まとめ買いしておいた缶詰にいったい何度救われたことか。
熱々の白ごはんに、サバの切り身をちょこんと乗せ、醤油をほんの少し垂らしてから一気にかきこむと、それだけで贅沢な晩餐のように感じられたものだ。
「しかしこうして見ると、色んな缶詰があるんだな」
定番のサバ缶に始まり、鮭缶、サンマの蒲焼き、焼き肉に焼き鳥などなど、本当に様々な種類の缶詰が販売されている。
「とりあえずこれとこれ、それからこれも……」
売り出す方法については、ちょっと考えていることがあるので、大量に箱買いするのではなく、まずは見本品として持っていくための缶詰をカゴの中へ入れていく。
ああ……オイルサーディンも美味いんだよな、これ。
そのまま食べても十分おいしいけど、蓋を開けてから缶のままガスコンロの火で炙り、レモンなんかを絞ると最高に美味なのだ。
じゅるり。
うん、これも買っていくか。
皆さんはどんな缶詰が好きとかありますでしょうか?
ちなみに作者は、サバの水煮缶に醤油とマヨネーズをかけて白飯にぶちこむ行為がわりと好きです。
オイルサーディンを缶ごとガスコンロで炙るのも(※危ないです)、うまいんですよね~
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今月、7月20日に
『スキル売買で異世界交易(行脚から一部変更) ~ブラック企業で病んだ心を救ってくれたのは異世界でした』の書籍版1巻が発売されます。
良い作品となるよう大幅に改稿し、緋原ヨウ様の素晴らしいイラストも加わり、ボリューム満点の一冊となっておりますので、興味のある方はぜひお手に取ってくださいませ。




