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第一話【迷宮都市アイリス】

ちょっと早めに投稿します^^b

 ――船旅は二日ほどの道程だった。


 新たな冒険の始まりとか言って格好をつけていたが、長距離を船で移動した経験がなかった俺は、酷い船酔いで甲板から盛大に魚の餌を撒き散らすことになった。

 心配したミルカが背中をさすってくれたり、ジルが俺の周りをクルクルと回って励ましてくれていたのは覚えているが、もうしばらくは船に乗りたくない。


 リーザス大陸側にもトリム港という同じ名前の港があり、俺たちはそこで定期船から下船した。

 迷宮都市アイリスまでは馬車も出ていたが、船酔いから回復しきっていない状態で馬車に揺られる気分にならなかったので、街道を歩いていくことにする。

 途中で馬車に何度か追い抜かれはしたものの、見晴らしの良い景色を眺めながら歩いていると気分も回復し、なんとか迷宮都市アイリスに到着だ。




「――……ここが迷宮都市かぁ。街の雰囲気とかは、ヴァレンハイムとずいぶん違うんだな」


 ヴァレンハイムは、商売が盛んな商業都市といった印象を受ける街だった。

 ブライトさんのような紳士然とした商人が大通りを闊歩していたからだ。

 しかしながら、ここアイリスでは通りを歩く人の多くが武装している。

 帯剣している者はもちろん、分厚い鎧を着込んでいる人や、重たそうな斧や金槌を背負っている大男も見かけられた。


 耳をすますと、どこかから怒鳴り声のようなものも聞こえてくる。


「なんだか……ちょっと物騒な雰囲気だな。迷宮がある場所ってどこもこんな感じなのか?」

「迷宮内で魔物が大量に発生しているということでしたし、皆も気が立っているのかもしれませんね。基本的に、迷宮の周囲には魔物と戦うことを生業としている人たちが多く集まるので、あまり治安が良いとは言えないかもしれません」


 やっぱりそうだよな。

 なんとなく、海外旅行でちょっと治安の悪い国に来てしまった感があるもの。

 油断してると財布とか盗られそうだもの。


『マモルに悪いことするやつがいたら、ぼくが噛みついてあげるよ』


 そう言って、尻尾をピンと立てたジルが周囲を油断なく見回す。


「はは、そりゃあ心強いな」


 もふもふの白い毛並みを撫でてあげると、得意そうな顔で尻尾を振っていた。


「それじゃあセーレの言っていたように、まずはギルドに行ってみようか」


 街の案内図が書かれている看板を発見し、大通りを進む。

 どうやら街の中心部に迷宮があるらしく、迷宮都市アイリスは、迷宮を囲むようにして発展してきた街のようだった。

 すぐに迷宮に潜ることができるなど、利便性は高いのかもしれないが、もしこの迷宮から魔物が溢れ出したりしたら、街は一巻の終わりである。

 この街で暮らしている人たちが、多少ピリピリするのも仕方ないことかもしれない。


 そうして、同心円状に広がっている街の中心へと到着した俺たちは、迷宮のすぐ傍に建っている迷宮探索ギルドにたどり着いた。

 かなり古くからある建物らしく、年季の入ったレンガ造りの建造物は歴史を感じさせてくれる。


 中に入ってみると、武装した人たちがずらりと並んでいた。

 新顔である俺たちを値踏みするかのような鋭い目つきがあちこちから向けられたが、できるだけ目を合わさないようにして受付へと歩いていく。


 えっと、何て言えばいいんだろう。

 さすがに、『精霊のセーレに頼まれてやって来ました』なんて言うわけにもいかないよな。


「ようこそ、迷宮探索ギルドへ。本日はどういったご用件でしょう?」


 迷っている間に、丁寧なお辞儀をした受付嬢がそう尋ねてきた。


「――そちらの方たちは客人だ。後はこちらで引き受けるから、君は業務に戻りたまえ」

「あ、ギリアムさんのお客様でしたか。それは失礼しました」


 いつの間にか受付嬢の隣に立っていたのは、眼鏡をかけた長身の男性だった。

 ぱっと見た感じは痩躯な印象を受けるが、よくよく観察すると一切無駄のない引き締まった体をしている。

 相手の強さなど見ただけで測れるものではないが、このギリアムという人物がデスクワークに従事している人物ではないことぐらいはわかった。


「……男にジロジロと見られるのは趣味じゃない。案内するから、黙ってついてきたまえ」


 やや高圧的な物言いだが、俺はこの街に来たばかりで右も左もわからない状態だ。ここは黙ってギリアムという人物についていくことにしよう。

 階段をのぼり、二階にある一番奥の部屋へ続く扉の前で、ギリアムさんが立ち止まった。


「ここがギルド長のお部屋だ。くれぐれも粗相のないように」


 ギルド長……? ということは、俺に用がある精霊というのはまさか……。

 ふと、そんなことを考えていると、


「言っておくが、ギルド長に何か良からぬことをしてみろ。両手両足を斬り飛ばすぐらいでは済まさんからな」


 え、なにこの人いきなり、やだ怖い。


「本来であれば、君のようなどこの馬の骨かもわからない人間が、いきなりギルド長に面会できることが異例なのだ。ありがたく思うように」


 だんだんと口調が荒くなっていくギリアムさんは、よほどギルド長への忠誠が厚いのだろう。

 さっさと扉を開けて中に入れてほしいのだが、前置きはまだ続くようだ。


「いいか? そもそもあの方はこの街を創設したと言ってもいいぐらいの――っ」


 話の途中であったが、それを断ち切るかのように勢いよく部屋の扉が開け放たれ、悦に入っていたギリアムさんを押し潰した。


「あ……ぐぅ」


 壁にめり込むほどの衝撃を受けたギリアムさんは、そこでようやく話すのを止める。


「客人が来たら粗相のないようにうちのところへ連れてきてってお願いしてたやろ。さっきから黙って聞いてれば、失礼なことばっか言いよってからに」


 ギリアムさんを叱りつけるように声を荒げているのは、部屋から出てきた女性だ。


「ご、誤解です。私はただ、ヴァサゴ様に失礼があってはいけないと思いまして……あひぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 必死に言い訳をするギリアムさんだったが、ヴァサゴと呼ばれた赤毛の女性は聞く耳をもたずに彼を蹴り飛ばした。

 ちょっとやり過ぎではないかと思えるくらいの折檻だったが、ギリアムさんは悲鳴を上げながらも何故かちょっと嬉しそうだ。


 なんだ……とっつきにくい相手だと思ったが、もしかするとただの変態だったのか。




「――すまんかったな。さっきはギリアムが粗相してもうて」


 部屋に通された俺たちは、あらためて赤毛の女性と挨拶を交わすことになった。

 眼帯をしたその女性は、独特な喋り方をしているせいか、ずいぶんと気さくな雰囲気をまとっているように思う。


「挨拶が遅れたけど、うちは迷宮探索ギルドの長をやってるヴァサゴや」

「はじめまして。マモルと言います」

「うん、セーレから色々と聞いとるよ。もう察しはついてると思うけど、うちも精霊やねん」


 セーレの知り合いということは、そういうことになるだろう。

 同じ精霊でも、雰囲気はセーレと全然違うんだな。ヴァサゴさんはずいぶんと人間っぽい感じがする。


「うちみたいに人間社会に溶け込もうとする精霊は珍しいほうでな。人間みたいに感情表現を豊かにしようとしてたら、いつの間にかこんな喋り方になってしもた」

「ヴァサゴ様。あなたが精霊であることは軽々しく話されないほうがよろしいかと」


 気さくに笑っているヴァサゴさんに、ギリアムさんが釘を刺した。


「心配せんでも、誰かれ構わず正体をバラすつもりはない。この客人たちは、別の精霊から紹介された信頼できる人物やからな」


「えっと……ギルド長が精霊であることは、周知されていないということですか?」

「そや。そこにいるギリアム以外は、ここのギルド職員もうちが精霊ってことは知らん。ギルド長として信頼を築いてきたつもりやけど、良からぬことを考える輩がいないとは言いきれんからな」


 ――精霊に管理されるのを嫌い、精霊を害しようと考えた人間もいる。

 ……たしか、セーレはそんなことを言っていた。


「さて……単刀直入に言うけど、ここに来てもらったのは他でもない。力を貸してもらえへんやろか? この街の迷宮に魔物が大量発生してるのは知ってるやろ。今はなんとか抑え込んでるけど、このままやと危険な状況なんや」

「それはセーレからも聞きました。でも、本当に俺なんかが助けになるんでしょうか?」


 そんな危機的状況を打開するには、もっと大がかりな手段が必要だと思うのだが。


 俺が心配そうな顔をしていると、ヴァサゴさんはくすりと笑って眼帯を外した。

 その下には、傷痕があるわけでもなく、もう片方の眼と同じく綺麗な瞳が覗いている。


「……うん。やっぱりあんたが来てくれたことで、良い未来に向かう可能性が視えてきたわ」


 未来? 可能性?


「まさか……」

「そのまさかや。精霊はそれぞれ色んな能力を持ってるけど、うちは過去や未来を視ることのできる能力を持っとる。普段から色んなもんが視えてたらシンドイから、必要ないときは眼帯をしてるけどな」


 ……そういうことか。

 どうやら、特に意味もなく眼帯をしているわけではないようだ。

 そんなことをするのは、ちょっと多感な時期の少年少女くらいのものである。

 いや、今はそんなことどうでもいい。


 過去や未来が視える? それってすごくない?


「まあ、それほど万能ではないけどな。色々と制約はあるし、未来なんかは様々な条件によって目まぐるしく変化しとるから、不安定でぼんやりとしか視えん」


 なるほど。だから『可能性』という言葉を使うわけだ。

 俺がこの街でこんな行動をすれば未来はこう変わる、といった明確なビジョンが視えているのならば、話は早いのだが。


「それで話をもとに戻すけど、協力してくれる気はあるん? うちはこれでも恩義に厚い女やからな。力を貸してくれるんなら、お礼はするで」


 もしかすると、ヴァサゴさんからも加護を授けてもらえるのだろうか。

 俺とて、まだまだ少年の心を失くしたわけではない。

 未来視とか、その響きだけでも心躍る。


「もちろん、あんたの人捜しとやらも手伝ったる。うちの能力を応用すれば、有用な情報を得られること間違いなしや」


 ……そこまで言われると、もはや断る理由はないな。

 というか、もともと手を貸すつもりでここまでやって来たのだ。

 俺がいることで事態が好転するというのなら、しばらく滞在しようじゃないか。


「ええ、俺でよければお手伝いします。ただし、危ないと感じたら逃げるかもしれませんので、そこはよろしくお願いします」

「もちろん構わんよ。命を投げ出せなんて言うつもりはないし、あんたが思うように行動してくれたらええ」




 ――ひとまず話がまとまったところで、客人用の香り高い紅茶をすすりながら、俺はヴァサゴさんに気になっていたことを聞いてみる。

 色々と聞きたいことはあるのだが、まずは、精霊である彼女がギルド長をしている経緯についてだ。


「ほんなら、うちがギルド長をしている理由を話しとこか。そもそもの、迷宮の役割についてはセーレから聞いとるん?」


 たしか……迷宮は、周囲の土地から負の感情を集めて浄化する役割を担っていると言っていた。


「そや。迷宮の浄化作用は常に働き続けてるんやけど、それでも浄化しきれんかった悪い気が集まって具現化してもうたのが、魔物ってことやな」


 迷宮で魔物が大量発生しているということは、つまりそれだけ負の感情が多く集まっているということだ。


「管理するなんて言ったら偉そうに聞こえるけど、うちら精霊の役割は、迷宮が機能を維持できるように見守ることなんや。となれば、増えすぎた魔物を放置しておくわけにはいかん。魔物が外に溢れ出したりしたら、恐怖が伝染して事態はますます悪化するやろうしな」

「だからこそ、ヴァサゴ様はギルドを設立されたのだ。迷宮を探索し、魔物を討伐する人間たちを支援することで、そういった事態を未然に防げるようにな」


 ギリアムさんが誇らしげに胸を張りながら、会話に入ってくる。


「我々が垂れ流した負の感情によって魔物が発生するというのなら、その後始末をするのも当然我々人間であるべきだろう」


 なるほど……自分たちで出したゴミは自分たちで処分する、みたいな感じか。

 ヴァサゴさんが設立したギルドが、そういった活動を補助する役割を担っているとしたら、迷宮の管理を上手に人間と協力しながら行っているように思う。


「まあ、そんなわけでうちはギルドを設立したわけや。どや? マモルもギルドに加入して稼ぐつもりがあるんなら、優遇させてもらうで?」


 ヴァサゴさんは、いつの間にか俺のことも名前で呼ぶようになっている。協力すると申し出たせいか、より気さくな雰囲気だ。


「前向きに検討させてもらいます」

「うんうん、その気になったらいつでも言ってな」


「あの……」


 状況を静かに見守っていたミルカが、そこで遠慮がちに口を開いた。


「今回、魔物が大量発生した原因についてはわかっているんでしょうか?」


 うん、俺も次はそれを聞きたいと思っていた。

 意思の疎通ができない魔物に理由を聞くことなどできないが、精霊であるヴァサゴさんなら原因を把握しているかもしれない。


 その質問に、やや真面目な面持ちとなったヴァサゴさんは、ギリアムさんのほうを見やった。


「――それについては、私から報告をしよう」

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