【ミルカ外伝②】
投稿が遅れて申し訳ありません。
村襲撃のシーンを詳細に書いたら予想以上に鬱なものになり、しばらく筆が止まってました。
なので、もちっとソフトな表現で外伝の続きを書いた次第です。
※とはいえ、過激描写が苦手な人はご注意ください。
……嫌だ。
扉を開けないで。
お父さん、そのままお母さんを連れて逃げて。
この先の光景は、絶対に見たくない。
見たくない見たくない見たくない見たくない!
「――――っ!?」
……夢……?
額には、汗のせいで髪がべったりとくっついてしまっている。
「う……っぷ」
こみ上げてくるものを無理やり抑え込み、しばらく動くこともできずに固まっていた。
……あの頃のことを夢に見るのは、もう何度目だろう。
あそこで目を覚ますことができたのは、幸いだったと言えるかもしれない。
「ここ、は……?」
夢と現実の境目で朦朧とする意識を、なんとか引き戻して周囲を見回す。
自分が今いる場所は、狭い馬車の中だ。
ああ……そうだった。思い出した。
自分は、奴隷として売られたのだ。
大切なものを全て失ったわたしは、誰にも頼らず生きていこうと決めた。
何の知識も技術も持っていなかったわたしが食い扶持を稼ぐ方法は限られていたが、死に物狂いで武器の扱いを学び、どうにか迷宮の魔物を倒せるぐらいには成長した。
悪意そのものが形を成したかのような気味の悪い生物――魔物は、様々な動物やヒトの形を模した形態をしていて、体の表面には赤黒い血管のようなものが走っている。
迷宮へ足を踏み入れた人間を見ると問答無用で襲いかかってくるため、殺意以外の感情を持ち合わせていないのではないかと思うほど凶悪なやつらだ。
独りで迷宮に潜り、そんな魔物と戦っていれば、命がいくつあっても足りない。
……だけど、わたしは死ななかった。
生傷が絶えることはなかったが、ここで無様に死んでしまえば、自分の中に宿る“災厄の種”に屈したことになる。
それだけは、嫌だった。
絶対に死んでやるものか。という気持ちが、ギリギリのところでわたしを生かしてくれていたのだと思う。
だけどまあ、そんな戦い方は傍から見ているとヒヤヒヤする光景だったらしく、ある日わたしは迷宮を探索している一団から声をかけられた。
――一緒に迷宮探索をしないか? と。
リーダーの男性は、わたしが所持している呪われたスキルのことを聞いても、勧誘の言葉を引っ込めることはしなかった。
それだけ腕に自信があったのかもしれないし、自分の娘と同じぐらいの年齢であるわたしが、危険に飛び込んでいくのを黙って見ていられなかったのかもしれない。
心も体も疲れきっていたわたしは、その誘いを受けることにして、もう一度だけ頑張ってみることにしたのだ。
……誰かと支え合って生きる道を。
しかしながら、わたしが行動を共にすると決めたその一団は、間もなく壊滅した。
迷宮で魔物の大群に襲われ、リーダーの男性はわたしの目の前で、生きたまま体を引き裂かれて絶命した。
噴水のように飛び散った血がべしゃりと頬に付いた感触は、今でも鮮明に思い出せる。
夢に見るどころではない。まだ、瞼の裏にあのときの光景が焼き付いている。
一団のわずかな生き残りは、それらを全てわたしのせいだと糾弾した。
正直、もうどうでもよかった。
賠償金代わりに奴隷として売られることになっても、当然かもしれないと思ってしまった。
奴隷市でわたしを安く買い叩いた奴隷商のバルボスという男は、一言でいうと最悪の男だった。
気に食わないことがあれば、調教と称して容赦なく鞭を振るってくる。
今まで凶悪な魔物を相手に戦ってきたというのに、愉悦の笑みを浮かべながら鞭を振るう男に、情けなくも恐怖を感じてしまった。
殺意を向けてくるだけの魔物のほうが、よほど可愛く思える。
馬車に詰め込まれて運ばれていく途中、強がっていても自分はまだまだ子供なのだと思い知らされ、なんだか泣きそうになってしまった。
――誰か助けて……。
心の中でそんなことを言いそうになり、自嘲気味に笑う。
助ける?
わたしを?
誰が?
……手を差し伸べてくれようとした人たちは、皆死んでしまった。
もう、わたしを助けてくれる人はいない。
……なんだか、もう疲れた。
災厄の種が所持者の絶望を糧にして周囲に不幸を撒き散らすというなら……きっと、次にわたしが運ばれていく街は壊滅するだろう。
そんなことを考えているうちに、奴隷商の店がある街に到着し、馬車を降りるように命じられた。
足がもたつき、バルボスがまたもや鞭を振り上げる。
――誰かがそれを制止する声を上げた。
その男性は、いかにも人の良さそうな顔をした人物だった。
わたしが忌まわしいスキルを所持していると教えたはずなのに、何を思ったのか、わたしの購入を検討しているようだ。
奴隷を検分する部屋で二人きりになると、その男性は突然こんなことを言った。
わたしが所持している災厄の種を、なんとかできるかもしれない、と。
正直、すぐには信じられなかった。
そんなことが簡単にできれば、わたしはこんなに苦労していない。
だが、目の前の男性――マモルというらしい――が嘘を言っているようにも見えない。
もしそれが本当なら……。
わずかな希望が心に灯ると、不思議なほど体に力がみなぎってきた。
言われるがままに手を伸ばすと、暖かい手がぎゅっと握り返してくれる。
長年自分を苦しめてきたものが、すぅっと体から抜け出ていくような不思議な感覚を味わいながら、わたしは相手の温もりを感じていた。
――災厄の種が取り除かれた後、わたしの人生の新たな目標が決まった。
自分を助けてくれたマモル様に、恩返しをしようと心に決めたのだ。
この方の奴隷として働けるというのなら、どのような命令をされようとも全力で応えるつもりだ。
奴隷証文なんておぞましい代物が、マモル様が手に持っているだけで、神聖な契約書に見えてくる。
それはまさに、一生涯をかけてあなた様をお守りします――という内容が書かれた絆の証明書のようなものだ。
マモル様がその奴隷証文をびりびりと破いてしまったときには、驚きのあまり放心してしまったが、破られた紙片を回収することには成功した。
あとでこっそり復元しておこう。
……一度にたくさんのことが起こりすぎたせいで、その日の夜はなかなか寝つけなかった。
つい先日まで絶望の底にいたというのに、今は自分でもずいぶん浮かれていると思う。
それはそうだろう。今までずっと自分を苦しめてきたものが、消失したのだから。
だけど、凄惨な過去が全て消え去ってしまったわけではない。
マモル様に暗い顔を見せたくないので、自然に明るく振る舞っているつもりだが、夜になって目を閉じれば、いつまた恐ろしい夢を見るかわからない。
「……まだ、起きてるのか?」
「す、すみません。起こしてしまいましたか?」
わたしが眠れないでいると、マモル様は心配するように優しく声をかけてくれた。
あろうことか、わたしは幼い子供がするようなお願いをしてしまった。
手を……握っていてくれないだろうか、と。
あまりにも子供っぽいお願いだ。
だというのに、マモル様は面倒くさがる様子もなく、わたしの手を握ってくれた。
「もう大丈夫だから――安心して眠るといい」
その手はがっしりと大きくて、まるで父親のようだった。
暖かな温もりは、母親に抱きしめられているかのような安心感がある。
――その日の夜、わたしは悪夢を見ることなく深い眠りに落ちた。
読んでいただきありがとうございました。
2章は12月頃から開始する予定です。
主人公のほのぼの視点で、迷宮近くにある街へと趣きます。
そこでマモルたちが出会った人物とは――
お楽しみに( ´ ▽ ` )




