【ミルカ外伝①】
ミルカの外伝を投稿します。
どうぞお楽しみください。
※本編はほのぼのでしたが、外伝は残酷描写が多々あります。
ご注意ください。
最も印象に残っている古い記憶は――賑やかな街の風景。
わたしが生まれた、村人全員を合わせても百人足らずのような小さな村ではなく、その何十倍、何百倍という人たちが暮らす街にやってきたときのことだ。
わたしが所持しているスキルを調べるために、わざわざ神殿のある街へと馬車に乗って街を訪れたのである。
馬車の中では母マーレの膝の上にちょこんと座り、暇になれば父親フランツの太い腕を掴んでぶらんぶらんと遊んでいた無邪気な少女――何も知らずにいたほうが幸せに暮らせていただろうか、それとも……もっと周りに迷惑をかける存在になっていただろうか。
今となってはわからない。
――ただ、わたしの人生があの日から一変してしまったのは、間違いのない事実である。
“災厄の種”――周囲に不幸を撒き散らす……呪いといってもいい最悪なスキルが、わたしの中に宿っていることが判明したとき、わたしはまだ事態の深刻さが呑み込めていなかった。
ただ、両親が動揺している姿を見て、心臓がギュッと握りしめられるように痛くなり、自分がいけないことをしてしまったのかと不安になった。
帰りの馬車の中では、母が泣いていた。
できるだけ、わたしに涙を見せないように頑張ってこらえていたが、それでも泣くのを抑えきれない様子だった。
父はそんな母を優しく慰めながら、心配そうな顔をしているわたしの頭も優しく撫でてくれていた。
村に帰り着くと、父は村長の家へと出かけていった。
おそらく、わたしが所持していたスキルのことについて相談に行ったのだと思う。
そのまま黙っている……という選択肢はなかった。
村へ災いが降りかかるかもしれない危険性を、村長にしっかりと伝えておく必要があったのだ。
――それから間もなく、わたしたちは村外れにあった空き家へと引っ越した。
村を追い出されなかっただけマシなのかもしれないが、これは父が村で唯一の鍛冶師であり、鍋や包丁などの鉄製品、農具などの修理も請け負っていた職人だったからだと思う。
村の隅っこで迷惑をかけないのなら、追放まではしないというのが、村長の判断だったのだろう。
そこからは、あまり思い出したくない子供時代の記憶である。
村長は、わたしが所持しているスキルについて、ことさら他の村人にふれまわるような真似はしなかった。
でも、たかだか人口が百人足らずの村だ。
ちょっとしたことから噂が広まってしまえば、それが村人全員に伝わるのはあっという間だった。
「近寄るなよ! 不幸が伝染るだろ!」
「どっか行けよ! 村から出てけ!」
「ちょっと、それは言いすぎじゃない? あの子は可哀想な子なんだから、そっとしておいてあげましょうよ。まあ……近づこうとは思わないけど」
……子供は残酷だ。
差別し、侮蔑し、過度に憐れむ。
大人は黙って無視するか、こちらを避けるように近づいてこなかったが、それまで一緒に遊んでいた友達の多くは、わたしのことを毛嫌いするようになった。
殴られ、石をぶつけられ、川に突き落とされ、心が折れそうになっても、家に帰るときにはごしごしと涙を拭いてから帰った。
これ以上、両親に心配をかけたくなかったから。
だけど、一度だけワガママを言ったことがある。
この村を出て、わたしたち家族だけで暮らせるような場所に行きたい、と。
そうすると母は、わたしをぎゅっと抱きしめてくれた。
隠しているつもりだったが、わたしが辛い目に遭っているのは十分承知していたのだろう。
「ミルカ……そうしようと思ったことは何度もあるわ。でもね、人間っていうのは独りでは生きていけないものなのよ。遠い地でわたしやフランツにもしものことがあれば、あなたは本当に独りになってしまう。ここは小さな村だけど、だからこそ皆が助け合って生きているの。今は辛くても、いつかきっとあなたの良さを認めてくれる日が来ますよ」
痛いほどに抱きしめられたわたしは、なんだか泣きそうになってしまった。
「――ただいま……って、おいおい、どうしたんだ二人とも。ん? ……ミルカ、服が泥だらけじゃないか。それにこの痣……くっそぉ! またあの悪ガキどもの仕業だな。今度という今度は許さん。今度あの悪ガキの家が農具の修理とか頼んで来やがったら、バッキバキにぶち折って叩きつけてやる!」
わたしを優しく抱きしめ、慰めてくれた母。
わたしを大切に想い、いつも元気づけてくれた父。
わたしは、両親のことが大好きだった。
何度でも言いたい。
わたしのことを愛してくれていた両親は、何よりも大切な存在だった。
そしてもう一人――わたしの心の支えとなっていた友達がいた。
名前はジジ。
わたしが災厄の種を宿していると知った後でも、態度を変えることなく付き合ってくれた数少ない友達である。
「はは、そもそも災厄の種ってなんだよ? 育てりゃうまい実でもつけてくれんのか? だったら大歓迎だぜ。よくわかんないスキルを持ってるからって、ミルカはミルカだろ」
ジジは大雑把な性格で、大人に怒られるような悪戯ばかりやっていた子供だったが、そのときの言葉は、今でもよく覚えている。
特にわたしに優しかったというわけではない。
変に気遣うことなく、本当に今まで通りの態度で接してくれたのが、当時のわたしにとっては何より嬉しかった。
そんなジジの態度に感化されたのか、他の子供たちも何人かは昔のように遊ぶようになっていき、少しずつ平穏な暮らしを取り戻していった。
――そんなときだ。
……ジジが大怪我をした。
彼の父親は狩人で、息子であるジジに狩りを教えるべく森へと一緒に出かけていたときのことだ。
罠にかかっていた猪に近づき、槍で心臓を突こうとしたその瞬間――罠が外れた。
死に物狂いで突進してきた猪は、その鋭い牙でジジを突き飛ばし、大怪我を負わせたのだ。
村に運ばれてきたとき、ジジは血まみれだった。
どうにか一命は取り留めたが、もう二度と歩くことができないかもしれないと、村の薬師が言っていた。
「悪いが……もう、うちの息子には関わらないでくれ」
お見舞いしようと家を訪ねたら、憔悴しきっていたたジジのお父さんは、静かにそう口にして扉を閉めてしまった。
わたしのせいじゃない! そう……叫びたかった。
でも、そう言えない自分が、自分の体に宿っている忌まわしいスキルが――たまらなく憎かった。
そんな気持ちを押し殺しながら、わたしは走った。
行き先は、村の近くにある森である。
怪我に効くと言われている薬草を探して、何日も何日も森へと通い、服を泥だらけにしながら、やっと一株だけ見つけた。
これで……少しでも良くなってほしい。
ただそれだけを考え、ジジの家に向かう。
ジジの父親に見つかると追い返されると思ったので、こっそりとジジの部屋の窓を窺った。
すると、窓から外をボーッと眺めているジジの姿を見つけた。
わたしは小さな声で呼びかけ、彼に見つけてきた薬草を手渡した。
元気になってほしい――わたしの願いは、ただそれだけだ。
しかし……ジジは無言だった。
何も言わず、ただ体を小刻みに震わせるだけで、一言も喋らなかった。
そうして、次の瞬間――……ジジは薬草を地面へ投げ捨てた。
薬効があるとされている葉の部分が飛び散り、目の前の状況をすぐには理解できなかったわたしは、乱暴に窓が閉められるまで、一言も発することができなかった。
――こんな一瞬で……終わってしまうのか。
一緒に過ごしてきた年月が――積み重ねてきたものが。
……もう嫌だ。
胸が張り裂けそうだった。
いっそ本当にこの体を引き裂けば、忌まわしい災厄の種を取り除くことができるだろうか? そう考えてしまうほどに、わたしは絶望していた。
家に戻ると、母がひどく心配してくれた。
そのときのわたしは、よほど酷い状態だったのだろう。
大泣きしていたわたしを、母は黙って優しく抱きしめてくれた。
鍛冶仕事をしていた父も手を止めて、何があったのかを尋ねてきた。
「――……なるほど。そういうことか」
真剣な顔をしていた父は、わしわしと頭を撫でてくる。
「病気や怪我をしたときはな、どうしたって気持ちが苛立つもんだ。思ってもない言葉や態度を取ってしまうことも多い。きっと……ジジも今頃もやもやした気分になってることだろう」
そう言って、父は自分の膝をぽんっと叩いて椅子から立ち上がった。
「そういえば……街で鍛冶屋をやってる知り合いに、酷い火傷を負っちまったやつがいるんだけどな。腕の良い治癒術士に治療してもらったとかで、今はもうピンピンしてる。ずいぶんと治療費はふんだくられたようだが……もしかしたらジジの体だって良くなるかもしれん」
それを聞いたわたしは、わずかな希望に顔を輝かせた。
治療費さえ用意できれば、ジジとまた元気に遊べる日がくるかもしれない。
ジジの家は――というかこの村全体があまり裕福ではないので、お金を工面するのは大変かもしれないが、わたしにもまだ手伝えることがあるはずだ。
このまま下を向いているよりは、ずっといい。
いざとなれば、わたしが治癒魔法とやらを習得してやる。
「……その意気だぞ、ミルカ」
父はわたしをぎゅっと強く抱きしめた後、そう言って朗らかに笑った。
――そうして、わたしの気分か落ち着いてきた頃。
「ねえ、あなた……なんだか外の様子がおかしいわ」
母が怪訝そうな声でそう言った。
読んでいただきありがとうございます。
外伝②は数日以内に投稿します。
※11/15追記
ちょっと忙しくなってきましたが、必ず書きますので少々お待ちください。




