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第二十六話【病んだ心を救ってくれたのは異世界でした】

お待たせしました。

投稿しました( ´ ▽ ` )

 ――あれから数日。


 純度の高い天然ソーダを安定的に入手できるようになり、一ノ瀬さんの頑張りもあって、石鹸作りもようやく商品化の目途が立った。

 彼女が開発した石鹸やシャンプーは、これからブライト商会で大量生産され、多大な利益を生むことになるだろう。


「「乾ぱ~い!」」



 ――というわけで本日、ブライトさんが新商品完成祝いの席を用意してくれたわけである。


「さあ、今日は存分に楽しんでください」


 賑やかな酒場で、食べきれないほどの料理と酒が次々と運ばれてきてテーブルを埋め尽くし、なんだかお祭りムードといった感じだ。


『これおいしい!』


 ジルは骨付きの羊肉にかぶりつき、あっという間に平らげてはお代わりを要求している。

 尻尾をぶんぶんと振りまくって喜んでいるその様子に、酒場のウェイトレスさんも笑みを浮かべながらお代わりを大量に持ってきてくれた。


 気のせいか……ここ数日でジルは一回り大きくなったような。

 普通のワンコよりも、成長が早いのかもしれない。


「あ、あれ? マモル様が二人に……? これではどちらをお守りすればよいのか……」


 ミルカはちょっとだけお酒に挑戦してみたようだが、すぐに顔を真っ赤にしていた。

 ポワンとした表情で宙を見つめていたかと思ったら、俺の体を確かめるようにしてポンポンと触ってくる。


「えへへ……どっちも本物です」


 ……この世界では飲酒に年齢制限はないようだが、ミルカにはまだ少し早かったようだ。

 はい、お水を飲みなさい。


「っぷはぁ~~!! うまい、もう一杯!」


 テーブルにジョッキを叩きつけ、まるで飲み屋にいるオヤジのごとくお酒を満喫しているのは、今夜の主役である一ノ瀬さんだった。

 ジョッキになみなみと注がれたエールを飲み干し、赤々としたワインがたっぷり入っていたデカンタも、ほぼ空になってしまっている。


「一ノ瀬さん、ちょっと飲み過ぎでは?」

「……ひっく。そう、かもしれませんね。こういった打ち上げみたいな場で楽しく飲めるのは久々だったので、つい飲み過ぎちゃいました。というか、先輩もわたしの心配とかせずに、どんどん飲んでくださいよ~」


 うん、いや、俺も実はけっこう飲んでる。

 このワイン、口当たりがすごくやわらかくて飲みやすいのだ。エールもキンキンに冷えているわけではないのに、麦芽の香りがとても豊かで癖になる。



 ――そうして料理や酒を十分に楽しんだ後、俺はまだ意識が残っているうちに気になっていたことを聞いておくことにした。


 もう夜も遅く、ミルカはすーすーと寝息を立て、ジルは満足そうな顔をして床の上で丸まっている。

 ブライトさんは会計を済ませて、一足先に愛妻のもとへ帰ったところだ。


「一ノ瀬さん、一つ聞いておきたいことがあるんだが……」


 ずばり、これからどうするつもりなのか?

 めでたく石鹸作りが成功に終わり、異世界での技術供与という名目で彼女を雇っていた期間もこれにて終了ということになる。


 本人はあちらの世界にもはや未練などないと豪語していたが、さすがにそれは冗談だろう。

 慣れ親しんだ世界を、簡単に手放すことなどできないはずだ。


「えっと、わたしも先輩にきちんと言っておきたいことがあるんです。ちょっとだけ真面目な話になるんですけど、いいですか? かなりお酒入っちゃってますけど、むしろそういうときにしかできない話っていうか……」


 ほろ酔いだった一ノ瀬さんが、突然きりっとした表情でそんなことを言うものだから、俺も居住まいを正してから話を聞くことにした。


「えっと……まずはこちらの世界にわたしを連れてきてくれて、本当にありがとうございました」


 丁寧に頭を下げるその様子は、最近のはっちゃけている彼女ではなく、どちらかといえば昔の――会社にいた頃の一ノ瀬さんに近いような気がした。


「先輩この前言ってましたよね。会社を辞めた頃のわたしって、放っておけないぐらい落ち込んでたって。や、あはは……たしかに、あのときは自分でもちょっと引くレベルでどん底だったわけですけど」


 いや、まあ、俺も会社をクビになった直後は相当キテたよ。

 部屋の中で一点を見つめて二時間ぐらいボーッとしてしまうぐらいには、ヤバかった。


「あれだけ嫌いだった会社なのに、切り離されると途端に不安になっちゃうんですから、不思議なものですよね」

「うん……なんていうか、社会との接点をいきなりブチッと断ち切られたかのような喪失感があるよな」

「あ! まさにそんな感じです。あれ、けっこうヤバいですよね」


 ――そんなときだ。

 俺が、一ノ瀬さんを異世界に連れてきたのは。


「いや~、正直めちゃくちゃテンションが上がりましたよ。まさか異世界で石鹸作りをすることになるとは思ってませんでしたけど、先輩には感謝の言葉しかありません」


 彼女は重ねるようにして感謝の意を述べた。

 石鹸作りを成功させてくれた一ノ瀬さんには、むしろ俺のほうが感謝しているのだが?


「いえ、ほら。ものすごくありきたりな話かもしれませんけど、やっぱり自分を必要としてくれる誰かがいるとか、誰かのために役立ててるって実感できるのは、すごく大事なことじゃないですか。

正直あのときのわたしは、自分なんかこの世界に必要ないんじゃないの? っていうレベルで病んでましたから、石鹸作りはすごくやりがいがあったんです」


 そう言って、彼女は気恥ずかしそうに頬をぽりぽりとかいた。


「もちろんわかってますよ? 異世界での技術供与なんて言っても、先人の知恵を流用しているだけで、わたし自身がすごいわけではないことぐらい。

でも、新しい石鹸やシャンプーができたら、きっと喜んでくれる人がたくさんいるんだろうな~って思うと、なんだか心の奥がじんわりと暖かくなるような気がしてですね……えーっと、上手く言えませんけど、本来は仕事ってそういうものなのかなって思ったわけです。

えへへ……社会経験の浅い若造が何言ってんだって感じですけどね」


 最近のはっちゃけていた姿が一ノ瀬さんの素なのだろうとは思うが、やはり色々と思うところはあったのだろう。

 青臭いと言ってしまえばそれまでだが、俺は彼女の考えを尊重したい。


「なので、わたしがそう思えるような場を整えてくれた先輩と、この世界には、あらためてお礼を言っておきたかったんです。本当に……ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げた一ノ瀬さんを見ていると、なんだか視界がにじんできた。

 あれ……俺って、泣き上戸だっけ……?


「――すみません。ワインのお代わりもらえますか?」

「あ、先輩。さっきブライトさんが会計を済ませてくれていたので、追加は……」

「いや、お代は心配しなくてもいいから、もう一杯だけ飲まないか?」

「えーっと、いいですけど?」


 一ノ瀬さんの分もワインのお代わりを注いでもらい、俺はグラスをそっと掲げた。


「な、なんです? 真剣な顔して」


 ガラスが軽くぶつかる小気味良い音が響く。


「一ノ瀬さん――本当に、お疲れさまでした」

「……はい、お疲れさまでした」




◆◇◆




 ――翌日。


 俺たちは精霊の道を使い、異世界の扉がある洋館へとやってきていた。

 手を繋いでいる相手ぐらいなら一緒に運ぶことができるため、一ノ瀬さんとミルカは両手に、ジルは肩にしがみついた状態である。


「うっわ! 先輩いつの間にこんなことができるようになったんですか!? 異能の力を溜め込みすぎると、もとの世界に戻れなくなっちゃいますよ」


 なにその設定、初耳。

 さて、すっかり普段の調子に戻った一ノ瀬さんであるが、今日は彼女が日本へと戻るのを見送るために来たわけだ。


 だが、別に異世界にさよならをするわけではない。

 日本の企業に再就職するかはぶっちゃけ本人も少し迷っていたようだが、まだまだこの世界でやりたいことがあるらしい。

 というわけで、一度日本に戻り、色々と準備を整えてくるということだ。


 石鹸やシャンプーの販売利益で半永続的な収入が見込めるため、この世界でなら一生遊んで暮らすこともできるだろう。

 しかしながら、異世界の金貨を換金して日本円を得るのには限界がある。

 出処不明の大金を銀行口座に預けていれば、そのうち困ったことになるだろう。

 その辺りのことについても、なにか良い方策を見つけてくるのだそうな。


 扉をくぐり、無事に日本へと戻った後は、クルマで一ノ瀬さんを街まで送ってあげた。



「それじゃあ、しばらくはお別れですね。また連絡しますので、たまにはスマホをチェックしてくださいよ」

「ああ、わかった」

「そういえば……先輩はこれからどうするんです?」


 当面は……気ままにあちらの世界を旅しようかと思っている。

 紅き竜騎士の冒険譚とやらを読めば、おじいちゃんの足跡をたどることもできそうなので、おばあちゃんの手がかりも見つかるかもしれない。


「おばあちゃん、見つかるといいですよね。それじゃあ、わたしそろそろ行きますね」


 人混みの中へと消えようとしていた一ノ瀬さんは、くるりと振り返って別れ際にこんなことを言った。


「ああ、言い忘れてましたけど……先輩も会社にいた頃よりずいぶんと良い顔つきになってますよ。ではでは!」


 にかりと笑った彼女は、そのまま雑踏の中へと消えていった。

 俺は自分の顔を、なんとなく手で確かめるようにして触ってみる。

 良い顔つきになった……か。


 騒がしい人物が行ってしまったせいで、ちょっと寂しい気持ちになりつつも、俺は異世界へと戻った。



「――なにか、良いことでもありましたか?」


 俺の顔を見たミルカがそんなことを尋ねてくる。


「いや……なんでもないよ」


 ミルカと手をつなぎ、ジルを抱きかかえるようにしながら、精霊の道を開いた。

 今なら――どこまでも遠くへ行けそうな気がした。

読んでいただきありがとうございました。

これにて1章が終了となります。


いかがでしたでしょうか。

応援コメントなどいただければ作者がとても喜びます。

ブックマークや評価なども2章を書くときの励みにさせていただきます。



2章では迷宮に行ってみたい今日この頃。

プロットを練る時間が必要なので、1~2週間後に2章を投稿できればいいかなと思っています。

重ね重ね、ここまで読んでいただき誠にありがとうございました。

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