第二十五話【ガラスの街アッシュベル】
遅れてすみません。
投稿しました。
「うわぁ、なんだか目移りしそうなほどたくさんの商品が並んでますね、先輩」
アッシュベルでの用事が終わった後、俺たちはせっかくなのでガラスの街を観光してから帰ることになった。
ブライトさんとはお昼過ぎに待ち合わせることにして、今はのんびり街を散策している最中である。
アッシュベルの街で作られているのは成形前の一次ガラス、鋳物で作られた板ガラス、吹きガラスで作られた容器や工芸品など、多岐に渡る。
ちなみに――一次ガラスというのは珪砂、天然ソーダ、石灰といった原材料を溶かして作ったガラス塊のことらしい。成形した繊細なガラスは長期の運搬に耐えられず割れてしまう可能性があるため、遠く離れた場所へ輸出するときには塊のまま送るのだとか。
ガラス塊を再成形するための軟化温度は低いため、輸出先の街にある工房でも容易に成形できるというわけだ。
「あ、この髪飾りとかミルカちゃんに似合うんじゃないかな? どう?」
「わ、わたしですか? こういった装飾品を着けたことはないんですけど……その、とっても綺麗ですね」
ミルカもやはり女の子のようで、銀細工に彩色ガラスがはめこまれた装飾品を眺めながら、目をキラキラさせている。
『みえない、みえないよ~』
ダイアウルフのジルは、小さな体をぴょんぴょんと跳ねさせて、陳列されている商品を見ようとしていた。
俺は飛び跳ねていたジルをひょいと抱き上げて、肩の上に乗せてあげた。
『わ~、たかい』
「そうかそうか」
やわらかな毛並みをわっしゃわっしゃと撫でてあげると、気持ち良さそうに目を細める姿が最高に可愛い。
一ノ瀬さんではないが、何かに目覚めてしまいそうだ。
「そうだ、先輩。ジルちゃんに首輪とか買ってあげたらどうです? 野生のダイアウルフと間違われたら、そのままお持ち帰りされちゃうかもしれないですよ」
うん。今のところジルをお持ち帰りしそうなのは、一ノ瀬さんだけどね。
ともあれ、街中を連れて歩くのなら首輪とかを着けておいたほうがいいかもしれないな。
今のような子犬程度の大きさだと誰も怖がらないだろうが、成長すれば巨大な狼になるわけで、人を襲ったりしないとひと目でわかるようにしておかなければ。
馬以外の騎獣を連れ歩いている人はちらほら街で見かけるが、きちんと騎獣とわかるように手綱や首輪なんかを着けている。
そんなわけで、俺はジルのために首輪を用意してあげることにした。
まあ首輪といっても、日本のペットショップで売っているようなちゃんとしたものではなく、丈夫な革紐を結んで首輪っぽくしただけの代物であるが。
『これ、ぼくにくれるの? えへへ、やった~』
ジルが俺の周りをくるくると走り回っている姿を見ていた一ノ瀬さんは、突然、上空を見上げるようにして鼻をつまんでいた。
「……いちおう聞いておくけど、大丈夫か?」
「らいじょうぶれす。ちょっろだけ鼻血がれそうになっららけれす」
うん。それなら問題なさそうだ。
「しかし……革紐を結んだだけだと、ちょっと寂しい感じもするな」
「マモル様。それでしたら、この街で買える工芸品などを一緒にプレゼントしてあげてはどうですか? 革紐に通しておけば、首輪の飾りとして似合うと思います」
「おうふ! ミルカちゃん、それはグッドアイデアだね!」
なるほど。いいかもしれない。
せっかくガラスの街を観光しているのだから、それらしいものを買ってあげたいものだ。
えーと、どんなものがいいかな。
たくさんのお店を見て回り、ちょっと変わったガラス飾りが売られている店の前で足を止めた。
「いらっしゃい! うちの商品には魔鉱石の粉末を混ぜ込んだ特殊ガラスが使われているんだ。どうぞ見てってくんな!」
魔鉱石の粉末……? 見た感じ、何の変哲もない無色のガラスに見えるけど。
「ところがどっこい。こうやって魔力を通してみると……ほい!」
店員さんが商品を手に取り、なにやら気合の入った声を上げると、無色だったガラス細工が鮮やかな色に染まっていくではないか。
「「「おおおおお!」」」
『すごいすごい!』
これは面白い。いったいどういう仕組みなんだろう。
「はっはっは、驚いたかい?」
店員さんが言うには、魔鉱石は魔力伝導率の高い鉱石だということで、魔力を通すことで光を放つ現象を利用しているらしい。
魔鉱石の微細な粉末がガラスと混じり合っているので、魔力を通したときに浮かび上がる模様は一つ一つ異なっており、一色に染め上げられた彩色ガラスとはまた違った趣があるのだとか。
「なんなら試してみるかい? なぁに、時間が経って魔力が抜ければ無色に戻るから、好きなだけ楽しんでくれ」
「あ、はいはい。わたしやります!」
真っ先に手を上げたのは、異世界の魔法に興味津々の様子の一ノ瀬さんだ。
魔力を通すと光るガラス細工というのが、彼女の食指にどストライクだったのだろう。
「ふぉぉぉぉ!! 燃え上がれ、わたしの中の魔力ぅぅぅぅ!! ブレイク・ザ・リアル・チェイィィィン!!」
おそろしく気合の入ったかけ声だったが、ガラスはまったく光る気配がない。
「くぅっ! ジルちゃんには、わたしが染め上げたガラス細工を身に着けておいてほしかったのに」
……いや、そもそも時間が経ったらもとの無色に戻るとか言ってたけどな。
――お次の挑戦者は、ミルカだ。
『ぴかぴか、きれい~』
ガラス細工が綺麗な色に発光し、ジルもはしゃいでいる。
ふーむ。
店員さんも光らせることができていたし、おそらくこの世界の住人は少なからず魔力を持っているのだろう。
最後に、俺も挑戦してみることにした。
一ノ瀬さんと同じ結果になるか、果たして――
……ほっ!
手の平にあるガラス細工へと意識を集中させ、気合を入れると、ガラス細工は一瞬だけ白熱するかのような輝きを見せ――粉々に砕け散った。
「「「え……?」」」
発光して綺麗な模様が浮かび上がるとかではなく、まぶしい光を放った後にバキリッと音を立てて砕け割れてしまったではないか。
えっと……。
「……お買い上げありがとうございます!」
真っ先に口を開いたのは、店員さんだった。
商品を壊してしまったのだから、もちろんその代金は支払うつもりだが、有無を言わせる隙を与えないところは商魂たくましい。
結局――壊した分の商品代金とは別に、ジルの首輪飾りとしても一つ購入させてもらった。
商品自体は面白かったし、綺麗だったからね。
ただ……、
「ちょっ、先輩、さっきのはどういうことですか!? あんなお約束みたいなことをしでかすなんて、うらやまけしからんですよ!」
一ノ瀬さん、大興奮である。
「お約束……なのか?」
「そうです。異世界で魔力を測定する機械とかに手をかざしたら、なんだかよくわからないけどすごい数値が出ちゃった! てへぺろ! みたいな展開じゃないですか。もう、手垢がつきまくったようなベッタベタなことしないでくださいよ」
「なんかよくわからんが、悪かった」
「いえ、ぶっちゃけすごく羨ましいですよ? ああ~、なんでわたしだけ魔力ないの~」
「たぶん、それが普通なんだと思うぞ」
この世界の人は大なり小なり魔力を持っていて、地球人類は魔力を持っていないと考えるのが妥当だ。
あっちには、魔法なんてものは存在しないからな。
「だとしたら、なんで先輩は魔力があるんです?」
たぶんそれは、俺の出自がちょっと特殊だからだろうけども……そういえば、一ノ瀬さんには説明してなかったか。
この際だから説明しておこう。
俺のおばあちゃんは、おそらくこっちの世界の住人だ。
となると、俺もその血を引いていることになるわけで、多少の魔力があっても不思議ではない。魔力量が多いとかは……血筋なのかな?
「異世界人との混血とか……先輩ってわりと心をくすぐる設定があるのに、なんていうか普通ですよね」
やめろ。地味に傷つくようなことを言うな。
「うう~、だったら、わたしは魔法とかそういうファンタジック路線は諦めて、技術チートを目指すことにします。まずは今手がけている石鹸ですね。よ~しやるぞぉ!」
ふんすっ、と気合を入れ直す一ノ瀬さんを見て、俺はくすりと笑ってしまった。
「えっと、わたし何かおかしなこと言いましたか?」
「いや、別にそういうわけじゃなくて。一ノ瀬さんが最近元気そうだから」
ちょっと前までは、放っておけないぐらい落ち込んでいたからな。
「こっちの世界に連れてきて良かったと、しみじみ思っていたところだ」
「ちょっ……真顔でいきなりそういうこと言わないでくださいよ。照れるじゃないですか」
読んでいただきありがとうございます( ´ ▽ ` )
次回で1章が終わるかと思います。
投稿はおそらく金曜か土曜あたりになるかと。
お楽しみに~。




