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第二十四話【モフモフもふもふ】

今回はちょっと短めです。

もふもふは正義。

 アッシュベルでの騒動も無事に収まり、ドルフさんは功労者である俺たちを歓待してくれた。


 伐採場から戻ってきたときには日も暮れかけていたので、本来の目的であるナトロンを譲ってもらうという話は明日に持ち越されることになり、うまい飯と酒をたらふくご馳走になったわけである。


 ――そして翌日。


 俺はまず、護衛のミルカと一緒にアッシュベルのとある場所を訪れた。

 今は使われていない馬小屋とのことだったが、現在そこには灰褐色の巨大な狼がごろんと横たわっている。


 昨日、ダイアウルフの母親に暴れる意思がないことを確認した後、ドルフさんが荷馬車を使ってアッシュベルの街まで運ばせたのだ。


『雨風をしのげる場所で、傷が癒えるまではのんびりしていくといい』

 それは住処を奪ってしまったことに対する、ドルフさんなりの謝罪だったのだと思う。


 ダイアウルフの母親は、どうにか一命を取り留めたようで、俺が近づくと薄っすらと目を開けた。


『……お前には借りができたみたいね。昨日もらったスキルの恩恵がなければ、わたしは命を落としていたでしょう』


 野生動物は自然治癒力が強いと言われているが、ダイアウルフともなれば、スキルの恩恵を存分に受けられたことだろう。

 まだ立ち上がることはできないようだが、会話ができる程度には回復したらしい。


「お礼なら自分の子供に言うんだな。この子がいなかったら、正直俺はここまで手を尽くさなかったと思う」


 などとクールに決めてみたものの、ダイアウルフの子供がさっきから俺の周りをクルクルと回転するように走り回り、ズボンの裾を甘噛みして引っ張ったりするので、威厳もへったくれもない。

 抱き上げてやると今度は顔面を舐め回そうとしてくるので、子供のほうは一旦ミルカに預け、母親の話を聞くことにした。



 ――どうやら、もともとこの辺りで夫と一緒に暮らしていたのだが、人間が森を開拓して暮らしにくくなったため、もっと森の奥地へと引っ越したらしい。

 そしてどうにか自分たちが生活できる場所を見つけ、子供が生まれたところを……別のダイアウルフの集団に襲われたのだとか。


 ダイアウルフに縄張り争いというものがあるのかはわからないが、夫はそのときに命を落とし、産後で体力を失っていた母親は命からがら子供を連れて逃げだした。

 行くあてもなく、森をさまよってたどり着いたのが……あの伐採場だ。


 かつて自分たちが暮らしていた場所を切り拓き、追いやった人間たちが、我が物顔で闊歩しているのだ。

 怒りが湧き上がり、あのような状況になったのも無理はないのかもしれない。


『だけど……もういい。この子が無事なだけで。わたしは、もういい』

『おかあさん、だいじょうぶ? げんきだして』


 ダイアウルフの子供が、母親の顔を心配そうにペロリと舐めた。


『わたしは大丈夫。この人間が助けてくれたからね』

『そうなの? じゃあぼく、このひとについてく』


『いきなり何を言って……』

『おれい、しなきゃ』


 まだ幼いながらも、ダイアウルフの子供は強い意思をもってそう言った。


『ぼくにとって、おかあさんは、いちばんだいじ。そのおかあさんを、たすけてくれた。だからぼくは、このひとをたすけたい』


 母親はしばらく逡巡しているようだったが、やがて子供の目をまっすぐに見つめ返した。

 その瞳がわずかに涙で濡れていたように見えたのは、俺だけだろうか。


『そう……そうだね』


 ――ゆっくりと慈しむように、我が子の毛づくろいをしているその姿は、旅立ちを応援しているかのようだった。



◆◇◆



「――なるほどな。あのダイアウルフが手負いだったのには、そんな理由があったわけか」


 ドルフさんの家を訪問した際、俺は母親から聞いた話を伝えておいた。

 街の安全を守る義務があるドルフさんにとっては、ダイアウルフに深手を負わせた存在は気になるだろうからな。

 凶悪な魔物が街の近くに出没したとかではないので、少しホッとしているようだ。


「……あのダイアウルフについては、任せておいてくれ。回復するまでしっかり面倒を看るからよ。それで、そろそろ話の本題に入りたいんだが……」


「…………モフモフだぁ~。これは最高のモフモフですよぉ~」


 結論から言おう。

 一ノ瀬さんが壊れた。


 いや、現在進行系で壊れている。

 新たに仲間になったダイアウルフの子供――名前はジルというらしい――を抱きかかえ、そのやわらかでふわっふわな毛並みに顔をうずめて、すーはーすーはーと深呼吸を繰り返しているのだ。


『おねえちゃん、くすぐったいよ』

「くふぅぅぅ。異種族の言葉が理解できる翻訳スキルの性能たるや……ええい、この世界のスキルは化け物か。我が生涯に一片の悔いなしぃ!」


 ね? 壊れてるでしょ。


 ――ちなみに、ナトロンをブライト商会でも取り扱いたいという交渉は、全てブライトさんが上手くやってくれました。

やわらかな毛並みに顔をうずめる幸せ。

仰向けになった腹をわっしゃわっしゃしたい。

次話投稿は火曜日の朝を予定しています。


※火曜日の夜か水曜日の朝になるやもしれませぬ。

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