第二十二話【天然資源を採掘しよう】
投稿しました。
ブックマーク4000件突破しました!
皆様に心よりの感謝を!
「い、いきなりどうしたんだ?」
大声を上げた一ノ瀬さんは、ガラスコップを握りしめながらふるふると震えている。
「これってガラスですよね!?」
「そう……だと思うけど。それがどうかしたのか?」
「あ~、なんで気づかなかったんだろ。いえね、実はガラスの原材料には天然ソーダが使われているんですよ。たしか主な材料は珪砂と天然ソーダ、あとは石灰とかだったと思います。
透明度を高めるとか、加工しやすくなるように鉛とかも加えたりするんですけど、基本的にはその三つです」
お、おう。やたらと詳しいな。
ブライトさんも傍にいるので、俺はちょっとだけ声をひそめて聞いてみる。
「……そういうのも、理系の大学で習ったりしたのか?」
「そんなわけないじゃないですか。わたし異世界に憧れてたって言いましたよね。なので、当然そういったものを題材にした小説や漫画は読み漁ってきたわけです。
イケメン男性が自分を迎えに来てくれることを夢見ることで、仕事で疲れた心と体を癒やしていたわけですよ。いやわかってますけどね? それが現実逃避だってことは。
毎朝のようにわたしを迎えに来てくれるのは、満員電車の中でお尻を触ってくる冴えないオッサンぐらいのものです」
いや、それダメェェェ!!
迎えに来たらダメなやつだよ!
普通に警察案件だからな!
「とにかく、そんなわけで役に立つかどうかもわからない無駄知識をたくさん持ってるってわけです。ガラスの材料についてもその一つですね」
どうしよう。痴漢防止用のスキルでもプレゼントしたほうがいいかな。
気配察知スキルとかで、よからぬやつが近づいてきたらわかるようにするとか。
いや……満員電車でろくに身動きが取れない中、よからぬ気配がだんだんと近づいてきたらものすごく怖いけども。
……話が脱線してしまったな。本題に戻ろう。
「つまりガラスが存在するってことは、材料の天然ソーダも存在しているはずってことだな」
「はい。ガラスコップもそうですけど、裕福そうな家には小さな窓ガラスも取り付けられていますし、けっこう普及は進んでいる感じですよね。そうなると、材料も豊富にあると思うんですけど……」
家の窓にガラスがはまっている――それは当たり前の光景すぎて、異世界の街並みを眺めていても気に留めることなどなかったが、言われてみればそうだ。
「なんとなく、ガラスはそこそこ近代になってからの発明だと思っていたけど、そこかしこでガラス製品を見かけるものな」
「えっと、地球の歴史と異世界の歴史が同じ道筋をたどっているとは言えませんが、ガラスの歴史はけっこう古くて、何千年も前に既にガラスはあったみたいです。たぶん、この世界の窓ガラスは鋳物成形で、コップとかの容器は吹きガラスの成形技法が使われてるんじゃないですかね」
吹きガラスというのは、俺も旅行先で工房体験をさせてもらったことがある。
金属の筒の先に溶けたガラスを付着させ、筒から送る空気で膨らませて成形していく技術だったはずだ。
「ただ、先輩が言っている近代発明っていう感覚も間違いではないですよ。ガラスの成形技法や添加材料って日々進歩してますから。大きくて均一な厚さの板ガラスが作れるようになったのは、ここ百年ぐらいの話だったと思います」
ちょ、ちょっと待って。
喋ってる最中になんだけど、これだけは言わせて。
一ノ瀬さん、すごくない?
急にどうしたの?
会社にいた時と全然違うんだけど。
さすがにガラスを原材料から作った経験はないだろうが、頑張れば高品質なガラスの製造とかもできちゃうんじゃない?
『異世界に来たけど現代知識で無双する』とかいうタイトルがすごく似合いそうな感じだよ。
主人公は俺じゃないけど。
「あの、ちょっとお聞きしてもいいですか?」
俺たちが内密な話をしていると思ったのだろう――離れた位置に移動していた紳士のブライトさんに、一ノ瀬さんが問いかけた。
「この街にあるガラス製品って、どこかの工房とかで作られているものですか?」
「そうですね……トリム港を経由して海の向こうから輸入されるものもありますが、ほとんどはアッシュベルで作られたものでございます。アッシュベルには多くのガラス工房がありまして、別名ガラスの街とも言われております」
えーっと、新しい街の名前がいくつか出てきたから整理しておこう。
俺は地図を開いて、一ノ瀬さんにもわかるよう街の場所を確認していくことにした。
……今いるのがここヴァレンハイムの街。
ここから西のほうには海があり、トリム港と呼ばれる港町があるようだ。
ヴァレンハイムにはこのトリム港を経由して、海の向こうから様々な商品が運ばれてくるということか。
そして、ヴァレンハイムの北には森林が広がっている。
広大な面積を有するこの森は、グリンウッドの森と呼ばれているそうだが、アッシュベルの街はこの森を切り拓いて作られた街らしい。
「ガラスの街とか、普通に観光で行ってみたいですね。素敵なガラス細工とかあったら即購入ですよ。もふもふ感のあるワンコのガラス細工を希望します」
ガラスにもふもふ感を求めるのは無理があると思うが、ガラスの街を観光するのはちょっと面白いかもしれない。
「はっは。もし観光されるのでしたら、あまり着飾った服装では行かないほうがよいと思いますよ。ガラス工房では大量の木材を燃やして燃料にしているため、街全体が煤っぽいと言いますか……街の中央にある時計塔の鐘が黒く変色してしまい、掃除したら灰色になっていたという逸話があるぐらいですからね」
へぇ、もしやそれでアッシュベルという名前になったのかな?
燃料として大量の木材が必要なので、森を開拓してガラス工房の街を作ったというのは合理的な話だ。
「その工房の職人さんたちが、ガラスの原材料をどこで仕入れているかは知ってますか?」
「ガラスの原材料……ですか。私も専門外なので、あまり詳しいことは知りませんが、石鹸に使用する灰を工房から仕入れさせていただいている関係で、ちょっと小耳に挟んだことがあります」
なるほど。そう繋がるわけか。
ガラス作成のために大量の木材を燃やせば、それだけ大量の灰が出る。
それを石鹸作りに再利用していたわけだ。
「アッシュベルから少し離れた位置に、ソルティ湖と呼ばれる場所があります。もっとも、現在では完全に干上がってしまって水はありませんが……ソルティ湖では質の良い岩塩が採れるのです。採掘された岩塩を商人が買付けに行くのは珍しい光景ではありませんが……ガラス工房の職人もよく顔を出していると聞きました」
「それだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
一ノ瀬さん、大興奮。
「それですよ、先輩!」
「どれですか!? 後輩」
え、ガラスの原料に岩塩が使われてるの?
「ではなくて、天然ソーダのほうです。炭酸ナトリウムですよ。大昔に海水が溜まっていた湖とかは塩湖って言うんですけど、そこでは確かに岩塩とかが豊富に採れます。ですけど、海水が空気中の二酸化炭素と反応して鉱床になっていることもあるんです」
えっと……岩塩の主成分は塩化ナトリウムだよな。ではなくて、海水が二酸化炭素と反応して……はは~ん。なるほどなるほど、完全に理解できた。
「つまりあれだ。そこに天然ソーダがあるということだな? 後輩よ」
「その通りです! ああもう。なんでもっと早く気づかなかったんだろ」
まあ、ガラスを見てそこまでの考えに至っただけでも十分すごいと思うけどな。
たぶん、一般人には絶対わからないぞ。
「日本には天然ソーダを採掘できるような塩湖がないんですよね。なので失念していたと言いますか……」
しょんぼりとする一ノ瀬さん。
「ふーむ。私の持っていた情報が役に立ったのなら何よりです。そういうことでしたら、さっそく明日にでも準備を整えてアッシュベルへ向かうことにしましょう」
――翌日。
俺たちは早朝からアッシュベルに向けて出発した。
グリンウッドの森はかなり広大な面積を有しており、これならば木々を伐採して燃料にしたとしても、足りなくなるということはないだろう。
開拓された森を抜け、お昼過ぎにはアッシュベルに到着である。
高温の炉がたくさん稼働しているせいか、街全体が熱を帯びているようだ。
たしかに煤っぽい感じはするものの、観光地に来たみたいでテンションが上がる。
「塩湖で採掘できる天然ソーダは、名称とかあったりするのか?」
「たしか……ナトロンって呼ばれていたと思うんですけど、そこは翻訳スキルが頑張ってくれるんじゃないですか?」
などという会話をしつつ、俺たちはアッシュベルにあるガラス工房の元締め宅を訪ねた。
ソルティ湖に出向いて直接ナトロンを仕入れることも可能かもしれないが、アッシュベルの職人にしか卸さないといった契約を交わしていることも考えられる。
そうでなくとも、ガラス工房で使用している材料を一部譲っていただくことになるのだから、事前に話を通しておくべきだ、とブライトさんは言っていた。
石鹸作りで使用する灰の仕入れで、元締めとも交流はあるようだから、そこまで話がこじれることはないだろう。
……と思っていたのだが。
「――おう、ブライトさんじゃないか。すまないが、今はちょっと立て込んでるんだ。話なら後にしてくれるか?」
何か、あったのかな?
一ノ瀬さん大活躍!
これもう一ノ瀬さんが主人公でよくね?
でも次回は主人公のスキル売買が炸裂するかも( ´ ▽ ` )
お楽しみに。
明日の朝8:00に投稿できるよう目指します。




