第二十一話【精霊の加護】
投稿しました~。
※第九話の後半を少し修正しました。
セーレのキャラがちょっとブレていたので。
――加護が欲しいか?
そんなことを聞かれて、欲しくないですと答える人なんていないだろう。
「えっと、加護をもらったらセーレに従わないといけないとか、そういう誓約はあるのか?」
「そんなに身構えないで大丈夫だよ。困っているときには助けてほしいと思うけど、それだって強制するようなものじゃない。加護を与えるのは精霊の気まぐれみたいなものさ。
ただ、今回は君へのお礼も兼ねているかな」
お礼……?
俺、何かしたっけ?
「そっちの子が所持していた“災厄の種”を取り除いてくれたでしょ。あれは本当に厄介なものでね。気づいたときには手遅れになっていることが多いのさ。所持者を中心にして周囲の負の感情が爆発的に高まり、遠からず迷宮から魔物があふれ出すことになる。事前に食い止めることができたのは、君のおかげだよ」
おっと、そのことも知ってるのか。
しかし、あれはそんなにヤバい代物だったんだな。
すぐに売却して正解だったわけだ。
「……わかった。そういうことなら、加護はぜひ欲しい」
理由もなく何かをもらうのは気が引けるが、お礼だと言うなら素直にいただこうと思う。
「うん。それじゃあ手を出して」
セーレに言われるがまま手を出すと、彼女がそっと手に触れた。
暖かな光が体の中をゆっくりと巡っていくような感覚は、スキルを取得するときの感じとよく似ている。
「――はい、終わり。別になんていうことはないでしょ?」
加護を授かったといっても、体に何ら変化は見られない。
「ボクの加護は戦闘向けじゃないからね。ただ、この世界を旅するのなら便利だと思うよ」
そう言って、セーレはふっと姿を消した。
「なっ!?」
本当に、なんの前触れもなく影も形もなくなってしまったのだ。
「――……びっくりした?」
しばらく経ってから、同じ場所へと姿を現したセーレは、手に何かを持っていた。
よく見てみると、それはヴァレンハイムの大通りにある屋台で売られていた――焼きそばではないか。
ほかほかと湯気が立っている様子は、まさに出来たてといった感じだ。
「そ、それはどこから出したんだ?」
「出したんじゃなくて、たった今買ってきたんだよ。もちろんお金も払ってね」
セーレはこちらの反応を楽しむようにくすりと笑い、焼きそばを美味しそうに平らげた。
どうせなら、俺たちの分も買ってきてくれたら……じゃなくてっ。
「ということは、この一瞬でヴァレンハイムまで行ってきたのか!?」
「うん。その通りさ」
え、やだ。精霊ってすごい。
これが瞬間移動ってやつか。
え、ちょ、待って。もしかして……。
「ボクの加護があれば、君も同じことができるよ」
マジで!? それはすごくテンションが上がるんですけど。
「正確には、世界中に張り巡らされている地脈――精霊の道を通って移動してるんだけどね。ボクの加護があれば、人間の君もそこを通れるようになるってわけ。たいていの場所には行けるけど、目的地のイメージがしっかりしてないと迷子になるから気をつけて」
つまり、行ったことのある場所になら一瞬で移動できるってわけか。
これは本当に嬉しい。
さっそく試してみたいところだが――。
「……これって、移動できるのは俺だけか?」
俺は隣にいるミルカを見てから、セーレにそんな質問をする。
「手を繋いでいる人間ぐらいなら、一緒に連れていけるはずだよ。ただし、便利だからといってあまり多用はしないでね。精霊の道を人間が通るのは、やっぱり多少の負荷がかかるんだ。疲労が激しいときは使わないほうがいい」
なるほど。無制限に使えるわけではないのか。
「それじゃあ加護も与えたことだし、ボクはそろそろこの辺で――」
「ちょっと待ってくれ。もう一つ聞きたいことがあるんだ」
いそいそと帰ろうとするセーレを呼び止めて、俺は肝心のおばあちゃんのことについて尋ねた。
おじいちゃんの昔馴染みなら、何か知っているかと思ったんだが……。
「うーん。実はボクも知らないんだよね。なにせ全盛期の彼はモテまくっていたから、誰と何があっても不思議じゃなかったし」
……マジかぁ。
全盛期のおじいちゃん、半端ねえな。
「もしかすると、他の精霊なら何か知ってるかもね。タツオに加護を与えていた精霊はたくさんいたから」
「そっか……色々と教えてくれてありがとう。加護も感謝してる」
「うん、それじゃあね」
別れの挨拶を交わしたセーレは、さっきのようにパッと姿を消してしまった。
◆◇◆
「――うおおおお! これ本当にすごいな! 一瞬でヴァレンハイムに来ちゃったぞ」
「精霊の加護を授かったマモル様……これは新たなる冒険譚の始まりですね!」
ミルカと二人で一緒に興奮しているのは、精霊の道を通った直後だからである。
セーレと別れた後、俺たちはさっそく加護を使用してヴァレンハイムへと移動してみた。
目を閉じ、行きたい場所を頭の中で思い浮かべながら意識を集中させると、足元から地面へ沈み込むようにして不思議な空間へ出たのだ。
そこは真っ白なトンネルのようだったが、ところどころ虹色のように光っていて、どこか幻想的な空間だった。
体感的には、ほんの数秒ほどだろうか。
次の瞬間――もう俺たちはヴァレンハイムに到着していた。
これは興奮するなというほうが無理だ。
セーレが言っていたような疲労感も、今のところは感じられない。
「ミルカも大丈夫か?」
「はい。問題ありません」
さて……どうしようかな。
せっかくヴァレンハイムに来たことだし、一ノ瀬さんに挨拶でもしておこう。
郊外にある工場までは徒歩で移動し、研究に勤しんでいる一ノ瀬さんに声をかける。
「――ああ、先輩。ちょうどいいところに」
なにやらブライトさんと相談している最中だったようで、俺も交えて現況報告を聞かせてもらった。
進捗としては、シャンプーのほうが先に商品化できる目途が立ちそうな感じだ。
液体状のカリウム石鹸に精油や保湿成分を配合して作られるシャンプーは、試作品を少し使わせてもらったが、なかなか良さげな感じだった。
原料は安価な獣脂ではなく植物油を使用しているが、食用に用いるような高品質なものを使うわけではないので、コストパフォーマンス的にも十分採算が取れる商品になるそうな。
「問題は固形石鹸のほうなんですよね。海沿いにある街から塩生植物を取り寄せて、灰にしたものを使って石鹸を作ってみたんです」
えっと、それがたしかナトリウム石鹸になるんだっけか。天然ソーダとか言ってたもんな。
「上手くいかなかったのか?」
「いえ、試作品のいくつかはそこそこいい線いってますが、コストがかかりすぎるんですよ。普通の灰は燃料として広く使われている薪から手に入るんで安価なんですけど、塩生植物の灰はわざわざ石鹸を作るために用意する必要があるわけで」
なるほどなぁ。
「燃えカスを再利用するんじゃなくて、灰が欲しいから燃やすっていうのも、なんだかエコじゃないですし……」
一ノ瀬さんの言わんとしていることはよくわかる。
塩生植物を燃やすための薪だって大量にいるだろうし、コストはかなり高くなるだろう。
「いやでも、固形石鹸にはやっぱり天然ソーダが必要なわけで……どうしようかなぁ」
思考モードに入ってしまった一ノ瀬さん。
「他の物で代用はできないのか? もしくは……別の方法で天然ソーダを手に入れるとか」
「別の方法……ですか? そんな簡単には――」
喋り続けて喉が乾いたのだろう。
休憩用の椅子に座り、一ノ瀬さんは水差しからコップに水を注いだ。
冷たい井戸水を一気に飲み干し、空になったガラスのコップをテーブルの上に置く。
……そういえば、この世界にはガラスはもう存在するんだよな。
透明度は低くて、ちょっと白く濁ってるけど。
俺がそんなことを考えていると――……ボーッとした表情でガラスコップを見つめていた一ノ瀬さんが、くわっと目を見開いた。
「あああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」
多くの人に読んでいただけて感謝( ´ ▽ ` )
移動が楽になったので、これでさくさく冒険の旅に出れるかも。
次話更新は、金曜日の朝になる予定です~。




