第二十話【紅き竜騎士】
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たくさんの方に読んでいただけて本当に嬉しいです。
今年限定の国民の祝日。皆様はいかがお過ごしでしょうか。
作者は寝て過ごします。
――それはもはや、地獄のような光景だった。
迷宮から這い出てきた魔物の群れが、蟻の大群のように街へと押し寄せてきているのだ。
街には城壁があるが、長くは保つまい。
見張り台にいる兵士たちが体を震わせ、逃げ出したい気持ちと戦っているとき、魔物の群れに単騎で駆けていく何者かの姿があった。
鮮やかな紅き鎧をまとった騎士然とした装いの男は、騎獣に乗ったまま振るうことを想定して作られた長大な槍を構えると――吼えた。
遠い位置にいた我々にもはっきりと聞こえるほどの、獣のような咆哮だった。
その瞬間、黒い濁流のようだった魔物の群れが――真っ二つに割れたではないか。
槍の一薙ぎで数体の魔物がバラバラになって吹き飛び、次々と襲いかかる魔物にも怯むことなく前進していく。
それに呼応するかのように、王国から派遣された騎士団も後に続いていた。
紅い騎士が血路を開き、奮起した騎士団が魔物の群れの濁流を遡っていく様子は、まるで一つの大きな生き物のようでもあった。
私は……きっとあの光景を生涯忘れることはないだろう。
紅き竜騎士――後になって彼について教えてもらったが、あの魔物の群れを逆に呑み込んでしまった突破力は、まさしく“竜”のようであったと言えよう。
一介の兵士であり、戦いの経験も技術も足りていなかった当時の私にとって、彼はまさしく英雄であった。
――私も彼のようになりたい。
単純な憧れから抱いた想いではあるが、それが私の原点である。
そう願ったからこそ、今の私があると思えてならない。
『紅き竜騎士の冒険譚
第三章第二節 アルゼイド王国第十二代騎士団長――マルス著』
「……やっぱり、何度読んでも面白いや」
読んでいた本を閉じた少年は、ベッドから勢いよく降りて大きく伸びをした。
「ぼくも頑張らなくちゃ」
「アーサー? そろそろ剣の先生がいらっしゃる時間ですよ」
「はーい、今行くよ」
壁にたてかけてあった木剣を握りしめたアーサー少年は、自分の体が日に日に元気になっていくことに、たとえようのない喜びを感じていた。
……これも全部、あの人のおかげだ。
虚弱体質を治し、健全な肉体というスキルまで与えてくれたあの人の。
ぼくにとっては、あの人だって英雄だ。
自分も誰かを助けることのできるような人間になりたい――アーサーは、そんな想いを胸に抱きながら今日も剣を振るうのだった。
◆◇◆
「――というわけで、紅き竜騎士は本当にすごいんです! まさか、その方がマモル様のお祖父様だったなんて……」
『紅き竜騎士の冒険譚』について、以前アーサー君と熱く語り合っていたミルカが興奮しながら語ってくれた内容は、たしかに少年少女が憧れを抱くに十分なものだった。
……というか、それ本当に俺のおじいちゃん?
俺が知ってるおじいちゃんは、もっとお茶目な感じの普通の高齢者だったんだが。
単騎で魔物の群れに突っ込んでいって真っ二つにするとか、どこの無双シリーズだ。
「でも、おかしくないか? その冒険譚は百年以上も前の話だったはずだ。俺のおじいちゃんはさすがにそこまでの年齢じゃなかったぞ」
そんな疑問に答えてくれたのは、セーレだった。
「タツオはたくさんの精霊から加護を受けていたからね。その関係で本来の寿命より相当長生きしてたはずだよ」
ということは、おじいちゃん実は百歳を余裕で超えてたってこと?
戸籍とかどうしてたんだろう?
まあ……本当にそれだけ長生きしているなら、色々とやりようはあったんだろうけど。
ところで、精霊の加護ってなにさ?
「ミルカ。精霊については何か知ってる?」
「この世界を見守っている存在だと言われています。人前に姿を現すことは滅多にないとされていて、実在しないのではと言われることも……」
「いや、いるよ? だってボクがその精霊だからね」
ミルカはその発言に驚いているようだが、俺はたぶんそうじゃないかと思っていたから、そこまで驚きはしない。
おじいちゃんの昔馴染みだというのに、少女の外見をしているセーレが、普通の人間であるはずがないからな。
「でも、世界を見守るっていうのはちょっと大げさかな。迷宮の管理をしていることが、結果的にそうなっているとは思うけど」
「迷宮の管理というのは、精霊がしているのか?」
「うん。この世界には72の迷宮があるけど、それぞれを精霊が管理しているんだ」
ということは……精霊も72体いるってことか。
でも、なぜ迷宮の管理が世界を見守っていることになるんだろう?
「マモルは、迷宮がどういったものか正しく理解しているかい?」
魔物が多く出現するけど、たまにレアアイテムを発見できる場所……みたいな?
実際に迷宮探索をしたことがないので、貧困なイメージで申し訳ない。
「たしかに間違ってはないけど、迷宮には本来の役割っていうのがあってね」
セーレ曰く、迷宮はその土地の負のエネルギーを浄化する役割を担っているとのこと。
迷宮は常に周囲から悪しき気を吸い上げて、浄化してくれているらしい。
浄化しきれずに、負のエネルギーの残滓が実体化してしまったものが一般的に『魔物』と呼ばれている生物なのだとか。
ちなみに負の感情を最も多く撒き散らしているのは、やはり人間ということで、特に戦争などが起こると何千人何万人という人間が苦しみながら命を落とすことになる。
そうなると、浄化しきれずに迷宮に魔物が大量発生し、迷宮の外へと魔物が溢れ出す大惨事となってしまうらしい。
……迷宮にそんな役割があるっていうのなら、それを管理する精霊は、たしかに世界を見守る存在といえるかもしれないな。
「……ミルカは、迷宮の役割を知っていたか?」
「いえ、知りませんでした。迷宮内の魔物を放置していると外に出てくる危険性があるというのは知られていますが、浄化の仕組みまでは……」
迷宮がそんな大切な役割を担っているのなら、一般的に周知されていてもおかしくないと思うのだが……いや駄目か。
負の感情なんて自分でコントロールできるものではないし、人間がその土地で暮らしていれば必ず争いは起こる。迷宮で魔物が発生するのはお前らのせいなんだよ、と突きつけられたところで、どうしろというのか。
「まあ……なかなか難しいところだよね。人間と精霊が上手く協力できればいいんだけど、人間の手で管理できないシステムなんかそもそも受け入れることができないとして、精霊を害しようとした国も過去にはあったんだよ。もちろん、そんな国はとうの昔に滅んじゃったけど」
セーレはわずかに怒気を孕んだ声でそんなことを言った。
「だから、ボクたち精霊は信頼できそうな人間にだけ加護を与えて、少しだけ管理を手伝ってもらうんだ」
どうやら、セーレはおじいちゃんに加護を与えていた精霊の一人らしい。
さっき聞かせてもらった冒険譚での活躍ぶりを鑑みると、在りし日のパワフルおじいちゃんにとって、迷宮内の魔物を殲滅するなど造作もないことだったのだろう。
とてもじゃないが、俺はそんな武闘派ではない。
「たしかに、負の感情の塊である魔物を武力で殲滅するのは一番わかりやすい浄化方法だけどね」
セーレはそう言って、にこりと微笑んだ。
「マモル。君は――ボクの加護を受ける気があるかい?」
読んでいただきありがとうございます。
読者の皆様の応援のおかげで、なんとか筆が動いております( ´ ▽ ` )
これからもよろしくお願いします。
次回更新は明日の朝にできればいいなぁと思っております。




