第十九話【セーレ】
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「こんな時間に……誰だ?」
「マモル様は家の中にいてください。わたしが見てきます」
ククリナイフを構えたミルカが玄関のほうへと行こうとするので、俺もマチェットを片手に後ろをついていく。
いざとなれば、異世界の扉からミルカを連れて日本へ逃げ込もう。
「アカリさん……ですか?」
念のためミルカがそう呼びかけてみたが、返事はない。
どうしよう。ホラーみたいな展開は苦手なのだが。
野盗の一団が襲撃してきたとかなら、わざわざノッカーを鳴らすとは思わないし。
……うん、きっと気のせいだろう。
「ミルカ。玄関は開けなくていい」
「え、でも、もし知り合いの方だったら……」
「俺の知り合いで、この場所を訪ねてくる可能性があるのは一ノ瀬さんだけだ」
そそくさとリビングに戻り、お茶を飲んで一服してから、俺は異世界をつなぐ扉の鍵を開けた。
「ミルカも、今日は一緒に来るか?」
なんとなく気味が悪いので、今日ここで寝るのは止めておこう。
ミルカだけを置いていくのは可哀想なので、日本にあるおじいちゃんの家で夜を明かすことを提案した。
「マモル様の世界に連れて行ってくれるんですか!? もちろん行きます!」
前から地球に興味を持っていたミルカは目に見えるほど喜び、さっきの出来事はすっかり忘れてしまったようだ。
さすがに本物の猫耳と尻尾が生えているミルカを連れ歩くわけにはいかないが、家の中で寝泊まりするぐらいはいいだろう。
……そのうちフード付きの服とかを買ってあげようかな。
服装で耳や尻尾を誤魔化せば、日本観光だってできなくはないと思う。
――いざ扉をくぐり、日本にあるおじいちゃんの家へ。
ちょっと遅れて、後ろからミルカがついてきた。
……よかった。
これでこの扉は、地球人と異世界人の行き来で双方向性が確認されたことになる。
「うわぁ! ここがマモル様の暮らしていた世界なんですね。なんだかとっても新鮮です」
異世界人にとっては、地球こそが異世界になるわけで……えい面倒くさい、とにかく見知らぬ世界に興奮するのは世界が変わっても共通ということだろう。
「ああそうだ。冷蔵庫にプリンが入ってるけど食べるか?」
「ぷりん……ですか?」
「甘くてぷるぷるした食感のデザートだよ。食後に食べようと思って、ギリギリまで冷蔵庫で冷やしておいたんだ」
プリンという食べ物を初めて見たというミルカは、食欲をそそる玉子色をした物体にスプーンを突き立てた。
ぷるぷると小刻みに震えるプリンをぱくりと一口食べた瞬間、幸せそうに表情を緩ませる。
「ふわぁ……こんなの初めて食べました。それにとっても冷たくて、これは……魔法か何かで冷やしてあるんですか?」
「いや、この世界に魔法は存在しない。基本的に電気の力で機械を動かしてるんだ」
そう言って俺は冷蔵庫を開け放ち、ミルカにひんやりとした空気を堪能してもらった。
冷蔵庫の中に顔を突っ込んだり、冷凍庫にびっくりしている様子を見ていると、こちらまで和んでくるというものだ。
「そうだ。どうせなら風呂に入ってから寝るか? すぐ沸くから、先に入っていいぞ」
おじいちゃんの家の電気とガスは再契約してあるから、基本的な生活ができるだけの設備は整っている。
「こ、個人の家にお風呂があるんですか!? でも、お湯を沸かすのが大変なんじゃ……」
――ポチッとな。
給湯器のお湯はりボタンを押せば、あとはお任せだ。
「これでいい。あと10分もすれば沸くはずだ」
「ええええ!?」
いちいちミルカの反応が面白いので、俺は調子に乗ってあれこれと家電製品を紹介しまくった。
おかげでいつもより寝る時間が遅くなってしまったのは内緒だ。
ともあれ、ミルカがこちらの世界を気に入ってくれたようで何よりである。
俺は満足な気分で布団へもぐりこみ――眠りに落ちたのだった。
――翌日、夜更かしの代償で遅めの朝食を食べた俺たちは、扉をくぐって異世界へ向かう。
「どうやら……何も変わったところはなさそうだな」
ざっと館内を見回ってみたが、特に荒らされたような形跡はない。
やはり、あれは何かの勘違いだったのだろう。
強風でドアノッカーが揺れたとか、そんな感じの。
「いちおう、外も見てきますね」
ミルカがそう言って玄関へと向かう。
「ああ。いや、俺も行く」
さすがに真っ昼間からホラーな展開はないと思うが、万が一ということもある。
何かあれば即座に対応できるよう心構えをしてから、一緒についていくことにした。
ガチャリと玄関扉を開けると、やはりそこには誰もいな――……いた。
なんと、小柄な少女がぽつんと玄関の前に立っているではないか。
身綺麗な格好をしており、森の中を散歩するには不向きといえる服装だ。
……え、誰?
もしかして、一晩中そこにいたの?
澄んだ蒼い瞳には、今にも溢れ出さんばかりの涙が蓄積されている。
ちょ、どうしよう。
真夜中の訪問者――幼い少女は、半泣きだった。
◆◇◆
「――えっと、大丈夫?」
半泣きの少女を家の中へと招き入れ、お茶を淹れてからゆっくりと話を聞くことにした。
淹れたての温かい紅茶を飲み、どうにか心も落ち着いてきたようだ。
「……みっともないところを見せちゃったね」
こちらこそ、こんな少女に盛大な放置プレーをかましてしまうとは、申し訳ない。
「俺はマモルで、こっちはミルカ。君の名前は?」
「ボクの名前はセーレ」
蒼い瞳に、金髪ボブカットがよく似合っているセーレは、ボーイッシュな女の子といった感じである。
「それで……ここに来た理由を聞いてもいいかな?」
この館は街道から逸れた森の中にあるため、夜中に偶然迷い込んだという可能性は低い。
となれば、まさかとは思うのだが……。
「君は、タツオの血縁者なんだろう? なんとなく雰囲気でわかるよ。ボクは彼の昔馴染みだからね」
――神埼辰雄。
それが、おじいちゃんの名前である。
セーレが言っているタツオというのは、ほぼ間違いなくおじいちゃんのことだろう。
にしても、こんな少女が昔馴染み……? いや、ここは異世界だ。
目の前の少女が、外見通りの年齢と判断するのは早計というものだろう。
「えっと、それなら色々と教えてほしいことがあるんですけど」
相手が年上かもしれないので、つい喋り方を変えてしまったが、
「無理に喋り方を変えなくてもいいよ。上辺だけの言葉遣いに意味がないことは、長く生きているとよくわかる」
と言われ、口調はそのままで質問を続けることにした。
そもそも、おじいちゃんはこの世界でどんなことをしていたのだろう。
「タツオ本人からは、何も聞いていないのかい?」
おじいちゃんの手紙には、この世界を自由に楽しめと書いてあったぐらいである。
「ふぅん。彼らしいといえばらしいね。であれば、ボクがあれこれと教えるのもどうかと思うんだけど……まあ、ボクが知ってる範囲でよければ教えてあげるよ」
セーレはそう言って、在りし日を思い出すかのように遠い目をした。
「あの頃の彼は……今の君と同じぐらいの年齢だったんじゃないかな。当時の人間にとってもかなり印象的な人物だったろうから、記録にも残っているはずだよ。ええと……なんて名前だっけ」
うんうんと唸りながら記憶を掘り起こそうとする少女。
「ああ、思い出した。あれはたしか――“紅き竜騎士の冒険譚”だ」
……おや?
しばらくしてその口から出たのは、どこかで聞いたことのあるような題名だった。
怖いときは基本的に放置プレー( ´ ▽ ` )
おじいちゃんはどんな人物だったのか。
次話更新は明日の朝7:00を予定しております。




