第一話【おじいちゃんの遺産】
疲れてるときこそ書いてしまう不思議な感覚。
やることがあるときに部屋の掃除をしてしまうアレに近いのかも。
どうぞ、お楽しみくださいませ。
「ああ、神崎君。君が長いこと休んじゃったせいで大迷惑だったよ、まったく。
体調管理も社会人の常識だって知ってた? 知らないよねぇ。
だって体壊して休んじゃうぐらいだもんね。
悪いけど今日中に退職願い出してくれる? もちろん理由は自己都合でよろしく。
あ、引継ぎ業務はしっかりと終わらせてね?
君のせいで皆が迷惑したんだし、それぐらいはたっぷり休暇もらったんだからできるよね?
じゃあよろしく」
――唐突だが、俺は自分が勤めていた会社をクビになった。
いや、辞めた理由を一方的に自己都合にさせられたから、解雇ではなく自主退職になるのか……まあ、そんなのはどっちでもいい。
クビになったから会社のことを悪く言うわけではないが、まあ相当のブラック企業だったと思う。
会社の定時は五時半だが、その時間に席を立とうものなら、
「あ、休憩にでも行くの? 忙しいんだからすぐ戻ってきてね?」
と言われ、追加分の業務をいきなり渡してきたり、
夜八時ぐらいに追加業務もなんとかこなし、帰り支度をしていると、
「あ、夜食の買い出しにでも行くの? 悪いけど僕の分も買ってきてよ」
と金を渡されて逃げるに逃げられなくなり、しぶしぶ夜食の買い出しから戻ってくると、さらに追加の業務がデスクに置かれていたりするのだ。
結局、帰宅できるのは真夜中。
それが毎日続けば、体だって壊れる。
仕事に誇りを持ち、尊敬できる上司がいて、真夜中まで働いても苦ではない職場というのも世の中には存在するのだろう。
だけど、俺の職場はさっきのような言葉を平気で口にするような上司しかいなかった。
弱音を吐いて逃げてしまいたくなる気持ちを抑え、それでも頑張ればいつかは報われるだろうと信じて、入社から三年が経った頃……俺は倒れた。
――病院で診察を受けると、『自律神経失調症』と診断された。
頻繁にめまいや頭痛、吐き気なんかはあったのだが、まさか倒れるとは自分でも思っていなかった。
自律神経失調症の症状は様々らしいが、俺の場合はやや重度の部類に入るらしく、医師からは休養することを強く勧められた。
会社を休むことに抵抗を覚えたが、一回も使用できていなかった有給休暇を使えないだろうかと上司に打診したところ、非常に難色を示したが、医師の判断を盾にしてやや強引に有給休暇を使い、休養させてもらった。
そうしてなんとか体調を回復させて会社へ戻ってきたら、クビになってしまったわけである。
なんというか……もういいや。
という気分になり、俺は言われるがまま退職願いを出した。
それから二ヶ月ほど(労働基準法では二週間)はみっちりと引継ぎ業務を行い、晴れてクビになったわけである。
引継ぎした相手は女性の新入社員であり、
「ふぇぇ~、先輩マジで辞めないでくださいよぉ~。この職場で数少ないまともな人だったのに……」
と別れを惜しんでくれていた。
わりと本気で泣きそうになっていた一ノ瀬さんは、理系大学出身の優秀な女性社員である。
黒髪ロングの清楚系で、何がとは言えないが、その……かなりデカい。
年齢よりもやや幼く見られがちの童顔なのだが、本人はそれがコンプレックスらしく、メガネをかけて知的さを醸し出そうとしているのだとか。
もはや狙ったような委員長タイプの彼女だが、入社当時は元気ハツラツだったのに、最近はだんだんと目が濁ってきたように思う。
わりと本気で心配だ。
だけど、俺にはもはやどうすることもできなかった。
――そんなわけで、俺はブラック企業を退職し、晴れて無職となった。
「まあ、こういうのもアリかもしれないな」
会社を辞めてから、一週間ぐらいは積んであったゲームやら漫画を楽しんで過ごしたが……人間というのはままならぬ生き物のようで、忙しいときには暇を求めるくせに、暇になると途端に物哀しい気持ちになってくる。
「はぁ……なんか虚しい」
こういうとき、普通なら就職活動でもするか、両親にでも経過報告して田舎に戻るとかするのかもしれない。
が、俺の両親はすでにこの世にはいない。
俺が中学生のときに事故で亡くなってしまったからだ。
当時のことは……よく覚えている。
両親がいなくなり、兄弟もいなかった俺は、これからどうしたらいいのかと途方に暮れていた。
そんなときに、俺を助けてくれたのは……おじいちゃんだった。
ちょっと変わったところはあったけど、とても優しくて、大学の学費まで工面してくれた恩人である。
「……ぐずっ」
思い出したら、泣きそうになってきた。
そう。恩人であるおじいちゃんも、去年亡くなってしまったのだ。
仕事が忙しく、ろくに死に目にも会うことができなかったことは、今でも悔やまれる。
思えば体調を崩し始めたのも、ちょうどあの頃くらいだ。精神的にかなりダメージを受けたのだと思う。
「そういえば……あの家って今どうなってるんだろ?」
ふと、おじいちゃんと暮らしていた家のことを思い出した。
郊外の山中にあるポツンと一軒家なのだが、おじいちゃんが亡くなったときに、俺は家と周辺の山林を相続したのだ。
郊外にある山林の評価額などお世辞にも高いとは言えず、基礎控除額に収まる範囲だったため、相続税に怯えることもなく無事相続できたのだが……最近は墓参りにすら行けていない。
「今は時間もあることだし、久々に行ってみようかな」
俺はクルマ(※中古)を走らせ、郊外にある山林へと向かった。
今住んでいる賃貸アパートも都心部からはそれなりの距離があるが、俺が大学へ進学するまでおじいちゃんと暮らした場所は、人里からずいぶん離れたところにある。
到着した家の周りには、家庭菜園をしていた畑があり、雑草が伸び放題になっていた。
うわ……人がいなくなると、一年でこうなっちゃうのか。
俺はどこか申し訳ない気持ちになりつつも、畑に生えている木に赤い果実が実っているのを目に留めた。
「懐かしいなぁ」
あのリンゴみたいな果実は、とても甘くておいしかったと記憶している。
おじいちゃんが育てていたのだが、リンゴとはちょっと違う形状をしており、味も違う。
スーパーなどでも見かけたことがないため、外来種の果物とかかな?
俺は懐かしくなり、赤い果実を一つもいで、むしゃりと頬張った。
……とても甘い。果肉はシャクっとした歯ざわりで、ほのかな甘酸っぱさもたまらない。
これ、本当になんていう果物なんだろう?
「……おっと、こんなことしてる場合じゃないな」
家の中に入り、換気して風を通す。
溜まったホコリを外に掃き出して、仏間にある仏壇の前で手を合わせた。
心の中で現状報告をしつつ、せっかく大学まで出してもらったのに、無職になってしまった自分を許してくださいと頭を下げる。
「ん……なんだろう、これ?」
仏壇の棚に線香をしまっていると、棚の中に手紙のようなものを見つけた。
内容に目を通してみると、どうもおじいちゃんが俺に向けて書いた手紙のようだ。
こんなの、いつ書いたのだろう?
『真守へ。この手紙を読む頃には、わしはもうこの世にはおらんじゃろう……などと一度言ってみたかったが、本当にそうなってたらショックじゃ』
うん……おじいちゃんは、こういう茶目っ気のある人物だったのだ。
神崎真守――俺へ宛てた手紙の続きに目を向ける。
『この家と山林はお前に譲るつもりじゃが……実はもう一つ、お前に渡しておきたいものがある。もし今の生活に満足しているのなら、この手紙は見なかったことにして燃やすといい。いや……本当に燃やされるとかなりショックなんじゃが、興味があるのなら、庭にある大きな木の根元を掘ってみい。面白いもんが出てくるぞい』
――手紙には、そう書かれてあった。
大きな木の根元というと……あの赤い果実の木のことだろうか。
いったい、何を埋めたのだろう?
今の生活に満足しているかと聞かれれば、答えはノーだ。
むしろ、今は人生で最も自暴自棄になっていると言っても過言ではない。
……手紙を燃やす気にはなれず、俺は物置にしまってあったスコップを手に持ち、赤い果実の実っている木へと向かった。
「ひぃ……ふぅ、けっこうな重労働だな、これは」
木の根本を掘り起こすと、頑丈そうな箱が出てきた。
さて……何が出るかな。
箱の中には、金属製の鍵と古びた巻物が二つ、それと新たな手紙も入っていた。
『真守へ。これは開かずの扉の鍵じゃ。廊下の突き当たりにある、あの扉じゃよ』
「開かずの扉……」
たしかに、家の廊下の突き当たりにはやたらゴツい金属製の扉があり、昔は子供心に「なんじゃこりゃあ?」と思ったこともあった。
おじいちゃんに聞いても、にこりと笑みを浮かべるだけで、結局あの扉が開いているところは一度も見ていないわけだが、その先に何があるというのか。
手紙には、まだ続きがあった。
『――たぶん、最初はかなりびっくりすると思うぞい。そうそう、向こうはこちらより少しばかり物騒じゃから、餞別に用意しておいた巻物が役に立つじゃろう。なぁに、戦時中の日本よりかは安全じゃよ』
なにやら怖いことがサラッと書かれている気がするな。
向こう……って、どこさ?
とりあえず、俺は二つの巻物を手に取って開いてみた。
巻物の材質は、ゴワゴワとした丈夫なもののようだ。
紙……ではなく、何かの動物の皮かもしれない。
丸まった巻物を広げると、訳のわからない文字が羅列されていた。
「……読めないんだが」
誰もいない空間で巻物にツッコミを入れていると、突然、書かれている文字が頭の中へと流れ込んできたではないか。
脳に直接情報が刻まれていくかのような、不思議な感覚。
「うわっ」
――スキル【翻訳】を取得しました。
――スキル【スキル売買】を取得しました。
「……なん、だ。これ」
頭の中で変な声が響いたので、思わず後ずさってしまった。
どうやら、おじいちゃんの茶目っ気のある冗談というわけではなさそうだ。
「ちょ、開かずの扉の先って……まさか」
俺は箱に収まっていた鍵を握りしめ、扉の前へと向かう。
重厚な造りの扉は、あらためてみるとかなり異質だ。
間取りを考えると、扉の向こう側には部屋も何もないはず。
てっきり飾り物の扉だと思っていたが、精緻な造りの扉には、ただの飾りではないという妙な迫力がある。
ガチャリ、と。
鍵を差し込むと、扉が軋むような音を立てながら開いた。
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なにとぞ、なにとぞオラに元気をわけてくだせぇ~m(--)m