第十七話【異世界の工場見学ツアー】
たくさんの人に読んでいただけて幸せです( ´ ▽ ` )
「い、一ノ瀬さん? とりあえず落ち着こうか」
「だって先輩! 異世界ですよ!? 興奮しないってほうが無理でしょう。最近でこそ異世界物の小説や漫画が増えてきてますけど、それ以前から主人公が異世界に迷い込む系の小説はたくさんあったわけで、昔から憧れてたんですよ~。
クローゼットの奥が見知らぬ世界と通じていたり、突然イケメンな男性が自分を迎えに来てくれて、『あなたがわたしの主です』って言われるとかもう最高!
バニッシュメント・リアルワールドォォォ!!」
ちょっと何を言っているのかわからなくなってきたが、異世界への拒絶感というものはまったくないようなので、一安心である。
「マモル様。あの、異世界というのは……」
うん。一ノ瀬さんがこれだけ興奮して喋っていたら、そりゃ聞こえるよな。
「ああ、ちょうどいい。そろそろミルカには伝えておこうと思ってたんだ」
俺が日本へ戻るときはいつも、『ちょっと扉の向こうへ行ってくる』とだけ伝えていたが、どこからか大量の商品を仕入れてくるし、今日に至っては突然見知らぬ人間を連れて戻ってきたわけだ。
気にならないわけがない。
詮索すべきではないと聞かないようにしてくれていたが、彼女が秘密を漏らすような人間だとは思わないし、きちんと情報を共有しておいたほうが良い。
あの扉の向こうが別の世界に繋がっていること、もともと俺はそちら側の世界で暮らしていた住人であることを告げた。
「そう、なんですか。その、マモル様の世界はどのような所なんですか?」
「別に……大きくは違わないさ。スキルや魔法が存在しない代わりに、科学文明が少し発達してるってだけでさ」
「こことは違う世界――……わたしもいつか、そちらの世界へ連れて行ってもらうことは可能なんでしょうか?」
やはり異世界というのは心躍るものがあるようで、ミルカにしては珍しくそんなおねだりをしてきた。
一ノ瀬さんが異世界へ来られたということは、俺やおじいちゃん以外の人間も行き来することができるということだ。
であれば、ミルカが地球へと渡ることもおそらく可能だろう。
今度試してみようかな。
「もちろんかまわないぞ。ミルカも異世界には興味があるんだな。何かしてみたいことでもあるのか?」
「いえ、マモル様が暮らしていた世界というのに興味があるんです。きっと心優しい人がたくさんいて、皆が思いやりに溢れているんでしょうね」
「「――……それはどうかな!?」」
俺と一ノ瀬さんが綺麗に声をハモらせたところで、あらためてミルカのことを彼女にも紹介しておくことにした。
この世界へ来てから、俺もまだ日が浅い。
奴隷制度というものに納得がいかず、ミルカに手を差し伸べたときのエピソードなんかを手短に説明しておいた。
災厄の種を引き剥がして売却したことも含めてだ。
「へぇ~、なんだかそれって先輩らしいですよね。困ってる人を放っておけないところなんかが」
「いやいや、普通だろ。目の前で少女が鞭で打たれようとしてたんだぞ?」
「慣れない異世界で奴隷商人に喧嘩を売ることが、ですか?」
別に喧嘩は売ってないけど。止めただけだし。
「言っておきますが、先輩は相当に人が良いほうだと思いますよ。そもそも、わたしが会社をクビになったことだって、先輩が責任を感じる必要はないわけじゃないですか。あんなメールを送っておいてなんですけど、適当に愚痴を聞き流して頑張れよ~とか言ってサヨナラするのが普通です」
お、おう。
「というか、そんなレアリティの高そうなスキルを所持していることを簡単にわたしに話したりしないでください。もしわたしが悪巧みの得意な人間だったらどうするんですか」
え……なんで俺怒られてるの?
横にいたミルカも、同意するように小さく頷いたのが地味にショックなんだけど。
「もちろん、今のわたしの雇い主は先輩なわけですから、守秘義務ということで余計なことは一切喋るつもりはありませんけど」
「……いや、たしかにスキル売買については不用意に話すつもりはないけど、一ノ瀬さんを雇って異世界に連れてきたのは俺だろう。
身を守るための戦闘系スキルや、役立ちそうな便利スキルも何もない状態だと不安だと思うし、実費さえもらえれば希望するスキルを用意するつもりではある。
だとすれば、いずれにしろ一ノ瀬さんには俺のスキルのことを教える必要があったわけで」
福利厚生などはまったく期待しないでいただきたいが、そういった面でのサポートはできるはずだ。
「そっ……」
一ノ瀬さんはそこで二、三秒ほど固まり、
「――……ありがとうございます」
と言って、ぷいっと横を向いてしまった。
――とりあえず話が落ち着いたところで、ミルカが一ノ瀬さんへと握手を求めるようにして手を伸ばした。
「えっと、イチノセさんでよろしいですか? よろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく。あ、でもイチノセはファミリーネームだから、呼ぶときはアカリでいいよ~。そっちが名前なの」
たしか……一ノ瀬朱里が彼女の名前だったかな。
「ねえねえ、その耳と尻尾は本物なんだよね? ちょっとだけ触ってもいい?」
「は、はい。どうぞ」
「うわ~、すんごいモフモフで癒やされる~。え……ちょっと待って。ミルカちゃんは猫の獣人なわけよね? ということは、この世界には犬の獣人もいるってこと?」
「ええ、もちろん犬族の獣人もいます」
「………………うひ」
……おや?
ミルカからそんなことを聞いた一ノ瀬さんは、今まで以上にキリッとした顔で宣言した。
「先輩、わたし頑張りますので!」
「あ、ああ。期待してる」
頑張るって……石鹸作りのこと、だよな?
◆◇◆
「――新しい石鹸の共同開発、ですか?」
ヴァレンハイムの街に到着した俺たちは、さっそくブライト商会へと顔を出した。
商会主であるブライトさんに新しい石鹸を開発したい旨を説明し、一ノ瀬さんを紹介させてもらう。
「もしや、昨日お譲りいただいた商品と同じものを作ることができると言うのですか? それでしたら、こちらからぜひお願いしたいところでございます」
思った通り、ブライトさんは前のめりになって話に乗ってきた。
「実のところ心配していたのですよ。マモル様はいつ旅に出るかわからないと仰っていましたし、供給が途絶えるのは時間の問題です。一度あの品質を味わってしまうと、従来の石鹸に戻ったときに不満の声が上がるのは目に見えておりますからね」
いくら値段が安いからといっても、もう獣脂石鹸に戻ることはできないだろう。
ブライトさんもそれを懸念していたわけだ。
「えっと、材料の問題もありますので、まったく同じものを作れるとは断言できませんけど、従来品を改良しつつ、新しい石鹸やシャンプーを開発できればと思っています。まずは工場を見学させていただいてもよろしいですか?」
一ノ瀬さんの言葉に、ブライトさんは二つ返事で応じた。
部外者をいきなり工場に案内するのは、些か不用心な気もしたが、
「あれだけの品質の違いを見せつけられた後で、こちらの技術を秘匿しても意味はありませんからね」
とブライトさんは笑っていた。
従来の石鹸にこだわらず、すぐさま新しい技術を取り入れようとする姿勢は、どこの世界でも経営者に必要なものなのかもしれない。
いや、なんか上から目線ですみません。
――街の郊外にある工場まで馬車で移動し、従来の石鹸が作られている光景を真剣な眼差しで観察する一ノ瀬さん。
工場にいた人やブライトさんと、何やら専門的な会話をしている様子を、俺は邪魔しないようちょっと離れた位置から眺めていた。
うん、ここは丸投げだ。
「――……それでは、この内容で契約ということでよろしいですね」
工場見学の後、一ノ瀬さんの知識に投資する価値があると判断したブライトさんは、商館に戻ってさっそく契約の内容を詰めてきた。
ブライト商会との契約の概要は、こんな感じである。
①商品開発にかかる費用は全てブライト商会が負担する。
②新商品が完成した際には、その販売利益の二割をこちらに支払う。
③規定期間までに成果を挙げられない場合、商会側は契約を破棄できるものとする。
一般的に技術供与の契約では、その技術を利用して得られる利益の三分の一から四分の一程度を相手に支払うのが相場である。
今回は開発費用を全てあちらが負担するので、二割というところで落ち着いたわけだ。
それを一ノ瀬さんと等分すると、俺の実質的な取り分は利益の一割ということになる。
彼女には基本給をしっかりと支払うつもりでいるが、開発の功労者にはきちんと還元しないとね。
「よっしゃぁぁぁ!! 夢の実現のために、わたし頑張ります!!」
一ノ瀬さん……みなぎってるなぁ。
一ノ瀬さんファイト!
異世界での成り上がりを期待( ´ ▽ ` )
そろそろ迷宮に行く準備したいなぁ~
次回更新は明日の朝8:00を予定しています。




