第十四話【なんかヤバいメールがきた】
たくさんの方にお読みいただけて幸せでございます^^
――空間収納のスキルを手に入れてから、俺はまたもや日本へと戻っていた。
時刻は午前。
昨日も森にある洋館――異世界での我が家ということにしておこう――で一夜を明かし、翌日になってから行動を開始した。
「この空間収納、こっちの世界でも使えるんだろうか……?」
そうあってくれなければ困るのだが、試しにスマホを収納しようとしてみたら、一瞬にして手から消える。
「よし……問題なく使えそうだな」
さすがにスマホはポケットに入れておかないと用を成さないので、すぐに収納から取り出しておいた。異世界のスキルがこっちの世界でも使えるというのは、新たな収穫である。
もしスポーツ選手とかに肉体強化のスキルを売れば大金が手に入るかもしれないが……面倒くさいことになりそうなので、あまり考えないようにしよう。
まずはタカシの店に寄らせてもらい、今回は異世界の金貨4枚を売却して得た32万円を軍資金とする。
俺は近くにあるスーパーやドラッグストアを回り、石鹸とシャンプーを購入していった。
大量に箱買いしていく俺を見て、店員さんがちらっと視線を向けてくるのがわかる。
一つの店で買い占めをすると迷惑がかかりそうなので、いくつか店を回って大量買いしたわけだが、それでも多少は目立つ。
商品カートに乗せてクルマまで運び込み、そこで空間収納へと全ての商品をしまい込んだ。
「ふぅ……今回はこれぐらいにしておくか」
まだ空間収納に少し余裕があるが、この前に仕入れた量の十倍ほどでストップしておいた。
なにぶん異世界貿易は初めたばかりだし、何が起こるかわからない。
仕入れる物や量は様子を見ながら増やしていこう。
とはいえ、真っ白な上質石鹸が2000個。
シャンプーが50リットルほど。
とても一般家庭では使いきれないほどの爆買いである。
お値段は30万円近くになったので、ほぼ軍資金を使いきったかたちだ。
仕入れを午前中に終えたら、すぐさま異世界へと向かい、ミルカと一緒にヴァレンハイムの街へ。
単純計算で考えると前回は70万ゴールドの売上だったので、今回は700万ゴールドの売上が見込める。
パパルカさんと分配したとしても、約500万ゴールドがこちらの取り分となるわけだ。
スキル売買を使って儲けるのも悪くないが、異世界貿易による魅力はやはり素晴らしいものがある。
空間収納のおかげで運搬作業が格段に楽になったので、次はもっと重たい商品を運んでくるのもいいかもしれない。
――店に到着し、さっそく店主であるパパルカさんに挨拶をする。
「おう、マモルか。今日はどうしたんだ?」
「こんにちは。また石鹸とシャンプーを持ってきたんですけど、昨日と同じ条件で店に置いてもらえますか?」
「ああ、もちろん構わないぞ。……と言いたいところなんだが……」
てっきりパパルカさんは破顔するものと思っていたのだが、少し顔を曇らせた。
いや、厳密には蜥蜴人であるパパルカさんの表情の機微を窺うことはできないのだが。
「何か、あったんですか?」
「まあ、端的に言うと商人ギルドから連絡があったんだ」
「えっと……もしかして販売禁止になる……とか?」
「いや、商人ギルド自体は商売の自由化を認めている。よほど道に外れた商売をしていない限り、そんなことは言ってこないよ。ギルドを通して連絡してきたのは、ブライト商会というところでね」
「ブライト商会?」
「かなり規模の大きい商会だ。もともとおれの店に置いてあったような、従来の石鹸を作って販売しているところだよ。商会主であるブライトさんが、どこからか昨日の石鹸やシャンプーのことを聞きつけたみたいで、ぜひ会って話をしたいと言ってきたんだ」
なるほど……そういうことか。
上質な石鹸が出回っていると知り、すわライバル出現かと出どころを調べてみたら、大きな商会が新規参入してきたわけでもなく、小さな雑貨屋さんで売られていたわけだから、そりゃあ話を聞いてみたくもなるだろう。
「もちろん、マモルのことを話すつもりはないよ。旅人が遠くから運んできた荷を、たまたまうちで売ってくれたんだとでも言っておくさ。……別に嘘は言ってないだろ?」
縦長の瞳をパチリとウインクさせた後、パパルカさんはにやりと笑った。
男前である。
「……ただ、連日のようにマモルが商品を卸してくれるとなると、たまたま仕入れることができたと言い張るのも難しいかと思ってね」
それで、ちょっと困ったような顔をしたわけか。
仕入れにけっこうな金額を投資しているので、引き取ってもらえないと地味に辛い。
といっても、パパルカさんが大きな商会に目をつけられるような事態になるのは避けなければ。
「ちなみに、そのブライトさんはどんな人なんですか?」
「そうだな……おれも直接面識があるわけではないから詳しいことは言えないが、悪い噂は聞こえてこない。一代で自分の商会を大きく成長させたわけだし、ただ人が良いだけじゃないだろうけどな」
なるほど……考えようによっては、これはチャンスかもしれないぞ。
「その、もしよかったら、ブライトさんとの面会に俺も同席させてくれませんか? 迷惑はかけませんから」
「……いいのかい? こちらとしても商品を持ち込んだ本人がいたほうが話をしやすいから、助かるけど」
◆◇◆
「――初めまして。突然の来訪でご迷惑をおかけします。私はブライトと申します。ギルドから連絡が入っていると思いますが、なにとぞ教えていただきたいことがありまして」
ほどなくして、パパルカさんの店に一人の男性がやってきた。
壮年の紳士といった雰囲気のブライトさんは、丁寧な挨拶をくれた。
さっそく店の奥にある部屋へと移動し、俺とミルカを含む、全員で話を聞くことにする。
「さっそくですが本題に入らせていただきます。これらを販売したのは、あなたの店で間違いありませんか?」
テーブルに置かれたのは、昨日販売した石鹸とシャンプーだ。
「……私も試しに使ってみましたが、これらの商品は実に素晴らしい。今まで当商会が販売していた石鹸とは品質が段違いです。これでは従来の石鹸を馬のクソと言われても文句を言えない――……いえ、失礼しました」
ブライトさんは、やや興奮しながら咳払いをした。
「お聞きしたいのは、これらの商品の出どころです。もしよければ、それをぜひとも教えていただけないでしょうか」
パパルカさんがこちらへ視線を向けたので、俺は黙って頷く。
「それをこのお店に卸させてもらったのは、自分です」
「……失礼ですが、あなたは?」
「マモルと言います。この世界で見聞を広めようと旅をしているところで、こっちは従者のミルカ」
「よろしくお願いします」
「そうでしたか。では、これらの商品はあなたが運んできたわけですね」
「はい。ブライト商会でも石鹸を作って販売していると聞きました。その……出どころを聞きたがっていたのは、商会の邪魔になるからでしょうか?」
邪魔者は消す! みたいなことを言われたら、ちょっと怖い。
「いえ、そんなことはありません。私も商人の端くれですから、商品は常に変化し続けるべきだと考えています。むしろ、このような商品に出会えて感激しているところですよ」
「そう言っていだけると、こちらもありがたいです」
既存商品の全てに気を遣っていたら、貿易も何もあったものじゃない。
「ですが、当商会も今の状況を黙って見ていることはできません。マモル様に一つお聞きしてもよろしいですか?」
「はい」
「これらの商品の在庫は、まだありますでしょうか?」
「えっと……実はかなりあります。むしろ昨日よりも多いぐらいで……」
そう言って、俺は空間収納から石鹸とシャンプーを取り出した。
石鹸が2000個に、シャンプーが50リットル。
あらためて並べると、ちょっとした量である。
「これは……すごいですね」
ブライトさんは柔和な顔を少しばかり引き締めた。
「不躾なのは重々承知しておりますが……もしよろしければ、こちらの商品をブライト商会に卸してはもらえないでしょうか。代金はこの場で全額お支払いさせていただきます」
売上を分配するのではなく、即金で買い取ってくれるのは正直嬉しい。
それだけの価値があると確信しているのだろう。
「うーん。おれの店にこんな大量の商品を置くのは無理があるし、ブライトさんの提案に乗るのも悪くないと思うぞ」
一緒に話を聞いていたパパルカさんが、そんなことを言った。
……たしかに、そうかもな。
もともと石鹸を取り扱っていた商会に、新しい石鹸も取り扱ってもらうわけだ。
そちらのほうが、筋は通っているかもしれない。
――しばらく逡巡した後、俺はブライトさんの提案に乗ることにした。
売却額は500万ゴールド。
参考までに市場価格をいくらに設定するかを聞いてみると、昨日と同じ値段で販売するとのことだった。
「昨日一つ千ゴールドで売られていたものが、翌日に倍額で販売されていたら、ブライト商会の評判は地に落ちるでしょうからな」
そう言って、ブライトさんは商談が成立した大量の商品を一瞬で収納した。
どうやら彼も、空間収納のスキルを所持しているようだ。
「ときに――これらの商品をどこで仕入れたかは、教えてもらえないのでしょうな」
「それは……遠い場所としか」
「わかりました。マモル様は見聞を広めるために旅をしているとのことでしたね。できれば末永くお取引できる関係を望みたいところですが……また機会があれば、いつでも当商会へとお越し下さい」
ブライトさんは、深く頭を下げてから店を出ていった。
「――マモル様? どうされました?」
「いや、ちょっと考え事をな」
ブライト商会と商談が成立したのは、喜ばしいことだ。
だが俺は、ずっとこの街を拠点にして行動するつもりはない。
そうなると、石鹸を卸すこともできなくなるわけで……。
まあ、俺がそこまで気にする必要はないか。
大金も手に入ったことだし、その日はヴァレンハイムの街でのんびりしつつ、ミルカと一緒にちょっと贅沢なご馳走を楽しむことにした。
――翌日。
またまた仕入れのために日本へと戻ってくると、スマホにメールが届いていたようで、ランプが点滅していた。
メールの差出人は――一ノ瀬さんとなっている。
……誰だっけ? いや、覚えてるよ。
俺がクビになった会社の後輩で、引継ぎをした新人の女性社員である。
俺の代わりにチームに組み込まれることになり、とても不安がっていたのだ。
彼女は無事でやっているだろうか……?
俺はスマホを操作して、メールのタイトルを見た。
『先輩の上司がもはや上司と呼べる存在ではない件について(殺意)』
……あ、これは大丈夫じゃないやつだな。
前の会社から連絡来たときとか、無駄にビクッとしますよね~(ガクブル)
一ノ瀬さんは大丈夫かな?
誰だよそいつ? と思った人は第一話をちらっと振り返ってくださいな^^
次話の投稿は、水曜もしくは木曜の朝8:00を予定しています(・ω<)




