第十二話【人助けをしてお金を稼ごう】
台風が通過していきましたが、皆様ご無事でしょうか。
作者は無事です。
続きを投稿します^^どうぞ~
※前回の最後に初老の女性に声をかけましたが、初老の女性→女性に変更しております。
俺が声をかけた女性は、名前をマリィさんといった。
何に困っているかというと、息子のアーサー君のことで悩んでいるそうだ。
「うちの子は昔から体が弱くてね。神殿でスキルを調べたら、どうやら【虚弱体質】というスキルを宿しているらしいの。すぐに風邪を引いてしまうし、ベッドからなかなか離れられないあの子を見ていると辛くって……」
ふむふむ……アーサー君は虚弱体質なのか。
……というか、それってスキルなの?
反射的に検索すると、たしかに【虚弱体質】というスキルは存在するようだ。
購入価格は10万ゴールド。
名前の通り、虚弱になってしまうというマイナススキルである。
「なるほど……それはお辛いですね」
「それだけじゃないのよ。突然、あの子が冒険者になりたいと言い出したものだから、どうしたものかと……」
なんでも、ベッドで本を読むことが多かったアーサー君は、冒険者の英雄譚が描かれた本に夢中になってしまったらしい。
迷宮探索に挑む冒険者が、血湧き肉躍るような大冒険を繰り広げるという内容に憧れ、自分も冒険者になりたいと言い出したアーサー君に、家族は心配しながら大反対。
アーサー君はすっかり不貞腐れてしまったようで、マリィさんはそんな息子に何かできないかと悩んだ末に、このオークション会場へとやって来たらしい。
……そういうことか。
マリィさんのような女性が、肉体強化スキルといったガチガチの戦闘系スキルを競っていたのは少し疑問だったのだが、これで合点がいった。
アーサー君の虚弱体質スキルを、他のスキルで補おうとしていたのだろう。
「スキルの書は高額だと聞いていたけど、あそこまでとは思っていなくて。どうしようかと困っていたの」
こうなると……少し話が変わってくるな。
当初の予定では、出品されていたものと同じ【肉体強化(中)】を落札価格よりもちょっと安い価格――1200万ゴールドほどで買ってもらおうと考えていたのだ。
そうすれば、あちらは欲しかったスキルを安く手に入れることができ、俺は手数料として200万ゴールドをいただくことになる。
お互いに気持ち良い取引になると思っていたのだが……。
アーサー君にとっては、それが最善ではないだろう。
「不躾かもしれませんが、俺をアーサー君に会わせてもらえませんか? 彼の虚弱体質をなんとかできるかもしれません」
「ええっと……もしそれが本当なら、ぜひともお願いしたいところだけど……」
さすがにマリィさんも、初対面の男性の言葉を鵜呑みにすることはできないようだ。
「マモル様の言っていることは、全部本当です。わたしも、絶望の淵から救ってもらったんです。どうか信じてください」
「……あなたは?」
「マモル様のど――……従者で、ミルカと言います」
熱意のこもったその言葉は、下手に理屈を並べるよりも余程効果があったようで、マリィさんはミルカをじっと見つめながら微笑んだ。
「そう……あなたがこの人を信頼しているのは、とてもよく伝わってきたわ」
マリィさんはそう言って、俺に向かって深く頭を下げた。
「アーサーの虚弱体質を治せるというのなら、こちらが頭を下げてお願いすべきですからね。どうか、一度息子に会ってやってください」
――マリィさんの家は、ヴァレンハイムの住宅街にあった。
街の中心近くにある住宅街には、かなり大きな邸宅が建ち並んでいる。
「おかえり。お母さん。どこに出かけてたの?」
アーサー君の部屋に入ると、青白い顔をした少年がマリィさんを出迎えた。
……この少年がアーサー君か。年齢は十二、三歳といったところかな。
「ちょっと街へ買い物に行っていたのよ」
「後ろの人たちは?」
「あなたの虚弱体質を治せるかもしれないと仰ったから、お連れしたの」
「……そんなの無理に決まってるよ。今までだって色んなことを試したのに、全部無駄だったじゃないか」
少年は不貞腐れるような顔をして、手元に置いてあった本へと視線を戻した。
あれが、迷宮に挑む冒険者の物語というやつだろうか?
「――それって、『紅き竜騎士の冒険譚』だよね。わたしも読んだことあるよ」
ミルカがそう言うと、アーサー君はわかりやすく反応を示した。
「な、なんだよ。この本を読んだことあるのかよ」
「うん。すごく面白い本だよね。まるで自分が一緒に冒険してるような気分になるし、楽しいだけじゃなくて、なんだか勇気をもらえるっていうのかな……」
「そ、そう! そうなんだよ。ぼく、この本がすごく好きでさ!」
なんと、ミルカもその本を読んだことがあるらしい。
というか、年下の子にはそんな感じの喋り方をするんだな。
ちょっと新鮮。
年齢が近いと通ずるものが多いのか、ミルカとアーサー君はすっかり打ち解けてしまったらしい。
『紅き竜騎士の冒険譚』とやらの話でひとしきり盛り上がった後、アーサー君はずいぶんと警戒を緩めてくれていた。
「――あの、ぼくの体を治してくれるというのは本当でしょうか?」
ずいぶんと殊勝な態度になったアーサー君は、俺を見てそんなことを言った。
「たぶん、ね」
ミルカが俺のことを天井を突き破るほどの勢いで持ち上げて話すから、なんだかむず痒い気もするが、できることはさせてもらうつもりだ。
「君は【虚弱体質】というスキルを所持している……ということでいいんだね?」
「はい」
「じゃあ、そのスキルを俺に譲り渡すということに同意するかい?」
「えっと、本当にそんなことができるんですか? あ、でも、そしたらあなたが虚弱体質になっちゃうんじゃ……」
「それについては、心配いらない」
すぐ売却しちゃうからね。
「お、お願いします。ぼくは元気になったら……この本に書いてあるような冒険の旅に出たいんです」
「……わかった。手を貸して」
ミルカのときと同じように、相手の所持スキルを把握し、こちらに譲り渡すという意思を確認したら、あとはスキル売買で該当スキルを売却してしまうだけだ。
アーサー君の体から暖かな光のようなものが流れ込み、その感覚は数秒で溶けるように消えていく。
「よし……これでもう大丈夫だと思う」
「ほ、本当ですか!? たしかに、心なしか体が軽くなったような――」
アーサー君はベッドから起き上がり、部屋の中を歩き回ろうとしたが、失われた体力まですぐ回復するわけではないようで、ふらついたところをミルカに助けられていた。
「念のため、神殿でスキルの確認をしてくださいね」
「ああ……アーサー……本当にもう体は大丈夫なの? よかった……よかったわねぇ」
マリィさんは感動のあまり涙を流しながら、アーサー君をぎゅっと抱きしめた。
「く、苦しいよ。お母さん」
「ああ、ごめんなさい。さっそく神殿へ行くための馬車を呼びましょう。マモルさんとミルカさんも……ぜひ一緒に来てくれませんか?」
「そうですね。では、ご一緒させていただきます」
――マリィさんに言われ、俺たちも馬車に乗せてもらって神殿へ行くことになった。
神殿内にある水晶板でスキルの確認を行い、アーサー君の体から【虚弱体質】のスキルが消失していることを確認する。
「やった……やったぞ! これでぼくは冒険に出れる……ゴホッ、ゴホッ」
「アーサー。嬉しいのはわかるけど、あまり無茶をしてはダメよ。虚弱体質が治ったからといっても、あなたは病み上がりなんですからね」
マリィさんはアーサー君の体の様子を心配しつつ、あらためて俺のほうに向き直った。
「本当にありがとうございました。何とお礼を言っていいか……」
予定とはだいぶ違ってしまったが、これにて一件落着というところかな。
虚弱体質の売却額は5万ゴールドなので、これを報酬とするにはやや少ない気もするが、まあこういうこともあるだろう。
人助けをしてお金を稼ぐ。これほどわかりやすく、清々しい気分になることは他にない。
「あの、ここに1000万ゴールドが入っています。足りるかはわかりませんが、どうか受け取ってください」
――……ふぁっ!?
「それは……さすがに貰いすぎだと思いますが」
「いいえ。大切な息子の体を治してもらった代金としては、これでも足りないぐらいです」
マリィさんの目は、真剣そのものだ。
たしかに、ずっと虚弱体質のままだったなら、いつか重い病気で命を落としていたかもしれない。
不治の病を治せたと考えるなら、それだけの価値があるのかもしれないが……。
「……わかりました。じゃあ、こうしましょう」
俺は1000万ゴールド分の金貨が入った袋を受け取り、スキル売買の残高に加えた。
そうして、さっそく新たなスキルを一つ購入する。
「はい、こちらをどうぞ」
マリィさんに渡したのは、【健全な肉体】というスキル書である。
虚弱体質とは真逆の効果を持つ優良なスキルで、これからのアーサー君には役立つのではないだろうか。
「こんな貴重なものを……! 本当にもらっていいのですか?」
「ええ、アフターサービスの一環です」
このスキルを習得すれば、弱った体もすぐ元気になるはずだ。
お値段は500万ゴールド。
かなり高価なスキルだが、これでさっきの報酬の半分を返したことになる。
え? もう半分はどうするかって?
いや……俺だって、空間収納のスキル……欲しいんだもん。
あれ、これ……買えるんじゃね?
次回はちょっとだけ話が動きます。
明日の朝に投稿する予定ですので、お楽しみに^^