鞘の役目
吹き上がるような瘴気が身体に叩き付けてくる。
息が出来ないっ。
開く両の手のひらの間から散る赤い稲妻に、握る柄が刀身を引きずり出した。
引き抜いた〈紅桜〉が吹き付ける瘴気を切り裂く。
「くはっ」
肺に、まともな空気を送り込む。
「新しい鞘を手に入れたのか。
今一度、お前と相見えるとは嬉しいぞ」
蒼白の整った顔から、血のような紅い口が笑みを浮かべた。
私など存在しないかのように語りかけてくる。
いや、〈紅桜〉こそ主体であり、彼女を振るう私はただの鞘であり手足のようなものなのだろう。
地面に転がる小石と何ら変わらない。
「貴様に受けた傷は中々に痛手であった。
刀隠れと言ったかな。あの巫女の身体に寄生し徐々に侵食し、自らの力を最大限に引き出す器に作り変えたいのであろう?
何年かけ、どれだけの巫女を使い捨てた?
その様子では、未だ完成には至らないようだなぁ。
うん?
今は、その巫女か」
何、を……。
魄皇鬼が進んだ分、後ずさる。
「宿主は気付いていなかったのだな。力を与えるふりをして、恐ろしい」
また一歩。
「五十年前、あの巫女の血をすすって気が付いたよ。
あの血は人のそれではない。
後は回復を待ち、大岩から手持ちの駒を使って調べさせた」
魄皇鬼の視線が私を捉えた。
「可哀想な事だ、内側から知らず知らずのうちに蝕まれていくのだよ。
人は人、器に収まりきらぬ力は溢れて器を壊すのみ。
気付け、戦いに身を投じ刀にその身を乗っ取られて、物として生きるのか?
人として、子をなし穏やかに生きるのか。
巫女よ、お前はまだ間に合う。
〈紅桜〉を手放し、人に戻れ」