紅桜の記憶
鳥居に現れた妖魔に全身が凍り付く。
まさか、大岩の白い鬼。
やっぱり移動した訳じゃなかったんだ。
今までどこに居たのか。
疑問は残るが、戦いは避けられそうにない。
左手が、ドクドクと脈打つ。
胸元に引き寄せた左手を右手が覆う。
大丈夫。兄様が帰って来るまでは持ちこたえる。
御神体、神刀〈紅桜〉。
ギュッと瞳を閉じた瞬間、脳裏に鮮やかに蘇った。
〈紅桜〉を握る手。
〈紅桜〉と対峙する妖魔。
〈紅桜〉が突き刺す、長い白髪のうなじ。
〈紅桜〉が手から滑り落ち、刃に写る若い巫女。
散る〈紅桜〉
弾かれたように開いた瞳が、手のひらを見る。
これは……。〈紅桜〉の記憶?
境内の澄んだ空気が、波紋を描くように瘴気に侵されていく。
来た。
ざざざざざざっっ……。
風の音に触れた桜の樹からいく枚もの花びらが舞い、私の頬を撫でていく。
こんな時だと言うのに、青白い満月に照らし出された桜吹雪の美しさに目を奪われる。
桜吹雪のその奥。
禍々しい白い鬼が回廊からこちらを見ていた。
「魄皇鬼……」
そうだ、私は〈紅桜〉は知っている。
「久しいな、〈紅桜〉」
愛しい者を愛でるかのような青年の声に、私は両の手を合わせた。