緑陰5
「うふふ。
あなたの命が削られていくのが目に見えるみたい」
扇子をたたむ渧幻姫も、至近距離での札の破裂には無傷とはいかなかったらしい。
紅い唇の端からは深紅の血が滴り落ちる。
大きく肩で息をする緑陰も、それは分かっている。
空から舞い降りる妖魔に破邪の札を放ち、牽制しつつも、渧幻姫からも目が離せない。
(やはりここにいる鬼は渧幻姫のみか)
何よりも、村に残る薄紅が気にかかる。
緑陰が懐に手を入れたのに反応し、渧幻姫が閉じたままの扇子を横一文字に振り抜いてきた。
「式神」
和紙を人型に切り抜いた小さな依代は、一瞬にして大きな武人を形取る。
振り切る槍が、渧幻姫の放った不可視の刃を切り裂き散らした。
「行けっ」
式神の後に続き、緑陰も渧幻姫に向かい走り出した。
「随分な隠し玉ねっ」
足元に転がる、事切れたトカゲを軽々と片手で投げつけ、渧幻姫も走り出す。
式神が槍でトカゲを叩き伏せた瞬間、振り抜いた扇子が式神を両断した。
「式神ごときが」
扇子の影から覗く渧幻姫の顔は、先程の美しさは影もない程般若のごとく深くシワを刻み、吊り上がった眼は見るものを射る。
ただの和紙に戻り、散り落ちる依代の影から緑陰の手が伸びた。
その手には鬼封じの札。
「忌まわしき鬼よ。去れ」
立てた人差し指と中指が胸の前で印を切る。
「ふっ。あはははははは!」
こらえきれず、渧幻姫の口から笑いが漏れた。
鬼封じの札は渧幻姫の帯元に貼り付くと、その動きを封じる。
苦悶の表情を浮かべながらも、渧幻姫の顔は何かをやり遂げた喜びに満ちて見えた。
(笑った)
緑陰の胸中がざわめく。
途端に目の前の小屋が吹き飛んだのかと思う程の瘴気が溢れ出る。
ゆっくりと歩み出て来る者は、長く豊かな白髪を持ち、切れ長の瞳に微笑みをたたえる美しい男。
「我が、君……」
渧幻姫の苦しそうな声にも興味を示さず、その瞳が緑陰を射抜く。
(これ程までとは)
あまりの重圧。
「魄皇鬼」