緑陰4
札を構え、憎々しげな表情の渧幻姫と対峙する。
「あの大岩の白い鬼を解放するつもりか」
農夫の言っていた「白い鬼」が気にかかる。
村でおおじじ様が語ってくれた「白い鬼」とは別者か?
そしてここにはまさにその鬼を解き放とうとしている者がいる。
「我が君。魄皇鬼さまよ」
憎々しげな表情とはうって変わり、瞳に恍惚の表情を浮かべると、腰の後ろから大きな扇子を引き抜いてくる。
「お前はこの美しい名前を忘れることはないわ。
緑陰」
殺意が溢れ出てくる。
バサっと大きな音を立てて、二尺(約六十センチ)はあろうかという大扇子を開いた。
「そなた、なぜ名前を」
緑陰の胸の内にポトリと落ちた、黒い不安の雫が一瞬にして胸中を覆い尽くす。
(名前が知れているということは、調べられていたということ。
姿を見せない白い鬼……。
まさか、大岩へ向かったのか。
薄紅……!)
一人残して来た事を悔やんでも後の祭り。
今は一刻も早くこの場を切り抜ける事が優先。
懐の鬼封じの札は一枚。
(ここで渧幻姫に使い、急いで後を追うか。
薄紅と合流出来れば〈紅桜〉が有効だ)
自分達を調べていた者は何故この集落を襲ったのか。
(私の足止めし、薄紅と引き離すためか?)
いくつも疑問は湧き出るが、答えは求めようもない。
「さあ、楽しみましょう」
妖艶に微笑み、開いた扇子を一振りすると、今度は緑陰を強風が襲う。
身を低くして耐え切った緑陰の目の前に閉じた扇子が振るわれた。
鬼の一撃など受けたらひとたまりもない。
身体を反らせて避けると同時に破邪の札を投げつけた。
五芒星を記した破邪の札は、渧幻姫の開いた扇子の陰で爆発的に霊力を撒き散らす。
ザッ!
そのまま距離を稼いだ緑陰は、扇子を構えたまま、後方に吹き飛ばされた渧幻姫と今一度合間見えた。




