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恐怖

 神社の境内で身を寄せ合い、口々に騒ぐ村人を数えながら、その間を抜けていく。


(おおじじ様。ここにいたのか)

 中庭の桜の木に手を当てて、蕾を見上げる父を村長は遠巻きに見つけた。

「以前ここには、大きな茅葺屋根の家があったよのう。

 桜よ。お前はあの日以来、春が来るのを忘れていたのかと思ったぞ。

 ……桜姫さくらひめ。もう一度だけでいい、ここを守ってくだされ」




 林の入り口に立ち大きく息を吸う。

 若い緑と、湿った土の匂い。


 瘴気が、消えている。


 肩の傷は浅く、動かす事に支障はない。

 むしろ打たれた脇腹の痛みこそ、動きに支障をきたす。


 獣道をできる限りの速さで進んで行く。

 大岩が現れて、急に場所が開けた。

 鬼封じの札。

 兄様が岩に張り巡らせた結界。


 昨日ここを立ち去る際に見た最後の光景は、見る影もなく変わり果てていた。


 大岩の下部は大きく崩れて、斜めに開いた漆黒の闇が外の世界をも侵食しようと異様にうごめいて見える。


 結界のしめ縄も焼き切れて、消し炭を無残にさらしていた。


 鬼封じの札が、無いっ。


「そんな……」

 呆然と言葉がこぼれ落ちる。

 あれを触ったトカゲの腕は吹き飛んだのに。

 一体何が、鬼封じの札を剥がしたのか。

 中にいたはずの、白い鬼は?


 何か、手掛かりになる物が……。


 辺りを見回し、茂る草陰から覗く小さな足。

 山吹色の着物の裾を捉える。


「あ……」


 それ以上は言葉にならなかった。


 全身の血が、音を立てて引いていく。


 怖い。


 どんな妖魔と相見あいまみえても、こんな恐怖を感じたことはない。


 震える足が、それでも一縷いちるの望みをかけて、あの子の元へと歩いていく。


 おミヨ。


 可愛らしいりんご色の頬は青白く血の気を失い、恐怖に見開かれた瞳が映すものは何もない。


「なん……で」


 かたわらに膝をつき、おミヨの冷たい身体を抱き寄せる。

 乾いた大地を涙の雫が濡らした。


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