大きな黒い翼
嫌な天気だ。
縁側から眺める空は、黒く重い雲が低く垂れ込めている。
昨日の暖かな日和が嘘のように。
兄様は笠を持って行かなかったな。
昼頃まではもってくれればよいが……。
「ごめんください。
緑陰さまはご在宅か?」
お社の方か。
男の声に縁側に背を向ける。
「どうなさいました?
兄は今朝から穂波の方に出ております」
住居側から神社の入り口に回ると、村長の所の奉公人みの吉さんが立っていた。
「おられないのか」
明らかに狼狽している。
「何があったのです?」
女に話しても仕方ないが、緑陰がいないのなら仕方がない。
そんな空気を出しつつ口を開く。
「昨日の夕刻に、ミヨが山菜を採りに行ったまま帰らない。
村の子供が、林に妖魔が降りるのを見たと言い出して、ちょっとした騒ぎになっておって。
旦那さまに使わされたというに、こんな時に緑陰さまがいないとはっ」
また大岩に妖魔が近づいている……。
恐怖心からか、みの吉さんも強い口調で当たってくる。
「わかりました。
私も村に参ります」
可愛らしい、りんご色の頬をしたおミヨの笑顔が脳裏に浮かぶ。
無事でいてくれればいいけど。
護符に、結界用の縄。
思いつく物をいくつかまとめ、村長の家へ向かうと、庭には村の人達が不安そうに集まっている。
「緑陰さまは?」
「兄は朝から穂波へ」
駆け寄ってくる村長も、落胆の色を見せた。
人の口に戸は立てられない。
村の人間には、私が刀隠れであることは伏せてある。
「おミヨが行方知れずとか。
それから、妖魔を見たと言う子供と話がしたいのですが」
「見たよ」
足下から聞こえる声に視線を落とすと、妹の手を引くおヨウが真っ直ぐな瞳で私を見上げていた。
おヨウは確か今年で五つ。
三つになる妹、おフウの面倒もよく見るしっかり者だが、証言となると信憑性は高いとは言えないか。
膝を折り、おヨウと目の高さを合わせる。
「どんなモノが林に降りたか、お話できるか?」
私の問いに少し考えると
「大きな黒い羽が生えてたの。
着物を着ていてね……」
「トットよ。トットぉ」
あどけないおフウの声。
小さな手が空を指す。
瘴気!
見上げた空から、黒い邪気の塊が韋駄天のごとく駆け降りて来たっ!




