穂波へ
「ううん。大丈夫、何でもない。
ばぁちゃんは畑仕事の帰り?」
にっこり笑って歩み寄る。
「アシタバとカブが取れてねぇ。緑陰さまと薄紅ちゃんにも食べてもらおうと思ったんよ」
背中の籠を降ろすおサナばぁちゃんから、青々としたアシタバの葉とカブを受け取った。
「美味しそう。
お昼に早速いただくね」
「いつもありがとうございます」
縁側に座った兄様も頭を下げる。
春の野菜の取れ具合や、今年の水田の準備の事などを話し、おサナばぁちゃんは大きな籠を背負うと村へと帰って行った。
やっと蕾の膨らみだした、庭の大きな桜の木が風に揺れる。
その後ろ姿を追う瞳が、ばぁちゃんからそらせない。
「兄様。ここを戦場には出来ない。
どうか総本山へ行って、白い鬼の事を調べて来ていただきたい」
ここは暖かく、心地よい。
おおじじ様の言っていたような、過去の悲しい惨状は繰り返したくない。
立ち上がる兄様が私の肩に手を置く。
「早馬を出そう。
早馬なら見聞録を受け取り、十日もあれば往復出来る。
援軍も手配して頂こう」
気遣ってくれる兄様の微笑みに、私は小さく頷いた。
「明日、夜が明ける前に穂波の城下町へ立つ。
早馬を手配して直ぐに帰れば夜にはここに帰って来られる」
穂波はこの村からは一番近い城下町。
それでも歩けば往復で一日がかりだ。
一日。
「万が一の為に、鳥居に結界を張っておく。
薄紅。お社と御神体を頼むぞ」
明朝。まだ夜も明けぬ闇の中を兄様は出かけて行った。
長い一日の始まりと共に。




