ドレディアさんと訓練
と、そこでふと思った疑問を投げ掛けてみる。
「ドレディアさんがガントレットをお使いになるのは何故でしょうか?」
「性に合ったから、と言うのが一番の理由ですわ。それにわたくしは接近戦で戦うので取り回しがし易い武器が良かったのと……」
と、そこで言葉を切ってにやりと笑みを浮かべる。
「見てみるのが一番ですわね。ヒストリカさんは確か【火球】が使えると言ってましたわね、わたくしに向けて撃ってみて下さるかしら?」
そんなちょっと散歩にいく様な気軽さでそう言うドレディアさんだが、言われた僕は戸惑ってしまう。
「いえそれは……その危ないですよ」
「大丈夫ですわ!」
くいくいっと手首位を曲げてこいこいっとアピールする。
ううん、【火球】は名の通り火の玉を撃ち出す魔術なのだが、当然火なので危ない。
人に向けて、と言うのは抵抗がある。
「もしも傷付けたらと思うと、人にはちょっと……」
「ああ、それなら大丈夫ですわ。この修練場には幻境結界と言う魔術がかかっていて、どれだけ傷ついても外に出れば元通りになるようになってますの。痛みも抑えられるようにもなっているんですのよ」
魔術って凄い。
そんなとんでもない事も出来るんだ……バーチャル世界みたいだ。
うーん、それでも抵抗はあるが早く早くとフリスビーを待つ様な子犬みたいにわくわくしているドレディアさんを見ているとやらない方が悪いのかなと言う気持ちにもなる。
「さぁ! いつでもいいですわ! さぁ!」
「わ、わかりました」
覚悟を決めて魔術を撃つことにする。
……一応、村の時に練習はしていたし、大丈夫なはず。
深呼吸をして、よし! おっと、剣は左手に持ち替えてっと。
右手をドレディアさんの方に突き出して、唱える。
「行きますよ。……火よ。猛き火よ。炎弾となりて敵を撃て『火球』!」
僕の右手から赤い魔法陣が出現し、そこからバスケットボール程の火の玉が飛んでいく。
速度は大体、ええと野球ボールを投げたぐらいだろうか。時速100kmぐらい?
バッティングセンターなどに殆ど言ったことがないので体感だけど大体そんなぐらいだろうか。
それほど遠くない場所にいたドレディアさんに直ぐに火球は直撃しそうになり、目の前まで来た時は息を飲んだ。
「はぁっ! せい!」
だが、一番驚いたのはその華麗な動きだった。
火球を右手のガントレットで弾くようにして振り払い、それだけで僕の火球は消えてしまった。
だが、その振り払った動作が腕を引く動作と連動したように円を動きながら、そのまま拳を突き出したのだ。
その一連の動きは、素人の僕でも洗練され、完成した動きであることがわかるほど。
その僕の驚きが伝わったのか、非常に気分が良さそうに大きく胸を張るドレディアさん。
「どうですの! 簡単な魔術ならこうやって魔力を纏わせる事で振り払い、そのまま攻撃できますのよ!」
興奮しながら、心なしか何時もよりも大声で拳を握りながらそう話すドレディアさんに対して僕は素直に賛辞を伝える。
「凄いです! 一度の動きで攻防一体になっているんですね」
「お~ほっほっほ……っは、ご、ごほん。そうですわ、剣でも同じ事は出来ますが動作のスピードと精密性はこちらのほうが高いんですのよ」
確かに、実際に剣を振るう所を見ていないが今の動きを見る限り防御して動作、というよりも攻撃動作自体に防御が入っているような、そんな印象を受けた。
……素人の目なのであっているかはわからないけど。
「まあ、ついガントレットで見せてしまいましたが、おいおい得意な武器は探すとしてもまずは剣を修練したほうが良いですわ」
「はい、わかりました」
「まずは抜いて、軽く振ってみてくださいな」
言われて、左手に持っていた剣から柄を掴み、鞘から引き抜く。
鈍色に光る刀身が姿を表し、やがて全ての姿を表すと、一応正眼の構え……でいいのかな?
剣道でよくやるあのポーズで構える。
「あら、初めてにしては堂に入ってますわね」
「っふ! っは! やあ!」
素振りの要領で数回振る。
そして、わかるのは重いという事だ。
持つだけならなんともないが、振るうとなると刀身の重さに引きずられるため、振りが歪んでしまう。
それを真っ直ぐしようとすると、これが中々手に来る。
そして数回振るだけで疲れが多少なりとも出てくると、より重さを感じる様になる。
「わかりますわ。ヒストリカさん、重いでしょう?」
「恥ずかしながら……数回振っただけで疲れを感じます」
軟弱で貧弱である。
男性としては情けない気もする。……今の僕は女性だけど。
「なるほど、それは魔力操作が出来ていないからですわね」
「魔力操作、ですか? 確か、資質の一つでしたか」
「ええ、具体的に言えば魔力で身体を強化をしていないのですわ。最初に言わなくて申し訳なかったのですが、まずどのぐらいの力量か試したかったのですわ」
多分レベルで言うと1だと思います。
「そうなると、まずアレですわね。少しお待ちになって!」
言うが早いか凄い速度で入り口に走っていき、姿が消える。
かと思いきやほんの1分もしないうちに戻ってくる。
「はいどうぞ」
そう言って渡されたのは、小さなガラス玉だ。やや青みがかかったきれいな色をしている。
ぶっちゃけて言えばビー玉である。
「これは?」
「魔光石ですわ。魔力を流すと光るんですの」
光るのか。ひょっとしてこれが部屋のライトの正体かな。
「まず魔力操作の具合を見ますわ。それに魔力を注いでみてくださいまし」
なるほど、わかった!
……出来ません!
「光りませんね……どうやって魔力を注ぐんでしょうか?」
まずやり方を聞いてみよう。
「こう……全身の力をぐわーっと手に集める感じですわ」
あ、ドレディアさんは感覚派なんですね……。
「ぐ、ぐわー」
声に出しながらもそれっぽいように力を込めるが、ビー玉はぴくりとも光らない。
く、これは難しいぞ。
……そうだ、魔術を使った時になんとなく手に集まる感じを参考にして……
「あ、ひ、光りました!」
薄ぼんやりという、ホタルの如きか細い光だがなんとか光ることに成功した。
「やりましたわね。ではその魔力を全身を回してから、ずっとその魔光石に注いてみてくださいまし」
う、出来るかな……。
全身に魔力を回してから、ビー玉に……ああ、光が消えた!
「難しいですね……」
「慣れですわ。まずは全身に魔力を漲らせる、と言う操作が出来るのがステップ1ですわ」
ビー玉を光らせると言うのはステップ1ではなかったらしい。
しかし泣き言は言っていられない。
素人の僕でもわかる。
コレは、今後の繋がる重要な一歩だと。
なんとしても出来ないといけない。
「ただ、魔術の練習か武器の練習を先に進めるのもありだと思いますわ」
「いえ、まずはこれをマスターしたいですね」
「ふむ、そうなるとわたくしの出番はなさそうですわね」
「すみません、色々教えてもらう予定だったのが私のせいで遅れて……」
「構いませんわ。ではヒストリカさんが魔力操作をしている間、邪魔にならないように隅で本を読んでおりますわ。何かあったら呼んでくださいまし」
「ありがとうございます」
この作業にはドレディアさんが手を貸せることは殆ど無い。
だから帰ってもおかしくないところだが、近くにいてくれるという優しさが今は嬉しい。
さあて、やらないと!
全身に、魔力を回して……
明日は朝9時ぐらいに更新する予定です。
……寝坊しなければですが。