ドレディアさんの講義
さて、授業が終わってハイトさんから別の授業に一緒に出ないかと誘いを受けたが、別件があることを伝えるとエルさんはふんと鼻を鳴らせて、ハイトさんは残念そうな顔を見せて別れることになった。
折角の誘いだったので、次回は是非一緒に参加したいと思う事だけは伝えて、教室を出て図書館へと向かう。
「お待ちしておりましたわ!」
そこには仁王立ちで腕を組んだドレディアさんの姿があった。
図書館の入り口ど真ん中で王の様に立つドレディアさんは非常に目立っていたが、そのことは特に気にしていなさそうだ。
「すみません、お待たせしてしまいました」
「あ、いえそういうつもりではないんですのよ。わたくしが早く来すぎてしまっただけですの。それでは行きましょうか」
そう言って僕の手を握って歩きだす。
相変わらずの柔らかい感触に少し照れてしまう。
「あ、あの。子供ではないので手を引いて頂かなくても大丈夫ですよ」
「いいえ、お気にせず!」
そういう問題では無いのだが満面の笑みでそう言われては、とても恥ずかしいので手を離して、とは言いづらくそのまま引っ張られるように魔術修練場に向かった。
……ドレディアさん、足速いなあ。
並んで歩くと言うより、犬の散歩みたいな状態になってしまう。
そして辿り着いた先はまるで闘技場の様な場所だった。
見上げる暇も無く、堂々と中に入り込むドレディアさんに引っ張られてそのまま中に入る。
少し歩くと地面が舗装された道から土に変わり、広い場所に出た。
こう、古代ローマのコロセウムそのままのイメージだ。
野球のグラウンド程広いが、周囲には誰もいない。
「広いのに誰も居ないんですね」
「結界魔術で隔離されているんですのよ。魔術を見せたくない人も居るのでその配慮と場所の取り合いにならないようにですわ」
結界魔術、また新しい言葉が出てきたので脳内のメモにとっておく。
「さてと、用意をしてくるので少しお待ちになって」
そう言うと、彼女は来た道を引き返す。
……うーん、本当に広い。上を見上げれば青空も見えるしすごい技術だ。
ところで聞いてなかったけど、用意って何をするんだろうか。
そこそも、何をするんだろう。
魔術修練場という事と、実技ってことで魔術を使うんだろうと言う事は推測は付くけど、覚えている魔術自体が2つしかない。
ドレディアさんに任せっぱなしで良いのかな……自分でも何か考えてくるべきだった。
「お待たせしましたわ」
「ドレディアさん、用意って一体……!?」
現れたドレディアさんの姿を見た僕は絶句してしまう。
まず腰には剣が数本差してあり、背中には槍と斧とハンマーの様な物を背負い、右手には手甲の様な物をつけて、一抱え以上もある巨大な金属の黒い板を持ち、左手には弓と鉄の棍棒……メイス? を持っていた。
べ、弁慶……?
「よいしょっと」
それらの危険な武器を地面にそれぞれ突き刺すと、いつもの腕組みのポーズを取る。
うわ、凄い絵だ。周囲を武器に囲まれた赤髪の女性、でも違和感が無い……。
こう、なんというか、ウェポンマスター?
「ドレディアさん……その武器は一体……」
「武器ですわ?」
「えっと、そうではなくて何故武器を沢山持ってきたのかと思いまして。今日は魔術の訓練だと思っていたのですが」
「え? ああ、なるほど。魔術の訓練もしますわよ。ただ、試験には武器の実習もあるので一緒にお教えしようかと思ったんですのよ」
武器の実習も試験なの!?
魔術師ってインドアな、研究職のようなイメージだったけど、意外と肉体派だったんだ……。
「とりあえず主要な武器は持ってきましたわ。……ああ、武器もこの修練場で貸し出してくれますの」
武器の貸出まであるんだ、本当に修練するための場所なんだな。
「さて、ヒストリカさん。魔術の訓練をしたいのは山々ですけれども、まずは2つ決めないといけないことがありますわ」
「決めないといけないこと、ですか? それは一体なんでしょうか」
「使う武器と、使う魔術体型ですわ」
「使う武器、と言うのは持ってきて頂いた剣や槍の中のどれを使うか、ということでしょうか?」
「その通りですわ。何故かとお思いですわね?」
なんとなくだけど、武器によって魔術の使い方に関係するんじゃないかなと予測は立てている。
例えば僕の『火球』は手から魔術を発動させるけど、武器で両手が塞がる場合使えないんじゃないか、と。
が、それを言おうとしたが凄く説明したがりそうなドレディアさんの顔を見た僕は
「そうですね。何故でしょうか?」
そう答えてしまうのだった。
「それは魔術の行使の仕方が変わるからですわ。手から魔術を発動する場合、両手が斧で塞がっていたら発動できませんわよね?」
「なるほど、それで最初に武器を決めてからなんですね」
予想が当たって嬉しい僕だが、それよりもドレディアさんの笑顔が眩しい。
獣人種だったら猫耳がぶんぶん動いているんじゃないか、というぐらい上機嫌だ。
「そうですわ。ちなみに、お使いになっていた武器や使いたい武器はありまして?」
「えっと、そうですね……」
僕は日本でもこの世界でも使っていた武器は特に無い。
……バットは武器なのだろうか? いや武器として使っては勿論無いけども。
使いたい武器の方向で考えると、やはり剣だろうか。男の子の心をくすぐる武器ナンバーワンだ。
と、思った所で今の自分が女性として暮らしている事を思い出し、剣で本当に良いのか迷ってしまう。
そうなるとナイフとか?
スタンガン……はこの世界には無いよね。
あ、ドレディアさんは何を使っているのか聞いてみよう。
「ドレディアさんは何の武器をお使いになっているんでしょうか?」
回答を待っていたドレディアさんはその言葉を聞くと右腕を軽く挙げる。
「わたくしですか。わたくしはこのガントレットですわ」
その右腕には手全体を鉄で覆った手甲、ガントレットが着けられていた。
そういえば運ぶときに着けていたっけ。
……ガントレットは女性らしいのかな。
「あの、他意は無いのですがガントレットは一般的に使われる武器なのですか?」
「そうですわね。一般的、と言うほど使用している人は多いわけではありませんが、一定数は居るはずですわよ。一般的と言うのであれば剣や槍がやはり一番多いですわ。女性だと短刀や細剣もよく見ますわね」
お、欲しい情報を言ってくれた。
剣か槍、短刀か細剣……細剣ってレイピアのことだった、はず。
その中だと剣かな?
「東方の方では刀や扇子をよく使うみたいですけれども」
刀もあるんだ!
ん、と言うか東方って事は日本?
「まあこっちでは殆ど見かけないから武器としてはおすすめできませんわね」
だめですか……。
東方について聞いてみたいけど……今日は訓練だし、何かボロが出たら怖いから図書館でまずは調べてからにしよう。
「それでは、剣にしたいと思います」
「剣ですわね。ああ、もし合わないと思ったら変えるのも訓練ですわよ」
そう言いながらドレディアさんは地面に突き刺さった剣を引き抜き僕に渡す。
……剣って鞘付きで地面に刺さるんだね。
「わかりました。ちなみに、刀はおすすめじゃないと仰ってましたが逆におすすめは何でしょう?」
「おすすめですの? そうですわね、最初ならやはり剣か短刀が扱いやすいと思いますわ。と言いますかみんな、大体は剣になりますわね」
「みんな剣ですか。理由はあるんでしょうか?」
「斬る、払う、突くが出来て、扱いやすく、魔術の邪魔をせず、それでいて使用人口が多いからですわ」
「使用人口、ですか」
使っている人間の数、と言うことだろうけど多いと何か利点があるのだろうか。
「武器も消耗しますわ、その時使っている人数が多い剣であればどこでも整備や修理してもらえますの。特殊な武器だと相応の工房じゃないと修理できなかったり、極端な話、買い替えたいと思っても難しいからですわ」
「ああ、なるほど」
「それに、名品や逸品と言った良い武器が作られたりするのは需要がある剣ですもの。おとぎばなしとかでも名剣と呼ばれる物は多いですが名扇子と言うのはあまり聞き覚えがないと思いませんこと?」
確かに、魔剣や神剣と言った様な武器は色々浮かぶし、魔槍も多少は浮かぶが、魔ガントレットは聞いたことはない。
「特殊な武器を使っていると、良い武器にめぐりあいにくくなるということですね」
「そういうことですわ。もっとも、競争相手がいないという点は利点かもしれませんし、自分が最も合っていると思う武器であればそう言った事は関係なく使った方が良いと思いますわよ」
わたくしの場合はコレでしたの、とガントレットを着けた右腕を軽く見せる。
……無骨なガントレットなのに、凄く良く似合うなあ。