燃える赤髪はお嬢様の嗜み
授業が終わり、太陽は中央から外れた位置にいる頃、僕は教えてもらった図書館へと向かっていた。
舗装された道は現代社会を思わせるが、未だ自動車や飛行機と言った機械は見たことはない。
部屋の明かりもランタンの様な物であり、しかし中の鉱石が魔力に反応し光るようになっているらしく、炎の灯りとは違い蛍光灯のような明るさがある。
ちなみにその魔力の元はと言えば、ランタンの後ろは壁に刺さっており、そこには部屋毎に送られている魔力があるらしく、それで光を放っているらしい。勿論スイッチもある。
イメージで言えば魔力を電気として扱っている様だ。
その魔力はどこから来ているのかと言う問題だが、家では魔力を秘めた水晶のような物を定期的に取り替えしていたからおそらくこの寮も同じなんじゃないかなと予想している。
じゃあその水晶はなんなんだと言えば、わからないんだなこれが。
そう言った面もあわせて図書館でわかればいいなとは思っている。
「おっと、ここだね。……いや違いますね。ここですね」
おっと危ない。口調をちゃんと変えておかないといけない。
周囲に人はいないとは言え、常にこの口調を維持して置かなければどんな拍子にバレるかわからない。
もしもバレたら、少なくとも別の意味で有名にはなるだろうが、入学情報の虚偽とみなされて退学もありうる。
そうなったら終わりだ。
だからこそ何があっても、バレてはいけない。
……はあ、でも心が痛い、色々と。
「しかし、大きいですね……」
図書館は非常に大きく、学校ぐらいあるんじゃないかと言うほどに巨大だ。
見たことはないので文字のイメージしかないが、これがアレクサンドリア図書館! と言われたら信じるぐらいには凄い。
さて、ここで待っていても仕方ない。
少しドキドキしながら中に足を踏み入れようとする。
……しかし入り口が神殿みたいに柱が並んでいるところに入るのは勇気がいるなあ。
「そこの方、どうかなさいまして?」
そんな風に葛藤している所に後ろから声をかけられる。
振り向けば、まず目に入ったのはショートカットの赤い髪。
その次に意思の強さを感じる程に鋭い目つきの少女だ。
大体高校生くらいだろうか? 背丈も僕よりも高い。
ちなみに服装は皆同じで黒と白の縦縞の上着とスカートだ。……いや勿論男子はズボンだけどね?
「いえ、初めて図書館に来たのですが、雰囲気に圧倒されて二の足を踏んでしまいまして」
そう答えると納得した様に頷く。
「なるほど。わかりますわ、わたくしも始めてきた時は驚いてしまいましたの。……あら、という事は図書館に初めて来られたのかしら?」
「ええ、自己紹介が遅れました。私はヒストリカ・ローリエと申します、今日この学院に来たばかりでして」
「これはご丁寧にですわ。わたくしはドレディア。ドレディア・フェルリッヒ・フォン・ロシェットですわ」
ど、どれでぃあふぇる……えっと、あ、ふぇるりっひ、ふぉん、ろしぇっとさんか。
……うん、日本人だからね。中々聞き慣れない名前は覚えづらいのは、要課題かな。
今までの名前は皆名前だけか、名前と家名だけだったからなんとかなったけど、えっとロシェットが家名でミドルネームがあるって事は貴族の方かな?
「ええと、ロシェットさんはご貴族でいらっしゃるのでしょうか?」
「ドレディアで宜しくてよ、ローリエさん。確かにわたくしは貴族ではあり、誇るべきロシェット家の者ではありますが、気にせずに接して頂きたいですわ」
「ありがとうございますドレディアさん。それでは私のこともヒストリカと呼んで下さい」
「ありがとう、ならヒストリカさん、ここで出会ったのも何かの縁、よかったら図書館の中をご案内しますわよ」
と、そんな提案をドレディアさんから受ける。
その眼は純粋に心配と優しさに溢れているように見える。
「良いのですか? ご迷惑ではないでしょうか」
「構いませんわ。中は広いし、初めて入った方では迷ってしまうかもしれませんわ。それに案内をしている中でわたくしの目的の本が見つかるかもしれませんし」
「そう言ってもらえるのなら、ぜひお願い致します。代わりと言っては何ですが、目的の本があるのであればお手伝い致しますよ」
確かに見た目からして中は広い。
一人で探すにしても、そもそも何を探せば良いのか、と言う点もあり、相談できそうな相手が出来るのは自分にとっても非常に嬉しい申し出だった。
「ありがたいですわ。それでは早速中に入りましょうか」
そう言って僕に近づくと手を握る。
「さ、行きますわよ」
そしてそのまま手を引いていく。
うわ、柔らか……じゃなくて、力が強……でもなくて。
ご、強引だなあドレディアさん。
「は、はい」
僕はそう返事して、彼女に手を引かれて図書館の中へと入った。
「うわあ……凄い景色……」
中に入った僕は思わず感嘆の息を漏らす。
見渡す限りの本棚の山。
二階、三階、四階まで見える。4階建て? いや外から見た時はもっと高さがあったような。
「驚きでしょう。蔵書は数十万を超えると言われてますわ。ただ、実際の本の数はもっとあってもおかしくない大きさと広さですわよ」
「確かに、これは一人で来たら迷っていたと思います。ドレディアさんと来て良かったです」
「ふふ、褒めてもらうにはまだ早いですわよ。さて、ヒストリカさんは何をお探しなのかしら?」
あ、そう言えば何を調べるんだったか。
えっと、確かとりあえず直近で必要なのは……
「ええと、礼儀作法の本と歴史、いや法律ですかね。魔術の本と属性の本と、後は学院の事についてわかる本があれば」
そう答えると、ドレディアさんは腕組みをして、少し考え始める。
少しして、彼女はこういった。
「ひょっとして、ヒストリカさんは学園どころか家から出るのも初めてでして?」
「確かに、家から出ることは殆どありませんでしたが……」
「いえ、その本の挙げ方からして何を調べれば良いかわからない、と言った印象を受けたもので。もしそうでも気にする事はありませんわ。良くいますのよ、家から全く出た事がなくて調べ方も知らないと言った方が。ふふ、言っては申し訳ないのですけど、まるで異世界から来たみたいに何も知らなかったりするんですわよ」
その言葉に少しだけ鼓動が跳ねる。
確かに、家から出る事は殆ど無かった。
が、その言い方から、もしかして自分が別の世界から来たことをわかっているんじゃないかと、一瞬だけ不安が過ぎる。
「そういえば、ドレディアさんが探している本は何という本なんですか?」
そう言ってつい話題を変えてしまう。
「わたくしが探しているのは『赤炎龍冠』と言う本ですわ。炎の魔術について書いてあるんですが、中々見つからなくて」
「炎の魔術……ドレディアさんは炎の魔術が得意なんですか?」
「ええ、ロシェット家は大体火の属性に優れているんですの」
「なるほど。細かいことなのですが火の属性なのに炎の魔術なんですか? 火の魔術ではなくて」
「魔術名は必ずしも属性と同じではないんですの。例えば水属性の氷魔術だったりと呼び名が変わったりすることも多いんですの」
そうなのか、うーんこれはまた覚えることが増えてしまった。
「ちなみに私は西方魔術を主としてますわ。ヒストリカさんは?」
「ええと……すみません。『火球』と『流水』しか使えなくて、これも何の魔術かわかっていないんです」
この2つの魔術は村で教えてもらった物だ。
「その2つなら西方魔術ですわね。という事は自分の資質も知らないみたいですわね」
「資質って、どの属性が自分にあっているかという事でしょうか?」
「そうですわ。ふむ……ヒストリカさん、こちらに来たばかりということならば、お節介ながらお手伝いしますわよ」
「お手伝い、ですか?」
「魔術修練場という場所があるんですの、そこで魔術についてお教えしますわよ。まだ学期が始まったばかりとは言え途中入学だと実技試験も大変でしょうし」
じ、実技もあるのか。いや、そりゃあるよね。
「宜しいのですか? その、お会いしたばかりなのに色々としていただいて」
「構いませんわ。困っている人を助けるのも貴族の義務ですし、何よりわたくしはヒストリカさんの事を気に入りましたの」
不思議と好感度が高い。
特に何かしたわけでもないのだが……とはいえ、助けを断るほど自信も実力もない。
そもそも魔術修練場なんて言葉も初めて聞いた僕にとって一から自分で調べるより識者に教えてもらったほうが断然効率も良い。
「それに、お恥ずかしい話ですが、わたくし友達が少なくて……宜しければお友達になっていただけませんこと?」
若干赤い顔をしながらもじもじと言葉を切り出す。
先程の強気な態度からの差がギャップを感じさせる。
僕はそれに笑顔で答えるしか無い。
「では、言葉に甘えさせていただきます。勿論、お友達に関しても」
「宜しくってよ! 腕がなりますわ……」
「て、手加減はしてくださいね……」