承知しませんわ
今更だけれど、この魔術『その名は世界である』は詠唱や効果からまるで時を止めるような気がするけれど、勿論そんなことはない。
この魔術は拘束系に位置する魔術である。
発動と同時に自分の周囲数十メートルに対して幾何学模様の魔法陣を球体状に広げ、それに引っかかった物を停止させる。
それが、この魔術だ。
「だから……ドレディアさんが行った魔術すらも止まります」
「……のようですわね。口は聞けるのに魔術は発動できませんし、強化も出来ないんですわね」
若干苦笑しながらそう答えたドレディアさんだったが、顔も動かないようになっているので見た目的には無表情で答えたようにみえる。
しかし、本当に不思議だ。
口は動くし呼吸は出来る。動いているという事は心臓とか生命活動は動くけどそれ以外はすべて止まる。
そう魔術すらも。
「抜け目が無いですね。もし、この魔術が全体、そう、頭上にも作用するもので無ければ」
そう言って上を見上げる。
「この、巨大な火の玉が直撃していたでしょうから」
視線の先。
僕の頭上には、いつの間にやら巨大な、僕一人を軽々と飲み込む大きさの火の玉が落下してきていた。
だが今は、ステイシスの効果により火の玉自体にも幾何学模様が巻き付き、空中で動きを止めている。
……火の動きも止まるんだ。揺らめきも無いし、凄いなあ。
「こっそりと仕込んでおいたんですけれども、まさか広範囲の、高位魔術だとは思いませんでしたわ。これは、見事と、褒めれば宜しいんでしょうか。それとも悔しがるところでしょうか?」
その問いに対して僕は苦笑しながら答える。
「それは、ドレディアさんの好きにして良いんですよ」
僕もあまり人付き合いが得意な方ではないけれども、ドレディアさんはそれに輪をかけて人付き合いが苦手そうだ。
僕に言われるのだからきっと相当だと思う。
「ふう……降参ですわ! 審判!」
そう声を上げたドレディアさん。
その一瞬後、ノイズのような音が走ると例の声が闘技場に響く。
『決着ぅうううう! 勝ったのはヒストリカ・ローリエ!! ナイスファイト!』
その声に対してようやく僕は安堵の息を漏らす。
やっぱり、甘いとは言え友達を斬るような真似はしなくないし、何より本当に勝ったかどうか、今までずっと警戒していたのだから。
「おめでとう、ヒストリカ」
「ありがとう、ドレディアさん」
「どういたしまして、と言うのはおかしいですわね。……所でこの魔術はまだ解けないんですの?」
「あ、わ、忘れてました。『星は正しき位置へ』」
「ちょ!!! ま、待ちなさ」
異常に焦った声のドレディアさんが動き始めると同時に僕に向かって突進してくる。
しょ、勝負はついたはずでは!?
そんな事を思っていると小脇に抱えられ、高速でその場から連れされ、そのわずか数秒もしない内に、巨大な火の玉が元の場所に落下した。
「あ……そ、そう言えば頭上に迫っていたんでした……」
「このお馬鹿さん! お馬鹿さん!」
「な、ちょ、ちょっと気が抜けて忘れていただけです。バカバカ言わないで下さい!」
「ついさっきのことぐらい覚えておきなさいな! 全く、困った人ですわね……」
苦笑しながらもいつものポーズを決め、激励の言葉を残すとそのまま歩き始める。
その先には、いつの間にか出来ていたゲートがあった。
「……わたくしに勝ったんですもの。必ず、優勝しないと許しませんわよ」
若干口を尖らせつつもそう言い残し、返事を返す前にゲートに入り込むドレディアさん。
そう、だね。そうだよね。
勝たないと。
僕のためにも、家族のためにも、ドレディアさんのためにも。
さぁ、次はいよいよ決勝戦。
本当に本当の最後の勝負。
勝てば、全てが始まる。
負ければ、全てが終わる。
僕は知らずに拳を握りしめたまま、ゲートをくぐった。