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心の内側

 一瞬迷った後、僕は詠唱を中断して炎の槍を回避した。

 空気すらも燃える音が直ぐ横を通過して、熱気が僕の身体へと押し付けられる。

 直撃していたらどうなっていたことか、魔力強化や限界強化をもってしても痛手を負っていたのは間違いないと思うけれど。

 

 でも、現状もかなり辛い。

 無理矢理中断したせいで、魔力をごっそりを持っていかれた。

 

 わかっていたこととは言え、効果も出せずに魔力だけがなくなるという損な状況に少しだけため息を付きたくなる。

 もっとも、そんな事をしていたら色々な意味でドレディアさんに顔面パンチを食らってもおかしくないのでそんなことはしないけれども。

 

 しかし、二発目とは……


「無詠唱、とは違うみたいですけれども」

 

「綴り法、と呼ばれる技法ですわ。前に詠唱した魔術を同じように発動させる『重ね』、別の効果を付加させる『付記』……今回使ったのは何かは、言うまでもありませんわね」

 

 そ、そんな技法があったのか。

 やはり魔術は奥が深いなあとこの状態でありながらも感心させられてしまう。

 

 色々と本も呼んだし、知識は蓄えたつもりだけれども全部網羅とは行かない。

 なにせ、非情に多いのだ。そういった技法も。

 

 有用なものから無用なもの、あるいはネタに近いものまで色々と開発されている。

 それは多分魔術の研究が盛んなこの学院だからこそそう言った図書が多いのか、それとも実際にそういったものを開発する人が多いからなのか。

 

 ……魔力消費が2倍になる。ただし効果はかわらない技法とか、魔術がいい香りを放つようになる技法とか、それ技法なの?って物もかなりたくさんあって、全部に目を通すのも難しいし、あれこれ詰め込んでもあんまり効果はない。

 

 けど次はその綴り法を勉強する事は僕の中で決定した。

 

「流石、ドレディアさんは博識ですね」

 

「照れますわ。でも否定はしませんことよ。わたしくが歩んだ道ですから、ええ、素直な賞賛として受け取りますわ」

 

 誇らしげにそう答えるドレディアさん。

 そんな事を言いつつも、お互い戦闘態勢は崩していない。

 

 むしろ、お互い会話をしながら隙をうかがっていて、視線が何度も交差する。

 

 互いに、対応できる距離。

 だからこそ、簡単に先に打てば避けられたりしてしまう可能性は高い。

 実際、連撃とは言え炎の槍を避けられた。

 

 ドレディアさんも同じだ。

 僕が魔術を使っても簡単に避けられてしまう。

 

 だからこその膠着状態。

 そして、だからこその会話である。

 

 そこで、何故か皮肉げに見える笑みを浮かべてドレディアさんが口を開く。

 だがその言葉は、僕を身も心も凍結させるものだった。

 

「ヒストリカさん」

 

「はい、なんでしょうか」

 

 

 

 

 

「……負けて、あげましょうか?」

 

 …………

 

「わたくしは、別に主席の座はその、そこまで必要ではありませんの。だから、お友達であるヒストリカさんに譲る、というのもやぶさかではないのですわ。そういった、権力じみた物はもう要りませんの……」

 

 ああ、なるほど。

 

 彼女は、貴族だ。

 侯爵家の嫡女で、きっと何不自由無い生活だった。

 

 いや、むしろ権力のせいで不自由があったのかもしれない。

 彼女の人当たりで、彼女の容姿で、友達が居ないなんてないはずなのだ。

 

 だからこそ、主席という権力、その力を、その座に固執しないのだ。

 むしろ、この提案に乗ったほうがお互いに得なのだ。

 

 魔力消費無しで僕は勝ち上がることが出来る。

 彼女は主席という要らない地位を手に入れる事なく、友達に快く譲れる。

 

 なるほどなるほど。

 これがWIN-WINの関係ということだね!

 

「それは素晴らしい提案ですね」

 

「でしょう!」

 

 僕の回答にほっとした様に彼女は言葉を続ける。

 警戒も解いて、もはや戦う気は無いみたいだ。

 いや、むしろ攻撃してもらったほうがありがたいのかもしれない。

 

 きっと彼女にとって主席戦で勝つ、と言うより友達が勝つ方が価値が高いのだから。

 

「ああ、よかった。わたくし、戦い自体は嫌いではないのですが、こういった公式の場で友達を叩き落とすような形式は好きではなくて……ただ総合順位で入った人は拒否できないらしくて、まったく困ったものですわ。こういうときこそ必要な人に席を開けて上げるべきだというのに」

 

 彼女は本心で言っている。

 別に馬鹿にしているわけでも、挑発しているわけでもない。

 

 ただ、単純に優しい心で、自分に価値のない物を、友達に譲ろうとしているだけだ。

 

「ええ、私もそう思いますわ」

 

 そう返す。

 断るなんて選択肢はありえないだろう。

 

 戦って勝てる分からない試合。

 勝っても魔力の消費は確実。

 それらを全て帳消しにして、かつ彼女も喜ぶ。

 

 むしろ、蹴って負けたら、僕はどうなるのか。

 

 何よりも叶えたい願い。

 それを自ら捨てるなんて、出来ないのだから。

 

「よかった、それではわたくしは棄権しますわ」


「ええ、ありがとうございます」

 

 笑顔でそう答える。

 

 やったね、僕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふざけるな!!!」

 

 その声は、不思議な事に。

 僕の口から発せられていた。

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