主席戦、開幕
翌日、恐ろしい事に全身の痛みも傷も消えていた。全てだ。
「回復魔術は、数が少ないはずですが」
そもそも回復魔術自体を使える人も少ないからかなり希少なんだけれど、やはりあの人がなにかしたのだろうか?
「はろー。元気だったかしら?」
と、そこでいつの間にか姿を表したのは師匠ちゃん。
「師匠ちゃん! あ、す、すみません。修練をすっぽかしてしまって」
「うん? ああ、良いのよ」
軽い感じで手を振りながら仕方ないと言わんばかりだ。
「さて、傷も治ったみたいだし、続ける? 修練」
「はい、勿論」
「そう。ならいいわ。主席戦まで時間が無いから、後の時間はある1つの魔術を覚えてもらう事に集中するわ。だから頑張ってね。先、魔術修練場に行ってるから」
髪を掻き揚げ、翻すように身体を反転させた後、僕に背を向けながら
「後、あんまり心配させないようにね」
答える暇もなく、師匠ちゃんはそれだけ言うと部屋から出ていった。
……怒っているのだろうか。
それとも、失望だろうか。
はたまた、無関心なのか。
……仕方ない。
期待に答えれないとはそういうことだ。
「あ、そうそう。ちゃんと身だしなみは整えておくのよ?」
顔だけひょっこり扉から出しながらそう言って引っ込める。
み、身だしなみはちゃんと直してから行くとしよう。
さて、行く間は特に何もなく、無事に魔術修練場についた僕。
師匠ちゃんが僕に指を突きつけて、言い放った。
「今から覚えてもらうのは二つのうちのどちらかの魔術よ! 言っとくけどすっごく厳しいからね!」
笑みを浮かべながら、何故か楽しそうに言葉を続ける。
「一つは弱点を埋める魔術! 一つは今までとは毛色が違った魔術! さあどっち! さぁさぁ!」
テンション高めに答えを待つ。
「あ、あの。もうちょっと内容の説明とか、どんな魔術かわからないと答えようがないんですけれども」
「内容を教えちゃったら内容で判断するでしょ?」
そりゃそうでしょと思う。
「だめだめ。これはヒストリカちゃんの直感で決めないと」
「何故でしょうか?」
ここから先、全ての時間をそれに費やすという事は、かなり重要な選択だ。
だからこそ、内容を吟味して決める必要があると思うんだけどなあ。
「そのほうが良いからよ。さあどっち」
が、答えるつもりはなさそうだ。
うーん、仕方ない。信じるって決めたのは僕だ。
だから、最後まで信じぬく。
「じゃあ……■■■の方で」
「なるほど! わかったわ、じゃあ早速初めましょう」
は、早い。
理由とか一切合切ぶっ飛ばしていきなりかあ。
「あ、せ、せめて魔術名くらいは教えてください」
「んー、まあ選んだ後だしいいか。その魔術の名前はね」
人差し指をピンと立てて、愉快そうに、楽しそうに、その名を告げる。
「───契約執行」
これまた、剣呑な名前だった。
そして、主席戦の前日まで、僕はずっとずっと。
師匠ちゃんと訓練を続けることとなる。
そうして、夜が明け、朝を迎え
主席戦が始まる。
「はい。ヒストリカ・ローリエ様ですね。既に登録は完了しております。右の入口から控室にて待機下さい」
受付の人に丁寧に案内され、お礼を告げる。
ここは魔術修練場と似た場所だが、規模はもっと大きく、観客自体もいる本物のコロセウムのようだ。
観客席には被害が行かないようにちゃんと魔術が使われているらしいがコストが掛かるため、こういった大きな催し物に使われる他、スポーツでも使われるぐらいらしい。勿論、幻境結界はある。
「登録なんてあったんですね」
「武器とか装飾品とかはその時申請したものじゃないと使えないようになっているのよ」
師匠ちゃんが若干眠そうに言葉を続ける。
「たーくさん武器を用意したりとか、相手に合わせてメタ、つまり対策をしないようにチェックされているみたいね」
「私は登録をした覚えがないんですが……」
「ああ、しておいたわよ。師匠ちゃんですから」
訓練に集中できるようにだろうか。
何にせよありがたいことだった。
「さて、師匠ちゃんがついていけるのはこの入口まで。後はアドバイスも何も出来ないわ。だから」
手を伸ばし、頭を撫でる。
「後は、頑張った貴方を信じなさい」
「はい!」
返事を返して、僕は入り口をくぐる。
でも皆頭を撫でるんだよなあ……子供扱いされている。いや、実際子供だけどね!
でも、もう振り向きはしない。
ここからは、負けたら終わりだ。
子供と言うことも、弱いということも、全て関係なく。
終わり。全部が何もかも。
有名になりたい。その理由は。
ヒストリカちゃんの死を知りたい。その理由は。
家族のために。
それが、すべて決まる。
『あーあー聞こえますでしょうか』
そんな決意を決めている所に気が抜けるような声がどこからか響く。
音の元を探せば、天井の隅に小さな箱のような置いてある。スピーカーだろうか?
『これより、主席戦を開催いたします。つきましては、簡単に段取りを説明いたしますのでお聞きください』
アナウンスだろうか。多分そうだろう。
『まず、試合に出られる方に放送を致します。その後、正面にゲートが出来ますのでくぐっていただきます。試合場についたその際に各人紹介をさせてi頂きその後、戦闘開始の合図とともに戦闘となります』
ゲートってなんですかね……。
しかし紹介なんてするんだ。
なんかプロレスと言うか、ショーみたいだなあ。
……いや、実際そうか。
今僕はここに居て、何よりも勝ちたいと思っているけれど。
実際これを見る人にとってはイベントの一つにすぎないんだろう。
けれど、僕にとっては重要で、最大のイベントだ。
勝たなければいけない試合。
『では、第一回戦を初めます。ヒストリカ・ローリエさん、ゲートへ』
初回!?
しょ、正直言えばもう少し心を落ち着けたかったけど……仕方ない。
気合を入れ直した所で、目の前に白と銀が混じったような不思議な渦が生まれた。
これがゲートだろうか。なんかこう……洗濯機に油を入れたような感じなんだけど。
「でも行くしかありませんね」
そう口に出して一歩前に出る。
あと少し、踏み出せばそれで始まる。
決して負けれない戦い。
……流石に、足が震えそうだ。
心臓もばくばく言っている。
でも、それでもと。
僕は足を踏み出す。
ゲートの中へ入るとぐにゃりと景色が変わっていき、声が聞こえた。
『主席戦、第一回戦目! 途中入学にも関わらず主席戦に参加する才女にして13歳の幼女! ヒストリカ・ローリエ!』
よ、ようじょじゃないし!
と言うか紹介ってそういうのなの!?
も、もっと格好いい紹介かと思ったのに……
『相対するのはぎりぎり滑り込みで間に合った幸運なツンデレっ子! エル・クー・エレットだ!』
「誰がツンデレだ馬鹿野郎!」
と、その紹介に苛立ったように上げた声に聞き覚えがあった。
その時、景色の歪みが直り現れたのは
「あん? なんだ……相手は、てめーかよ」
「エル、さん」
それは紛れもなく、クラスメイトであり隣で色々話し、一方的かもしれないけど僕が友人だと思っていたエルさんだった。