保険医?
目が覚めた時、見覚えのある天井が写った。
ここは、保健室?
実技試験の時に運び込まれたあの……
「やれやれ、この短期間でまたかい、君は」
声が聞こえる。
が、身体を起こそうとしても動かない。
「こうも頻繁に来られても困るんだよ。少しは身体を労ってくれたまえ」
声からして女性だろうか。
しかし聞き覚えのない声だ。
「ああ、今君は全身包帯を巻いているからね。身体は動かないだろう、痛めすぎだ。全く、近頃の若者と来たら直ぐ無茶をする。大体結界外で魔術を使うのが間違っていると思うのだがね」
文句を言いながらも、心配するような口調で話す。
全身が包帯、どうりで動かないわけだ。
「あ、あの」
「なんだい?」
「私と一緒に居たはずのテルミドールという女性は、どうなりましたか?」
「テルミドール……ああ、あの人形種のことか。とっくに治って今は元気に走り回ってるのではないか?」
は、走り回っているテルミドールさんの姿が想像できないが。
でも、良かった。
結局、僕は守りきれなかったけれど、なんとかして逃げれたのか、それともこの人に助けてもらったのか。
どういう経緯であれ、無事であれば、良かった。
あ! そうだ!
「あの! 私の身体は、今どんな状態ですか?」
「本来はそれが最初に聞くべきだと思うがね。全身裂傷及び火傷、多数の出血と骨折、あと筋肉痛とまあ口にだすのも面倒なほどな状態だったよ」
「あ、いえ、それもそうなんですが……」
「? 何かね?」
身体的な傷も気になるが、今僕の身体はどうなってるのかが知りたかった。
その、つまり、治療のために脱がされているとか。
そんな事になったら、僕は終わりだ。
「うん? ああ……君の言いたいことがわかったよ。つまり裸を晒したのかを知りたいのだね」
びくりと身体は震える。
その言い方は、もしかすると……
「甘く見るな。保険医たるもの事情は知っている」
事情を、知っている。
それは、つまり。
僕が、男だと知っていると言う事。
「家訓で肌を晒すなと言う話だろう?」
あ、違いました。
「話は聞いている。まあ、貴族ともなれば色々面倒な奴も多くてね、基本的には服とか物に触ったりしない。後で難癖をつける輩も多いのでな……さて、事後は良好らしいし、忙しいのでこれで失礼する」
「え? あ、その、ありがとうございました」
「これも仕事だ。 ……君の傷は明日には治る様にしておいた」
「明日? その、お聞きした限りはかなりひどい状態だったと思うのですが」
「何を言っている? ああ、そうか、君は知らないのか」
そうして、顔も見えない彼女は笑いながら言った。
「彼女に感謝するといい。滅多に己が治療をする事はないんだぞ」
彼女? それは、誰のことだろうか。
しかし、滅多に治療しないって
「保険医、ではなのですか」
「保険医さ。臨時、が頭につくがね。おっと、そろそろ時間が押している。ではな」
「あ、待って下さい! その、治った理由と彼女というのは?」
僕の言葉にっく、と軽く笑うと一言だけ言って去っていった。
「己が森人種【天武】だから、そして彼女については秘密だ」
そうして足音が遠ざかる。
……結局わからないんだけれど。
動けないから顔も見れなかったしなあ。
「わからないですが、明日に治るのならば、まずは謝らないと」
テルミドールさんに、そして師匠ちゃんに。
うーん、謝ってばかりな気がするなあ。
それに、やっぱり悔しい。
もっと力があれば、助けられたのだろうか。
「力、か」
師匠ちゃんに教えを受けて、僕は確かに強くなっている。
でも、それでも勝てない。
今回も、一方的に魔術を受けたとはいえ、結局は何もできなかった。
どうすればいいのだろう。
今だ僕は、深い思考の霧の中で迷っていた。
ガチャリと、扉が開く音がする。
「? どなたでしょうか? すみません、身体が動かないので寝たままで失礼します」
「失礼致します。 我々です」
その凛としたような声の持ち主。
「テルミドールさん!? ああ、良かった無事で」
先程の人に話を聞いて、武事なのはわかっていたが実際声を来てよかった。
「怪我とかは……っ!」
「いけません。起き上がってはお身体に負担を与えます」
ぱたぱたと僕に駆け寄ると、起き上がる僕を優しく押しとどめる。
「情けない所を見せてしまいましたね」
「いえ、素晴らしい姿を、魅せていただきました。助けていただいて、ありがとうございます。そして、怪我をさせてしまって、申し訳ありませんでした」
「いえ、これは私がやりたくてやったことですし、気にする必要はありません。むしろ、助けるために出てきたのに結局は意味なかったですから」
「……そのようなことはありません。決して」
そう言って僕の眼を強く見つめる。
「あ、あの、近くないですか? 顔が」
動けない僕の真正面。
視界一杯に広がるほどにテルミドールさんの顔が広がっている。
「……失礼致しました」
そういって顔を離す。
「ヒストリカ様」
「はい、なんでしょうか?」
「……いえ、なんでもございません。まだお身体の調子が優れないようですので、早いですが退室致します」
「すみません。お構いもできずに」
「いえ、それでは」
見えるように頭を下げてから、彼女は部屋を後にした。
予想以上に、疲労も溜まっているようで実はまだ少し身体が重く、意識も怪しい。
それを察してもらったのだろうか。
わからないけど、今はとりあえず眠りたい。
そのまま僕は目を閉じた。