伝えたいことと伝えられないこと
背中に痛みを感じる。
魔力の強化はあれど、背中に四つの魔術を受けた僕の背中がどうなっているか、あんまり想像はしたくないが。
「そんなブツを庇うために身を投げ出すなんて、ドMか何かか?」
そんなものはどうでもいい。
「この程度の痛み、彼女に比べれば何ということはありません。それよりも、もう二度と手を出さないと言ったはずです。テッドさん」
振り向むく先には、以前ステイシスで止めたあの二人組のうちの一人。
テッドと名乗った緑の髪を逆立てたような男が意地悪いような笑みを浮かべていた。
「いやぁ、守ってるぜ。俺は手を出しちゃいねえ、だろ?」
「屁理屈は結構です。次は、もっと苛烈にさせてもらいますよ」
勝負は先手必勝。いや、既に後手なんだけどと言うツッコミは置いておいて。
ここで、彼を止めないと同じことが起きる。
だから、多少強引でも言うことを聞かせないと!
そう思って腰の剣に手を伸ばす。
「おっと、そうはさせねえ。『岩打』」
即座に放たれた魔術はドッジボールのような大きさの岩を飛ばしてくる物だった。
だがそれは。
「っ! っはあぁ!」
剣を振るって叩き落とす。
斬るのではなく叩き落としたせいで、多少腕がしびれるが岩は地面に辺り、土煙が多少舞う。
「俺だってアクター様のそばにいるんだ。無詠唱ぐらい出来て当たり前だろうが。ああ、安心しろ、こいつらもそれぐらいは出来るぜ、お前と違ってな。……おっと、そう言うとラッツが怒るか」
無詠唱。
文字通り、詠唱を省いて魔術名だけで発動させる技だ。
消費も大きいが、即打てるというのは相当な利点だ。
僕が使う風式の後詠唱よりも高度な魔術発動……だけど
「今、貴方……私ではなく、テルミドールさんを狙いましたね」
打った先、それは僕の後ろにいるテルミドールさんを狙った物だった。
叩き落さなければ、彼女に更に傷を与えていたことだろう。
「そうだったかな。いやいや、約束だからねー、そこのブツには手は出さんよ。だからお前を狙う。狙うが……それて物に当たるのは俺のせいじゃないよなあ。お前のせいだ」
「貴方という人はっ!」
珍しく、怒りを覚える。
「金色を示す針の鐘は!」
一気に、決めるしかない!
「させねえ! お前らぁあああ! 撃って撃って撃ちまくれや! 勿論、狙うのは」
そう言って指を指したのは。
「そこのブツ。半器だ」
「このっ、貴方はどこまで……!」
次の瞬間、炎、氷、風、雷、そして、土の魔術が彼女に向かって散弾のように放たれる。
これは、全部叩き落とすのは無理だ!
かといって、避ければテルミドールさんに当たる!
「っく、魔力強化!!」
僕は後ろに下がってテルミドールさんを逃がそうと腕を取ったが、動かない。
それは彼女自身の問題ではなく、足に光る輪が逃走を妨げていることがわかった。
ダメだ、間に合わない。
僕は足を広げ、両手を広げ、せめて面積を大きくする。
直ぐに衝撃はやって来た。
「ううう、痛っ……!」
強い衝撃と共に身体を引き裂く痛み。
そして熱い焼けるような痛みと、冷たく砕かれる様な痛み。
そして全身を撃つ電撃の痛み。
「ぐ、くう……ぁあああ!」
一度だけでなく、何度も何度も、背に痛みを受ける。
それは広げた手や足、頭、あらゆる箇所に広がっていく。
「ぁぁぁあああああああ!」
過去、手を貫かれたことはあった。
毒を飲み、死ぬような痛みを感じた。
けれど、あれは幻境結界の内であり、結界内では実は痛みも軽減されている。
なにより、外に出れば傷は治る。
だけど、今回は違う。
火傷した箇所もある。氷結した箇所も。
血が流れ、地面に赤い雫が流れ始める。
今まで受けた痛みもあるが、それとはまた質の違う痛みに、声を抑えることが出来ない。
「お逃げ下さい」
そんな中、眼の前の彼女。テルミドールは言った。
「私なら」
「だい、じょうぶだって? それとも、にんぎょうしゅ、だからって、いうの?」
「話す余裕があるみたいだな。お前らもっと強くやれや! っち、無詠唱が出来るやつがもっといりゃ良かったぜ」
「『雷牙』! いやあ、結界外で人に撃つなんて初めてで興奮するぜ! 『雷牙』!」
「服とか破けねえかなあ…『風刃』」
「お前ロリコンかよ! 『炎弾』」
「つってもやりすぎるとやばくね? 『氷矢』」
「言いながら撃ってんじゃねえかよ。大丈夫だ、人は簡単には死なねえし、人に撃てる機会なんて滅多にねえんだから楽しめ」
そんな会話を背にして、僕は彼女に言う。
「関係無い、貴方は、人形種の、テルミドールじゃなくて」
「ふうん。じゃあそろそろ行くか。土よ、偉大なる土よ。石の雨を持って崩落を! 敵を粉砕せよ!」
「貴方は」
「『砕土の岩霰』!」
瞬間、今までの比ではない程の強力な衝撃が襲った。
背中がえぐられるような痛みが、何度も何度も。
それは岩雪崩のような石の雨。
その直撃を食らった僕は、意識が僅かに飛ぶ。
頭に当たったのか、視界が赤く染まり、地面に落ちる赤い雫は勢いを増す。
けれど
でもと
「テルミドールという、人形種なのだから」
それだけは、言っておかないといけない。
そう、順序が違うんだ。
人形種ではなく、テルミドールという一人の人物が、ただ人形種と言う種族なだけなのだと。
「…………やはり、貴方は、珍しい方です」
僕の言葉は届いたのだろうか。
口下手だったかもしれないし、そもそも意識が怪しいからちゃんと声に出せたかどうかもわからない。
「けれど」
だめだ、意識が、もう。
「そう言ってもらえて、自器は嬉しいと感じます」
あぁ……それだけ言ってもらえただけで、僕は満足だ。
しかし、せめて、最後ぐらいは
格好つけて、助けたかったなあ。
……ああくそ、また、負けた。
短くてすみません。明日夜更新予定です。