先手必勝
気がつけば、また僕はベットに寝転んでいた。
師匠ちゃんに鍛え上げられてから数日が経過したが、その訓練は過酷を極めている。
ま、まあ当初の死にかけに比べればなんとかなるものだったが。
初日は凄かったなあ。
あの後謝り倒されて何度も謝罪の言葉を受け取った。
それとこの世界にも土下座が有るんだなあと……。
「でも、強くなっているんだろうか」
毎日毎日、過酷とは言え同じような訓練内容だ。
午前中は肉体運動。
大体は師匠ちゃんと組手だ。
ちなみに、容赦なく攻撃をしてくる、顔を全力で殴られることもある程だ。
……結界内じゃなかったら大変な顔になっているだろう。
午後は魔術訓練。
と言っても、新規で魔術を増やすのではなく、今使っている魔術の質を上げる方向らしい。
なんでも、同じ魔術でも魔力量を高めたり、精度を上げることで付加効果が生まれるとか……。
これが一番わかり易い。なにせ魔術を発動すれば成長具合がわかるからだ。
しかし、疲れるなあ。
あ、ちなみに主席戦が控えているということで、授業は免除らしい。
嬉しい半面、ドレディアさんにもエルさんにもハイトさんにも、最近は全く会っていない。
一応、この三人には訓練のため会えなくなる事はちゃんと伝えた。
……ドレディアさんが主席戦に出てくる事は予想していたけど、エルさんもとは思っていなかったなあ。
確か、トーナメントは8人だったから、内二人が知り合いとなれば、初戦で当たることもあるのか。
……いや、いつ当たるかなんて関係ない。
目指すは優勝だ!
はあ、でも……正直辛い!
本当辛い!
「でも、頑張らないと……」
うん、今日はもう寝よう。
そうして、眠った僕はその時、次の日にまさかあんな事件が起きるとは思っていなかったのだ。
「ふう、予定通り着きそうですね」
師匠ちゃんが転移で送り迎えはしていない。
何故なら……ん?
「あれれ~こんな所に半器がいるぞ~」
「うざってえよなあ」
……なんか聞き覚えのある声だ。
その方向に顔を向けると、道端にも関わらず、前後で女性を挟む男の姿。
男の姿には見覚えがある。確か、アクターさんと一緒にいた二人だ。
ん、そのアクターさんは居ないのか。
と、言うか絡まれているのは
「テルミドールさん?」
あの長い銀髪はテルミドールさんだ。
僕は彼らに近づいて、声をかける。
「また、貴方達ですか。そういう絡むのは、止めたほうが良いですよ」
「あん……誰だこのガキ」
「コイツあれだ、アクター様に負けただっせえ女!」
ま、まけてないし。
ひきわけだし。
「今度は痛い目見るぜえ、さっさと帰ってママにでも甘えてきたらどうだ?」
「俺達は紳士だからよお、女子供には手ぇ出さないからさ、消えな」
「何を言っているんですか。今女性に手を出そうとしてるじゃないですか」
そう答えると、何故か眉をひそめる。
「何言ってんだ。人形種だぞ?」
「だよなあ。人間じゃないやつに、女も子供もねえよなあ!」
笑い声が響く。
「ヒストリカ様」
と、そこで声を掛けたのはテルミドールさん。
だが、次に掛けられた言葉は。
「お気持ちは嬉しいですが、ここで揉め事を起こすのは宜しく無いかと。お気にせず、良くある事ですので」
……そうか。この世界ではそういう、考えなのか。
「テルミドールさん」
一歩、踏み出す。
「私は言いました。また、同じことがあれば」
更に一歩。
「貴方を助けると」
一度決めたことは、決して曲げない。
それが、私が唯一出来ることだから。
「へぇ……もしかしてやるき? アクター君にぼろ負けたやつが?」
「かっくいー!」
声を上げて大笑いする二人。
「俺はテッド様だ、ボコられる相手の名前くらい覚えておけ」
「オレはラッツ。ま、これもいい勉強になるよね」
そう言うと、早速戦闘態勢にはいる二人。
どうやら、最初からそのつもりだったらしく、戦闘に入るまでの間がスムーズだ。
「ま、生意気っ子の鼻を折っておくか」
「アクター様のためにもなるし、ね」
「なるほど、ここで私を痛めつけて、主席戦を有利にするおつもりですね。……まさかと思いますが、その為に彼女をこんな所で襲おうとしたわけでは、ありませんよね」
「いや、どっちでもよかった。来たらボコる。来なかったら」
視線をテルミドールさんにうつす。
……ああ。その時は彼女を痛めるつもりだったのか。
その時師匠ちゃんの教えを思い出す。
(ヒストリカちゃん。戦う時は相手に容赦しちゃだめよ。徹底的に、力の差を見せつけるの)
(でも、それは相手に悪い様な……それに力の差と言っても、戦う時はわからないですよね?)
(違うわ。たとえ勝っても、次は勝てる、なんて相手に思われたらまた痛めつけることになるのよ。だから、差を見せつけるの。差がなくても、そう思わせるように戦うのよ。だから)
勝負は……
(先手必勝、開幕から本気を出しなさい)
「金色を示す針の鐘は曇天に笑う」
最初から、全開だ!
「あぁん、目の前で詠唱とか、悠長かよ!」
男は容赦なく、顔面に向けて拳を振るう。
……もちろん、ここには結界は無い。
だから、傷付けば元通りになるとは限らない。
それでも、女性に対して顔を狙えるのか。男だけど。
それを軽々と横にかわす。
それを読んでいたのか、もう一人の男が蹴りを放つが、体重移動をして身体を回して足が身体に触れない程度の距離で回避する。
「なんだ、ダンスか? おらあ!」
「シャル・ウィ・ダンスってか? 消えな!」
テッドとラッツと名乗った二人は何度も拳と蹴りを放って来るが、そのどれもが僕を捉えることは出来ない。
(詠唱中は隙がある。でも動けないわけじゃないわ。だから、アナタの集中力なら相手の攻撃を避けるのも出来るわよ。その為にこうやって肉体訓練してるわけだからね。じゃあ、そろそろ起きましょうか。はい、寝てないで起きてねー)
ぼっこぼっこにされた、師匠ちゃんの攻撃に比べれば全然遅いね!
(あと、その魔術。魔力を貯めずに撃つと身体が弾けるぐらい衝撃くるから、その貯め時間を稼ぐためにも、身体は鍛えましょうね。とりあえずは重り、いっときますか)
……この魔術貯めないとやばかったのかと、今更ながら教えてもらってよかった。
ナナナの時使ってたら、大変な事になってたなあ。
「くそ! 何で当たらねえんだ!」
「なら……風よ! 荒れ狂う風よ! 嵐のごとく薙ぎ払え 『風見の嵐』!」
ラッツと名乗った男が魔術を放つ。
僕に向けて荒れた風が吹き荒ぶ。
だが、その風の中に、僕は悠々と立ち尽くす。
「な、に……オレの、風の魔術が、効かない!?」
「バカ! 何手加減してんだ!」
「ち、ちが、オレは普通に……!」
魔力の強化は、実際は声に出す必要はない。出した方が制御が簡単だけど。
そして、身体能力を上げるだけでなく、強く自分の身に纏わせることで簡易の防御壁にもなる。
効率的には全く良くないが、詠唱中やこうやって強者っぽい雰囲気を出す事が出来る。
(雰囲気は大事よ。だってかっこいいし)
そういう問題じゃない気がするけど……でもまあ、師匠ちゃんの言われたとおりだ。
相手の事を考えるなら、そして、テルミドールさんを助けるなら。
演出だろうと、なんだろうと。
圧倒的な力の差を、見せつけるのが一番”優しいのだ”
「刻の戒めは全てに平等を告げる。其れは誰が告げる評決か」
そうして、発動する。
僕の唯一使える、高位魔術が。
明日更新します。時間は昼か夜のどっちかかと思います。