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別視点:モルガン

 目の前で苦しむ少女、ヒストリカを見ているのは一人の悪魔。名をモルガン。

 だが、その瞳は決してそれを喜んでいるようには見えなかった。

 

「……辛いわね、中々」

 

 見ているだけで何の手助けをしてやれない歯がゆさをモルガンは感じていた。

 しかし、ここで手を差し伸べる訳にはいかなかったのだ。

 もしモルガンが今、彼女ヒストリカを助けたら意味がなくなる。

 それは、つまりは危ない時でも結局は助けてくれるだろうと、そう考えてしまうからだ。

 それでは、意味がない。甘えとなり、精神を弱らせてしまう。

 

 勿論、だからといって死んでしまっては意味は無い事は理解していた。

 だから、本当のギリギリまで、モルガンは見極めようとしていた。

 

「ここを、死の淵を耐えれるか、それとも……」

 

 この方法は、相当な荒療治だ。同時に酷くリスキーである。

 確かに、死の淵に立たされることで覚醒と言う程強力な力に目覚める事も多い。

 だが、確実ではない。

 

 むしろ、死に怯えて戦えなくなったり。

 後遺症で、身体を悪くしたり。

 何にも起きなかったり。

 

 そう言った、リスクに見合うリターンが得られるか、不確実である。

 

「それでも、アナタに覚悟があるなら……」

 

 誰もが忌避し、思いついてもやらないであろうこの方法を行ったのには二つ理由があった。

 一つは、短時間であること。もっとも、彼女が持っていた毒薬でなければその後の回復には時間がかかるだろうが。

 もう一つは、伸び率が高いからだ。

 普通に訓練するよりも、うまく行けば短時間かつ強力な力を手に入れることができる。

 凡人であろうとも。

 

「そろそろ、かしらね」

 

 毒が回り終える頃だとモルガンは予想していた。

 彼女が用意した毒は、全身に激痛を走らせ、血を吐き、やがて心臓が止まる猛毒。

 しかし、その後その毒は無理矢理心臓を動かす薬となって蘇生させる。

 

 そもそも、モルガンが用意したのは毒薬ではなかった。

 過剰に凝縮された薬である。

 

 薬がすぎれば毒となる、それを体現した薬だった。

 

 やがて、ヒストリカの動きが鈍くなり、動きを止めた。

 …………彼女は動かない。

 

「……っ」

 

 動き出そうとする身体を押しとどめるモルガン。

 まだだ、まだ、もう少し。

 

 本当の、ギリギリの刹那を見極めようとする。

 僅か数秒が、恐ろしい長さに感じたその時。

 

「……し……しょう」

 

 僅かに、唇が動き声を出すヒストリカ。

 

「ヒストリカちゃん!」

 

 思わず駆け出す。

 抱きしめた彼女の身体は冷たい。血が流れたせいで身体が冷えていた。

 

「…………ごめん」

 

 一言、彼女は謝った。

 死の間際、絶望と憤りを抱くはずの彼女の言葉は、謝罪だった。

 

 その言葉で、モルガンは、自分が間違っていたことを知った。

 彼女は、ヒストリカは優しすぎたのだ。

 最期の時でさえ、恨みもなく、怨みもない。

 

 それは、もう駄目なんだという諦めもあったかもしれない。

 助けてくれないと言う絶望感が、あったかもしれない。

 けれど、それをヒストリカは恥じた。

 

 信じれない自分を(・・・・・・・・)

 

 ヒストリカは、最後の最後までモルガンを信じていた。

 助けてくれると。

 ただ、愚直に、誠実に。

 

 会ってすぐの悪魔であっても、自分が信じると、そう決めたから。

 時間とか、そういった事は関係ない。

 彼女、ヒストリカ自身が、信じると決めたその時から、信頼をしたのだ。

 

 きっと、普通の人間には理解できない。

 でも、このモルガンはわかった。

 

 ただ、この人を信じると決めた。

 たったそれだけを、守っただけなのだと。

 

 彼女は初めて、自分を恥じた。そして強い怒りを覚えた。

 

 自分の間違いに対して。

 彼女の想いを見違えた事に対して。

 

「薬を……っ!」

 

 モルガンは薬を調和する薬を取り出す。

 それは注射器だった。腕に刺し、白色の薬を打ち込む。

 

 それと同時に

 

「責任は、取るわ」

 

 指導者としての責任。

 それと同時に抱いた、罪悪感。

 何より、この少女に力を貸したいという強い想い。

 

 彼女に報いるために、この生を捧げようと。

 

「……ふふ、ここまで言わせるなんて、とんだ悪魔たらしだわ」

 

 魅せるはずの悪魔は、最初から最後まで魅せられてしまった人間に対して。

 簡単に、堕ちてしまうのだった。

 

「チョロいわね、師匠なのにね」

 

 そう言いながら息を吹き返した事に安堵して、ヒストリカに膝枕をしながら髪を撫でる。

 

 

 

 ……実は彼女は見誤っていた事がもう一つある。

 死の淵に至ってなお、何も起きないと思っていたことである。

 彼女はそれをやり方を間違っていたと考えていた。

 

 それは、少し違う。

 確かに、ヒストリカに対して最も有効なのは効率的に一つを教えることだ。

 もし最初に普通に教えていたら、モルガンも気づいただろう。

 いや、今だから気づけるのかもしれない。

 

 信じると決めたら、信じ切るその強さは、その一念が有るがゆえに

 異常とも言える集中力を生み出している事を。

 

 そして……そんな彼女が死の淵に経った時、本当に何も起きなかったのか。

 それは、魔力だけで判断するモルガンでは、今は気づけなかった。

 

 この修業でヒストリカに起こった、ある事を認識するのは、まだ先の話なのだから。

夜に更新します。

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