その胸の中
「遅い」
その瞬間、男が手をくるりと回すと
「え……」
僕の黒い刀は、確かに頭から両断する軌道を描いたが、その時にゴーレムは右手を回して、剣の側面に裏拳を当て軌道をずらす。
「操作が高ければ召喚物に対しても精密的な動き。武術的な動きも出来る。廻し受けと言う、胸に刻んでいいぞ」
触れるものの魔力を奪い取る刀だが、土でもあるゴーレムを一瞬で消滅させるわけではない。
右腕こそ削り取るように消えたものの、軌道がずれたその刀はその右肩を切り落とすのみで終わった。
右肩ごとなくなっても、まだ左手が残ったゴーレム。
そして、剣は朽ち果て消えた僕。
これは、まずい。
「こんなもんか……気分が寒くなった」
男は手を振るうとゴーレムを土に返す。
……あ、別に土たまりが出来るわけじゃないんだ。
出てきたところも土が減ってるわけじゃないし、うーん質量保存の法則は一体。
「飽きた。帰る」
傲岸不遜に、そう一方的に告げると踵を返して歩き始めた。
「ああ、アンタ、ヒストリカだろ。三位の。それじゃ主席戦勝てないぜ」
「私を知っているんですか? 一体、誰から」
「さてね。ああ、その半器は一旦置いとくけど、要らなくなったし後で処分しとくから、適当に放って置いていい」
「そんな事はさせません」
「なら、させないようにしてみろよ」
「……貴方、名前はなんですか?」
その言葉で、ぴたりと足を止めて此方を振り向く。
愉快そうな笑顔で、彼は言った。
「総合一位。主席筆頭候補のアクター様だ。その寒い胸に書いておけ」
それだけ言い放つと、彼はお供と共に去っていった。
……唐突すぎて何も言えないけど、まずは。
「あの、大丈夫ですか? 人を呼びますか? 保健室に行きましょうか?」
彼女の容態だ。
しかし彼女は何も言わない。
「えっとお腹を蹴られていましたよね。とりあえず、保健室に」
そう言いながら彼女の手を取った瞬間、少し驚いた。
何故ならその手が冷たかったからだ。
「いえ、その必要はありません。この程度な自動修復出来ますので」
「修復? 回復魔術か何かですか?」
「いえ、回復魔術は作用致しません。我々は『人形種』。器物ですので」
「人形種? ……とりあえず簡単でも休める所に、そこの木陰にしましょうか」
そう言って近くの木の近くまで手を引いていく、座るように促すが、首を振って大丈夫ですと答える彼女。
人形種……器物……あぁ! 思い出した。
「では貴方は『人形種』なんですね。なるほど、初めてみました」
人形種とは、人間に似た姿をしているがその実態は物だ。
命もあるし食べ物も食べるが……日本的に言うのであれば付喪神が近いだろうか。
物が意識を持ち、自分で活動する用になった生命体、と書いてあった気がする。
けれど血は流れてないし心臓も動いていないとか。
「我々を見るのは初めてでしたか。それは余計なお手間をお掛けして申し訳ありません」
「え、何か謝られる事がありましたか……?」
「『人形種』と知らずに助けられたでのはありませんか?」
「確かに知りませんでしたけど……」
何が言いたいか良くわからない。
その事がわかったのか、噛み砕いて説明してくれる。
「我々は『人形種』。ですので、本来は助ける必要はない所を、人間と勘違いして助けてしまわれた。その無駄な手間をかけたことをお謝り致します」
え? なんでそういう結論になるんだろう。
「ええと、すみません。よくわからないんですけれど、人間だろうと人形種だろうと助けることに関係ないですよね?」
その言葉に、無表情だった顔を少し驚きで眼が見開かれる。
「珍しい方にお会い致しました。ですが、そう言って頂けるのは我々としても、嬉しい」
嬉しそうな顔ではなく、ほんの僅かだけ口角が上がったかなと言うぐらいに顔を変化させない彼女だった。
「所で、その我々と言うのは一体なんでしょうか?」
「失礼致しました。我々、と言うのは当器の一人称でございます」
「複数形なんですか?」
「はい。我々は個々として認識されておりませんので」
ふーん、認識されていないね……。
「お名前、聞かせてもらっても良いですか?」
「名前、ですか」
当たり前の事を聞いたはずなのに、彼女は大げさに驚く。
いや、表情は変わってないから、そんな感じがするって言うだけだけど。
「……テルミドール。当器は、テルミドールと申します」
だが、その問だけは名乗ることが嬉しいように、そう表情を和らげて答えてくれた。
「テルミドール。良い名前ですね。私はヒストリカ。ヒストリカ・ローリエと言います」
「ありがとうございます。ローリエ様でございますね。認識致しました」
「ああ、いえ。ヒストリカと、そう呼んで下さい」
家名で呼ばれるのはあんまり慣れないのだ。
家では当然皆ローリエだからヒストリカと言う名前で呼ぶし。
それに、ヒストリカの名前を広めるためには名前で呼んでもらいたいし。
何より、そう呼んで欲しいと言う僕の想いもある。
「わかりました。それではヒストリカ様と。……差し出がましいのですが、先の話ですが、あのアクター家の方と事を構える様になってしまいましたが、宜しかったのでしょうか?」
「勿論、人と敵対するのは嫌ですけど、助けないなんて考えれませんでしたので。まあ総合一位という事ならどのみち、遅かれ早かれでしたでしょうし」
「そういえば、ヒストリカ様の事を総合三位と仰られておりました。ヒストリカ様は優秀なのですね」
優秀、か。
「いえ、たまたまですよ。それより、普通に話していますがお腹は大丈夫ですか?」
「はい、我々には自動修復がありますので。ですので、あの程度はすぐ直ります。ですので、やはり助けは」
「駄目ですよ。治れば何やっても良いって訳ではありません。だから今度同じ事があったら私は同じように助けますよ」
……当たり前のことだと思うんだけど、彼女はその言葉にまた驚く。
そんな驚くような事は言ってないんだけどなあ。
しかし、本当に人形みたいに綺麗な人だなあ。あ、ここでいう人形って言うのはフランス人形みたいって言うような意味の褒め言葉としてね!
こう、完成されたというか、なんというか、うーん表現が難しい。
「半器の我々に、本当に、珍しい……」
「あ、そういえばあの人、えっとアクターさんもそう言ってましたけど、半器ってなんですか?」
「半分人間、半分器物と言う意味でございます。人間じゃなくて、半分も器物と言う、いわゆる俗称でございますね」
「ごめんなさい。知らない事とはいえ口に出してしまいました」
「ああいえ、間違ってはおりませんので、お気になさらずとも」
慌てたような口調でそう答えるテルミドールさん。
と、そこで学園から鐘が鳴る。
高い音ではなく、重低音の音が数度鳴らされるとテルミドールはその学園の方を向いた後、申し訳なさそうに口を開く。
「ヒストリカ様。午後の講義が始まりますので、申し訳ありませんがこれで失礼させて頂きたいのですが」
「全然構いませんよ。 ……本当に何かあったら、言って下さいね」
「はい。ありがとうございます。それでは失礼致します」
そう言うととても丁寧で流麗なお辞儀を見せた後、彼女は学園へと向かった。
……離れるにも、僕に許可を求める、か。
一体どんな生活だったのか、僕にはとても想像がつかないけど、少しでも力になれたのだろうか。
さて、と。
……彼女も居なくなったし、他には誰もいない。
…………。
「っ!」
ダンっと、強く拳を木に殴り付けてしまう。
木とはいえ、八つ当たりは良くないのはわかっている。
けど、今はこの感情をどうしても抑えきれなかった。
「負けた……っ!」