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夢崩壊

 時間が、飛んだ気がした。

 この屋敷に来て数日が経った、はずだ。

 でも、なんだかそんなに経っていない様な、そんなふわふわした気分の時だった。

 

「ヒストリカ、今日は天気が良いから、庭に行かないかしら?」

 

 そう、彼女から誘いを受ける。

 その後ろには常にメイドさん。アルマダと言う名らしい。

 彼女より若いメイドだが、この屋敷の他の使用人をまとめる存在らしい。

 俺と違って女性だ。

 

 色々フォローをしてもらっているが、メイドの彼女も僕が男とは知らない。

 知っているのは、彼だけだ。

 だから、メイドの彼女は俺の事をヒストリカさんによく似た少女と言う事で認識している。

 

「良いですね。行きましょうか」

 

「良かった。じゃあ行きましょ」

 

 笑いながら俺の手を取って、ゆっくりと歩き始める。

 歩幅を俺に合わせているからだ。

 

 少し歩いた先、扉を開けて貰った先にはこの屋敷の庭がある。

 使用人で手入れもしているが、彼女もよく水やりをしている花壇もある。

 時折、窓の外から水をまいている姿を見かける事があるからだ。

 

「少し、日が強いかしら。ヒストリカ、大丈夫?」

 

「ええ、大丈夫ですよ。お母さんこそ大丈夫ですか?」

 

「心配してくれるのね。ありがとう。お母さんは大丈夫よ」

 

 そのままゆっくり歩きながら花壇の前までたどり着く。

 メイドさんは入り口で待機して、二人の時間を邪魔しないようにしている。

 

「綺麗な花でしょ。ふふ、この白い花は私が植えて育てたのよ」

 

 左手で指を指した先には白い花が咲いていた。

 

「お母さんが?」

 

「ええ、そんなの使用人にやらせればいいって思うかもしれないけど、私が育てたかったの。だって、私とヒストリカの髪みたいに綺麗な花ですもの。私が咲かせたって、自慢したかったのよ。……ヒストリカにね」

 

 そう言った彼女の顔は、満足げな顔をしていた。

 

「ええ、本当に綺麗な花。お母さんが咲かせたって聞くと、特に」

 

「……嬉しいわ。本当に。そう言って貰えて、良かった」

 

 僅かに目を潤わせて、感慨深そうにそう答えた。

 そのまま、二人で花を見ていた。

 そんな時、小さな蜂が花壇から飛び立つ。

 

 ミツバチみたいに小さな蜂だ。

 それが俺の方に飛んできて、避けようとしたその時だった。

 

「近づくなああああああああああ!!!」

 

 突然、彼女は別人のように叫び出した。

 びくりと身体が振るえた瞬間、僕の手を放して……

 

 ぐしゃりと、蜂を掴んで握りつぶした。

 

「ああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁあああぁぁぁあアアアアア!」

 

 何かが取り付いた様に、強くその手を握り、その手から液体が溢れると左手を花壇に向け

 

「『火焼の波』!!」

 

 左手から炎が放たれ

 

───白い花ごと、花壇を焼き払った。

 

 炎の波が、花弁も、何もかもを焼き払った後。

 そこには、何もなかった。

 ただ、焼け焦げ煙が立ち上る、荒れ果てた花壇が残っただけだった。

 

 

「お、お母、さん」

 

「こんな場所! こんな場所おおおおおおおお!」

 

 止まらない。止まらない。

 ただ、叫び続けて、もう原型が残っていない花壇を踏みつける。

 

「奥様! 誰か! 旦那様を!」

 

 そう声を上げたのは、誰だったのか。

 そんな事を思い出せないほど、俺は、その場に呆然と立ち尽くしていた。

 

 今までの、綺麗な声も、優しい笑顔も無く。

 恐ろしい形相で、低い声を上げ、悲鳴のごとく喚き散らす、彼女の姿は。

 まるで別人のようで、現実離れをしていた。

 

「離せ! 離せええええええええええ! 何だお前らは!! ああああああああああああああああ!!!」

 

 それを、その声を姿を、遠い世界を見つめるように、ぼうっと、立ち尽くしていた。


 …‥それから、いつの間にかメイドさんに連れられて部屋に戻ってきた時、ふと、思い出した。

 

「無理に思い出そうとすると、酷く、暴れる。自分の身を傷つけることも厭わずにね。記憶を思い出さないようにしていたんだが、それ以外でも、色々、暴れるようになった」

 

 そう、話を聞いていた事を。

 その時は、実感はなかった。

 今までも、そんなことはなかった。

 でも、違った。

 今の生活は、そんな薄氷の上だったんだ。

 

 なにより、俺は涙を流す程悲しかったのだ。

 娘として、色々世話をしてもらった。

 優しい顔も、優しい声もかけてもらった。

 

 白い花を、娘に見せるために、育てたと言っていた。

 ……それを、焼き払ってしまうほどに、彼女の心は、傷ついていたのだ。

 

「ここに居たのかい」

 

「お父さん……」

 

 姿を表したのは彼だった。

 疲れたような表情を隠しているようだが、無理して隠しているのがバレバレである。

 彼は周囲を見回してから、誰も居ないことを俺に伝える。

 取り繕わずに、そのまま放して欲しいと言うことだろう。

 

「驚いた、だろうね。君が来てからは無かったから、僕も油断していた。……すまない」

 

「い、いえ。俺は傷一つありませんし大丈夫ですよ」

 

「違う。それは違うよ。……嘘をつかなくても良い、傷ついた筈だよ」

 

「いえ、本当に俺は傷なんて」

 

 その言葉に、彼は首を横に振った。

 

「アウラは傷つけてしまった。君の、心に傷を」

 

 その言葉に、俺は直ぐに返事ができなかった。

 はいとも、いいえとも、言えずに沈黙を選んだ俺を見透かした様に言った。

 

「僕にだって、君が心を痛めたことぐらいわかるさ」

 

「……どうしてそう思うんですか?」

 

 忘れかけていたが、俺は他人だ。

 お父さんと呼ぶ彼も、お母さんと呼ぶ彼女も、本当の両親でもなく、血はつながっていない。

 だから、本来気に病む必要はない。

 そう、彼も思うはずだ。

 

「どうして? 不思議な事を聞くね」

 

 だが、彼は笑って俺の頭を撫でながら言ったのだ。

 

「自分の子供のことを、分からない親はいないさ」

 

 ……あぁ、この人は。

 

「もう君も、僕の子供だと思っているんだよ」

 

 俺の事を、死んだ娘の代わりと思っているんじゃないんだ。

 もう一人の、子供だと思っているんだ。

 ヒストリカさんの格好をしている僕を、ヒストリカではなく、もう一人のヒストリカだと。

 

「だから一緒食べるのも、一緒に寝るのも、一緒に傷つく事も、全部僕とおんなじさ。……そう思われるのは迷惑だったかい?」

 

 そう、不安げに問いかけるお父さんに対して、僕は言った。

 

「僕には、村で育てられた父さんが、母さんが、両親が居ます」

 

 ここに来る前に、育ててくれた両親を忘れる訳がない。

 

「……そう、だね。いやすまない。変な事を言ってしまった。今の言葉は」

 

「だから!」

 

 言葉を遮る。

 

「……お二人の事を、お父さんとお母さんと、呼んでもいいですか? 両親が四人いちゃ、駄目ですか?」

 

 村の両親をないがしろには出来ない。

 だけど、今、こう言ってくれたお父さんも、きっと僕のお父さんだ。

 都合のいい話かもしれない。

 でも、僕には断る事はできなかった。

 気持ちは、僕も一緒だったから。

 

「…………ああ、勿論良いさ」

 

 涙ぐむ、どころではなく泣きながらそう答える。

 

「お父さん、ありがとう」

 

「それは、僕のセリフだよ。ありがとう、僕の、もう一人の……娘? 息子?」

 

「台無しですよ」

 

 そう言って、お互い笑い合う。

 涙混じりの、空元気に似た笑い声だけど。

 悲しいことがあったけど、これから先も、悲しい事があるだろうけど、でも今、この瞬間だけは。

 お互いに、幸せだと思う。

 

「所で、自分のことを俺じゃなくて、僕って呼んでたよね? どうしたんだい?」

 

 その問に対して、僕は笑いながら答えた。

 

「内緒ですよ」

 

 とても恥ずかしくて言えない。

 お父さんの子供になったから、呼び方も一緒にしようなんて。

 そんな、子供じみた事は、本人には黙っておくことにしよう。

 

 

 

 

───素敵ね。とても。

すみません、遅くなりました。

次は夜頃の予定です

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