遭遇戦
背後から声が聞こえた瞬間、振り向くと風を裂く音と共に氷の矢が僕を目掛けて飛来する。
「っふ!」
僕は鞘から剣を引き抜きながら氷の矢を砕く。
「は? んだよ、簡単にやれるかと思ったのによ。剣で防げるほど力があるとは聞いてねえぞ」
木陰の奥、そこから姿を表したのは一人の男。
見覚えのある、金髪の男。
「アンタ、忠告を破ったな。優しく言ってる間に、ロシェットさんから離れりゃいいものを……」
そう、それは初めてドレディアさんと訓練をした時に現れた男だった。
「まあいいさ、丁度いい機会だ。試験だから、別に痛めつけようが全く問題ねえからな」
そう言うと彼は腰に差していた剣を抜く。
「知ってるか。幻境結界とはいえ、痛みは感じるんだ。 ……五体満足で帰れると思うなよ」
血走ったようなギラついた目をして、そんな言葉を口にする。
僕は黙って正眼に剣を構える。
「はは、抵抗するかよ。……死ねおらあああああああああ!」
荒々しく剣を大きく振りかぶって僕に向かって走ってくる。
僕はそれを横に動くことで避けたが、そのまま力任せに横薙ぎに振るい、襲ってくる!
「っく!」
剣で受けるが、筋力の違いか結構な衝撃を受け、よろめいてしまう。
「うらあああああ!」
ハンマーのように振りかぶって、まっすぐ振り下ろす、いわゆる兜割りを無理矢理横に跳ねる事でなんとか回避する。
剣が地面に深く突き刺さるが、軽く舌打ちをしただけで直ぐに引き抜いた。
「ちょこまか避けんじゃねえよ。 氷よ。残酷なる氷よ。二振りの刃となり切り刻め! 『二刃氷』!」
左手を剣から放して僕の方に向け、魔術を放つ。
名の通り透明な氷の刀身が二つ現れ、左右からハサミのように迫る。
「魔力強化……はあっ!」
一瞬だけ足を強化し、その場で跳躍する。
上空に逃げた僕の元いた場所を氷の刃が通過した、そのままであれば真っ二つにされていただろう。
左手で剣を握ったまま、右手を彼の方に向け、僕も魔術を放つ。
「火よ。猛き火よ。炎弾となりて敵を撃て『火球』!」
炎の玉が生み出され、彼に向かって飛ぶが。
「甘え! 氷よ。慈悲の氷よ。盾となり厄災より守れ! 『氷上の盾』」
現れた氷の盾が火球とぶつかると、あっさりと火球が消される。
「く、駄目ですか……」
「はぁん? そんな事言っている暇があんのかよ。まだオレの魔術は終わってねえぞ」
獰猛な獣を思わせるような笑みを浮かべた彼の言葉に、僕は落ち始めた自分の身体の下に先程の氷の刃が再度、僕を切り裂こうと左右に開き、閉じようとしているのを見た。
このまま着地した瞬間、氷の刃が僕を切り裂くだろう。
空中ではどうにも回避できない。
「終わりだ。あっさりとな」
「いえ、そうとは限りませんよ」
僕は持っていた券を下に投げる。
投げられた垂直に突き刺さった。
「ふっ……」
その剣の柄を踏みつけ、再度軽く跳躍する。
飛ぶ時に少し角度を付けると、剣先が土をめくり上げながら傾く。
上から来た僕を引き裂くために真っ直ぐではなく、やや上向きに振るわれた氷の刃の片方に剣が当たると、剣は上手い具合に上に跳ね上がる。
「斬ります」
その剣を空中でキャッチして、ちょうど真下に来た氷の刃を剣を振るい、僅かな抵抗と一緒に氷の刃は二振りとも切り裂く。
「んだよ、その動きは……」
相手が驚愕の表情を浮かべる。
正直、自分でも出来るかどうかわからなかったが、なんとなく出来ると思って行動してしまった。
……しかし、僕はここでようやく実感することになった。
「貴方は、殺そうと思って襲ってきているんですね」
「はあ? 当たり前だろうが……そもそも、結界の中なんだから死ぬわけじゃねえだろ」
相手を倒すとか、やっつけるとか、そう言った話ではなく。
明確に殺意を持って、僕を攻撃してきた。
結界のお陰で死ぬことはないというが、死ぬほどの痛みを与える事も、そして仮であったとしても相手を殺すこと。
その事が今の僕にとって、何故か悲しい気分になった。
きっと甘いのだろう。
殺し合いがない日本という平和な国の住人だった僕の考えはこの異世界ではきっと、おかしい考え方なんじゃないかと思う。
「それとも、お前は殺したくないっていうのか? 殺さないって? はは、笑っちまうぜ」
あざ笑うように口角を上げて、小さく笑い声を漏らす。
その問いに対して僕は、答える。
「いえ、相手が私を殺そうとするなら、私は抗うために殺すでしょう。そうでなくても、きっといつか、自分自身が殺意を持って相手を殺害する事もあると思います」
「へえ……ただの頭花畑な女じゃねえってことか。 いいぜ、殺せるもんならオレを殺してみろよ!! 出来るんならな!」
しかし、その問いには首を振る。
「でもそれは今では無く、貴方でも無い。いつか、の話です」
「…………てめえ!!」
激昂して向かってくる彼に対して、あえて正面から向かう。
一瞬戸惑った様な隙を突いて、しゃがみ込んで足払いをかける。
「んな!」
「魔力強化……掌!」
ぐらりと態勢を崩した彼の心臓あたりを目掛けて、掌底を打ち付ける。
「うご……っかは!」
ドレディアさん直伝の武術、と言うには僕が使う分にはただの力任せに近い技だが、相手の呼吸を奪う技だ。
あやうく僕が食らったときには口から尊厳を出すかと思った程の。
素早く少し後ろに飛んで、手が届かない程度の距離を取る。
使い時は、今しかない。
「我が剣に宿れ、魔を喰らい、力奪う虚脱の虚刃。それは幽麗たる刃!」
構えた剣に魔力が集まり始める。
「ぐううう……ごほ、こ、氷よ、氷の防壁よ」
「『奪い尽くす黒触の大太刀』!」
魔術が完成し、僕の剣がその先の刀身をも超えて黒い霧で覆われ、、やがて長い刀のような黒い長刀に変わる。
「はあああああああああああ!!」
その黒い刀を振り下ろし、彼を袈裟斬りに斬りつけた!
「我を……まも……」
彼の詠唱途中の声が段々と小さくなっていき、膝を着き、地面に倒れた。
と、ほぼ同時に黒い刃が粒子となって消えた。
そして、剣にヒビが入り刀身から割れていき、やがて残ったのは柄と鍔だけとなってしまった。
「ふう……なんとか、なりましたか」
正直初めての戦闘は、予想以上に気力を消耗した。
「情けなく休みたいところですが……とりあえずは失敬しますか」
刀身がなくなった剣を地面に優しく置き、彼のもとに近寄る。
……うん、脈もあるし呼吸もしてる。意識もないみたいだから死んだふりって事もなさそうだ。
えっとまず戦闘中は完全に忘れてた指輪を確認してっと……残念、着けてないね。
とりあえず剣はもらっておきましょう。
よかった、相手が剣を使っていて。
「この魔術、本当癖が強いですね……」
この魔術は北方魔術で、剣を触媒に使う魔術なのだ。
が、一度使うと触媒になった剣は崩れて使えなくなってしまう。
じゃあ一杯持てばいいじゃないとも思うが、剣を一杯持つのは邪魔だし重いです……動きも遅くなっちゃうしね。
効果としてはおよそ2メートルくらいの黒い刀になり、それで相手を斬りつけると相手の魔力を剣が吸収すると言う物。
一応まともに当たれば普通の魔術師は魔力が無くなって、意識がなくなるみたい。
前に習った魔力が精神力が密接な関係にあるってことでそうなる、らしい。
しかしこの魔術の癖の強い所はまだあり、発動時間は十秒ほどしか無く、魔力吸収と言っても吸い取るのは剣であって、僕に還元されるわけではないのだ。
2メートルと言う長さはあっても発動時間を考えると近くで使うしかなく、当てにくいのも特徴だね!
……あ、魔力吸収の刃だから肉体的には全く傷が無いのも特徴か。
「さて、誰か音を聞きつけてこっちに来る前に離れますか」
指輪を持っていなかったので点数的には変わっていない。
探さないと……。
そう思いながら僕はその場を後にした。
……そういえば、彼の名前なんだったんだろう。




