実技試験開幕
ドレディアさんと僕が顔を見合わせる。
「えっ……」
「ド、ドレディアさん……」
「ヒストリカさん、貴方……」
ドレディアさんは、驚愕の表情を見せる。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「し、失礼ですけども、服、着れないんですの? そんな、適当に着たみたいに酷い着方をしてますわよ……」
「ちょ、ちょっと慣れていなくて、大丈夫です。着れますよ」
あ、危ない……本当に後数秒だった。
なんとか着るだけ着て、身体を隠す事に成功した僕は安堵の息を吐く。
そりゃもう、酷い着方で、あちこちだぼだぼになっているが、やむを得ない。
「そうですか……まあこれも勉強ですわ。ただ時間がありませんので、わたくしの着替えが終わったら手伝いますわ」
好意は凄くありがたいけど、今は厳しい。
急ぎつつもなんとか身体を隠しながらベルトを締め、上着もしっかりと身体に合わせて留め付ける。
「まるでお姫様みたいですわね。お付きの人に任せっぱなしというのもこういう時に困ると思いますから、今度からは自分でもやる様にすると良いと思いますわ。 ……実体験でもありますけれども」
少しだけ恥ずかしそうにしながらそうアドバイスをしてくれる。
優しさが身に染みるが、どうやら僕はドレディアさんの中では箱入りのお嬢様かなにかだと思われているらしい。
世間知らずで、物知らずで、服の着方を知らず、家名を持っていて、背が低い、少女。
……姫かどうかは別としてもお嬢様と思われても仕方ないな。
しかし、今日はよく知り合いに会うなあ。
この学院は広いし試験場所もそれぞれで違うはずだから、知り合いが集まる確率は結構低いはずだと思うんだけど。
「ヒストリカさん、試験の時間が近いので急ぎますわよ」
おっと、そうだった。
さて、ここからは試験の時間だ。
真面目に、集中して、僕は。
一番を目指すんだ。
目の前のドレディアさんよりも、外にいるエルさんよりも。
それが、願いなのだから。
そうして、ついに実技試験が開幕する。
「全員、集まったようだな。今回の試験の監督をするオルドだ」
そう堂々を声を上げたのはオルド先生だった。
監督か、てっきりストラディーヴァさん、言いにくいから学園長にしよう。
学園長が監督かと思っていた。
「今回の試験の内容は、これだ」
そう言って、ポケットから出したものを摘んで掲げる。
あれは指輪、かな?
「この指輪を集めてもらう。指輪はこの森の色々な所に隠してある。指輪には石がついており、無色は1点。青が2点。赤が3点。虹に輝く物は10点だ。最後に集めた点数に応じて試験の点を与える」
うーん、指輪がどれだけあるかわからないけどこの広い森で探すって難しいよね。
想像以上に点数が高い指輪が大事になりそうだ。
特に虹だけは別格に得点が高い。
一位になるためには虹が必要になってきそうだなあ。
「指輪は手に入れたら直ぐに指に着けるように。手に入れて一分以内に着けないと色が黒になり、0点になる」
こ、このルールは……
「オルド教諭、質問してもよろしいかしら?」
「ふむ、どうぞロシェット嬢」
「もし、他の人が着けている指輪を外したらどうなるんですの?」
「同じだ。一分以内に着けないと黒くなる。回答は以上だ」
「……わかりましたわ」
ドレディアさんもわかっているみたいだ。
と言うか、多分皆わかっている。
これは、奪い合いありのバトルロワイヤルだ。
しかも着けてないと駄目だから相手が何点持っているか直ぐわかる。
……虹なんて持ってたら格好の的だなあ。赤でも危ない。
う、うーん。一位にはなりたいけど、襲って奪うのはちょっとしたくない。
よし!
探しまくって逃げ回る作戦にしよう。
「なお……学園長から言伝があるので、業腹だが伝える。……幻境結界を頑張って全域に広げたので、存分に戦い合え……以上だ」
凄く苦々しく話したオルド先生だったが、その気持ちもわかる。
幻境結界は、魔術修練場にあったどれだけ傷ついても外に出れば元通りになる結界だ。
つまりは、後には残らないから遠慮なくやれという事だ。
「試験は日が落ちるまで、終了時には鐘を鳴らす。鐘が鳴った瞬間の得点とするので、以後に指輪を発見したり着けたりしても無意味だ。わかったな?」
全員が頷く。
空気が引き締まるような、緊張感を感じる。
「では……初め」
瞬間、視界が暗転した。
時間にしてほんの一瞬だったが、目の前には緑の木々が溢れていた。
「ここは、森の中ですか?」
初めての瞬間移動にわくわくするよりも、恐れの方が大きい。
あんまり取り乱していないのは、あの学園長が何かしたんだろうと予想が付くからなのだろうか。
それとも、意識を高めているからなのか、それは自分でもわからない。
「とにかく、指輪を探しましょう」
カチャリと、腰に刺した剣の柄を軽く握って周囲を警戒しながら歩き始める。
この剣は試験前、武器の差異を無くすためにオルド先生から全員に渡されたものだ。
剣だけでなく、槍などもあったが、やはり一番練習で使った剣を手に取った。
「……しかし、どういった所にあるんでしょうか」
土の中に埋めてある、とかだったとしたらノーヒントではとても見つけられない。
……あ、いや探知する様な魔術があれば出来るのかも。
試験だから調査を使って見つける、と言う線はありそうだけれど、僕はそういった魔術は使えないし、そもそも本当にあるかすらも知らない。
と、なれば誰かが持ってる、とか?
あるいはヒントが書いた紙とか落ちてるとか。
その答えは直ぐに分かった。
「…………これは予想外でしたね」
歩いている間に見つけたもの。
それは、木で出来ており、周りを金属で補強され、中央には留め具がついているもの。
人はそれを宝箱と呼ぶ。
「森のなかに汚れもない綺麗な宝箱……罠なのか迷うところですが」
流石に無視していくのは臆病すぎる。
鍵は、かかってないみたいだ。
「よし」
念のため後ろに回って
「えい!」
口を開けるようにして宝箱が開く。
……特に何も起きない。
大丈夫と言う事を確認して前側に戻って中を見る。
「こ、これは!」
人一人が入れそうな大きな宝箱には、明らかに過剰梱包だとわかる小さな指輪が真ん中に一つ入っていた。
───虹色の指輪が。
「に、虹色の指輪。早速見つけてしまいましたが」
こんな簡単に見つかっていいのか、不安はあるが着ける他に選択肢はないだろう。
とりあえずは、左の人差し指に着ける。
「これで、かなり優位には立ったと思いますが……」
点数的には、虹は少ないはずだ。
何故それが簡単に見つかったのかは、単純に運なのかはわからないけれど、大きくリードしたのは間違いない。
「その分、危険度も大幅アップですね」
序盤で虹を着けている相手なんて、狙ってくれと言っているようなものだ。
より警戒を高めないと行けない。
僕が使える魔術は『火球』『流水』『LittleArmour』を抜かせば、後三つしか覚えていない。
内一つは練習で使う暇も無かった、本当に覚えただけの魔術だ。
しかし『LittleArmour』といい、癖の強い魔術を覚えてしまうなあ。
「まだ時間は長いですから、逃げ回るのは難しいですね」
虹一つで点数的に逃げ切れるとも思えない。
守りに重点を置きながら、探索を続けるようにしないと。
「氷よ。非情なる氷よ。我が敵を抉り射抜け! 『氷矢』!」