期末試験に向けて
「さて、魔術には低位、中位、高位、最上位の4つの段階が存在する。それぞれの特徴は……ふむ、わかるものはいるかね?」
そう言って、オルド先生は教室中に視線を彷徨わせる。
しかし誰もがなんとなく視線をそらしたりして自ら答えようとするものはいないみたいだ。
それを残念に思ったのか少しだけ嘆息したのを見た僕は、思わず手を上げてしまった。
手を上げたこともそうだが、答えるのが僕ということに驚いたのは珍しく眉を動かす。
「では、ローリエ君。応えたまえ」
「はい、低位は魔力の消費が少ない代わりに、単一の物を対象が多いのが特徴です」
「ほう……続けなさい。ああ、それぞれ箇条書きで構わん」
「わかりました。中位は複数を対象にしたもの、あるいは低位より効果が高い代わりに消費が大きくなる事。もっとも数が多いのも特徴です。高位は範囲が広く、あるいは対象の大きさに関わらず効果を発揮します。最上位は特殊な効果を発揮する事が多く、一部の地域では奇跡とも呼ばれます」
「うむ、素晴らしい。それぞれの特徴を良く把握している」
おお、褒められた!
素直にこれは嬉しいなあ。
合格点も貰えたみたいだし、頑張って手をあげた甲斐があったということだね!
「ふん、まあまあかな。ま、アタシでも答えられたけどな……んだよクソ眼鏡こっちみんな」
「別に見るぐらいいいじゃないか、もっとも言いたいことは察しているみたいだけど。……怖い目でみるなよ。興奮、いやお前じゃあなあ。 でもヒストリカさんまだ授業三回目だよね。それでオルド先生に褒められるって凄いね。滅多に褒めることはないんだけど。ヒストリカさんって頭いいんだね」
「いえいえ、そんな事ありませんよ」
ええ、ちょっと勉強しただけである。
そう、それはほんの少し前、この授業に出る前のことである。
「ふう……」
ため息を一つ吐くと、背もたれに全身を預ける。
ぎぃっと音を立てて木の椅子が軋む音を聞きながら読み終わった本を閉じる。
「ああ……太陽が黄色く見えます」
必修授業が無いからとは言え、流石に三日間徹夜で本を読みふけってしまった反動を身体に感じてしまう。
節々は痛むし、一応食べ物と水だけは横に用意はしていたが、パンだけでは流石に栄養にはならないだろうなあ。
目頭を揉んで腕を伸ばして身体を少しほぐす。
そうすると眠気が途端に襲ってくる。
「今日は午後から必修でしたね」
うーん……多少眠る時間はあるけど、寝過ごす確率も凄く高いな。
仕方ない、既にムチを打った身体ではあるけど、もう少しだけ頑張ってもらうことにしよう。
必修までの間の時間はどうしよう。
寝る。うん、寝過ごすよね。
食べる。空腹は感じていないなあ。
遊ぶ。そんなたいりょくはない。
「……復習しますか」
ちゃんと覚えているか確認するのも大事だよね!
まるで勉強家みたいだ。ガリ勉タイプだね。
さて、今まで読んでいた本。
まずこちらに用意して床に平積みになっている数冊の本。これは必修科目で使う教科書だ。
……学校側が用意するものではなく、自分で買うものだったとは日本の差異を感じたね!
これをまず一日掛けて読んだおかげで、ある程度の魔力や魔術関連の知識は覚えることが出来た。
はい、では次に机の上の、その横にジェンガの如く積み上がっている本の山。
この世界の礼儀作法や歴史やらなんやらである。
数が多いのは、なんとこの世界には色々な種族がいるのだ。
……うん、獣人種の時点で察するべきだと思ったけどね。
その数はなんと! ……12種もあるんですよ。
つまりそれぞれ礼儀作法と特徴があるわけで、12倍ですよ、12倍!
「元の世界にも、もっと人種は居たし、色々風習とかも違ったりしましたけど……」
実際日本から出たことがない僕は使う機会も習う機会もなかった。せいぜい英語ぐらいである。
しかし、この学院には色々な種族が通っており、人種が違うという事は些細な事が大きな問題になる事も十分ありえる。
僕が有名になりたいのは悪名ではないのだ。しっかり勉強しておく必要がある、と意気込んだがなにせ数が多い。
残りの二日間はこれのせいだ。
「えっと、それぞれの種族はっと……」
思い出しながら紙に書き出す。
【人間種】【人形種】【水棲種】
【森人種】【獣人種】【龍帝種】
【妖精種】【鬼人種】【吸血種】
【有翼種】【屍鬼種】【悪魔種】
うん、これで良いはずだ。
で、基本的にはそれぞれ人間とか、獣人とかって呼ぶらしいけど、実際種族名で呼ぶのはあんまり好ましくないらしい。
まあ、読んだ限りだと、「よお人間!」 とか「元気か日本人!」とか「イイ身体してんなジャパニーズ」って言われるようなものらしくて、失礼ではないけどちょっと微妙、ってぐらいらしいけど。
もっとも数が多いのは人間らしい。
この学院に居る人も、大概が人間みたいだけど、中には違う種族の人もいる。
そういえば猫耳先生が獣人種って言ってたっけ。
種族によってそれぞれ特徴はもあるみたいで、例えば獣人種は身体能力が高かったりするそうだ。
で、更に複雑なのはその種族の中にも族と呼ばれるくくりがあるみたい。
獣人種なら例えば猫族、犬族……まあいわゆる動物の種類だね。
イメージ的には、人間って言っても日本人、アメリカ人、ドイツ人とか、そういったので別れているって感じみたいだ。
だから同じ種族の中でも全然違う人も居るみたい。
うん、もっと勉強が必要みたいだ。
僕が本で知ったのも一部で、もっともっとこの世界には覚えなきゃいけないことがある。
……期末試験。
この学院ではおよそ三ヶ月に一度、試験がある。
あ、この世界の時間や日数は元の世界、つまり24時間と365日らしい。
といっても、読む本や聞く物は全部翻訳されているみたいだから、僕が認識している上という事だ。
実際は違うんだろうけど相互認識だけはあっている。
なんというか、そう映画の吹き替えみたいなものだ。
実際は「サンキュー」って言ってるかもしれないけど僕の耳には「ありがとう」って聞こえるみたいな感じだ。
その理由は相変わらず不明だけど。
おっと、思考が飛んでしまった。
この試験を期末試験と呼ぶらしい。
そして、この期末試験は非常に重要なものだ。
まず、一度でも落ちた場合、その後の進路にも大きな影響が出るらしいのだ。
つまりは、劣等生の烙印を押されるということ。
だから一度も落ちてはいけない重要なものだ。
そして、この試験は僕にとっても大きな分岐点だ。
今回の試験で一位を取った場合、主席筆頭候補となるからだ。
……主席? あれ、なんか違和感があるような?
とにかく、つまりは有名になる最高にして最大のチャンスであるということ。
期末試験までは後二週間。
二週間で、今まで勉強をしていた人たちを全員越すのかあ。
実技もあるんだよね。一位って事は、ドレディアさんよりも上ってことだよね。
魔力操作を教えてもらい、次は実技を教えてくれる師匠とも言えるドレディアさんを超える。
二週間で、師匠超えは流石に高望みにも程がある気が凄くするけど……
「でも、やらないといけませんね」
何のために来たのか。
有名になるためだ。
何故、有名になりたいのか。
自分の身を嘘で包み
無理を承知で無謀にも願う理由は一つ。
───家族のために、ヒストリカちゃんの死の真実を知る為に
ただそれだけのために、僕は進む。
例え、この身が……
バサバサバサっと言う突然の音に身体が跳ねる。
「え! え! 何!? ああ、本が崩れて……」
心臓が止まるかと思った。
積み重なった本達が大きな音を立てて地面に落下していた。
本を拾い上げて、とりあえず上にまたのせておく。綺麗に片付けるのは後に使用。
と、意外と長い間ぼうっとしていたのか、ちょっと片付けた後時計を見れば少し早いがそろそろ向かっても良い時間になっていた。
出ようかなと思った時、ふと思い当たる。
……ん、待てよ。
三日間徹夜してたんだよね。
「…………これはいけません」
髪を軽く摘めば髪が傷んでいることがわかった。そうなると今度は身体の汚れが気にかかる。
銀髪は特に汚れが目立つのだ。
……い、急いでお風呂に行かなきゃ!
一階に大浴場があるけど、当然行く訳にはいかない。
別の個室にシャワールームがあるので急いで向かう。
「シャワー浴びて髪を整えて服を着替えて……ギリギリ!?」
凄く女子っぽい事を言っていることに少しだけ苦笑いしながら服とタオルを引っ掴んで階段を下っていった。
幸いにも、授業に間に合ったことに大きく安堵したのは少し後の話。
次話は一時頃に投稿予定です。