彼は大嘘付きになれますか?
「俺を、君の騎士にして貰いたい」
それはある昼下がり。
学園の中央庭に呼び出された僕に対してうやうやしく跪き、まっすぐ瞳を見つめながら彼はそう答えた。
そんな僕は、絶賛背中に冷や汗を滝のように流している状態だ。
周りに視線を見れば数十はいる他の学生たちが興味深そうに、あるいは黄色い悲鳴を上げながら目を輝かせていた。
この魔法学院でも、こういったイベントはやはり興味深いのだろう。
何人も立ち止まってはその後の展開を待ち望んでいるのがよく分かる。
「白姫と呼ばれる君に対して、俺自身は君と見合っていないのかもしれない。けれど、この気持ちを抑えれなかった」
芝居のように、劇場のように、舞台のようにそう台詞を口にするのは金髪の青年。
「いや……騎士なんて、飾った言葉じゃない。俺の、本当の言葉じゃないと失礼だった」
そう言って、彼は立ち上がる。
小さい僕と比べて彼は僕の頭二つか三つ分ほど背が高く、彼を見上げる形になる。
「俺の、アルトリウス・アクターの恋人になって欲しい。……ヒストリカ・ローリエさん」
「───ごめんなさいっ!」
全力逃走。
僕の選んだ選択、と言うより、真っ白になった頭で出来た行動はそれだけだった。
鞄を胸に抱え、スカートをはためかせて、自室に帰る僕の姿は、傍から見たらどんな姿だっただろうか。
……そんな思考が戻ってきたのは、自室に戻りベットに全身を投げ出して枕に顔を埋めてからなのだけれど。
「うーあー……あーあーあーあ!!」
声にならない声が枕から反響する。
まさか僕がこんな枕に顔を突っ込んでバタバタするなんて行動をするとは夢にも思っていなかった。
普段の口調すらも忘れてただ枕に向かって問いかけた。
「あれって多分、というか絶対告白だよね。恋人って言ってたし……わああああああ!」
両手でベットをぽこぽこと叩いてしまう。
この感情をなんと例えればいいのだろうか。
よくわからない感情が胸の中に溢れて止まらない。
「アルトリウス、アクター君……」
名前は知っている。
というより、有名人だ。
二年の先輩で、称号持ちの先輩だ。
眉目秀麗で長身の金髪。ファンも非常に多く、いわゆるアイドル的な存在だ。
……なぜそんな先輩が僕に声を掛けてきたのか。全く持ってわからない。
「ど、どうしよう」
きっと今の自分を漫画で見れば目がぐるぐるしている事だろう。
と、コンコンと部屋の扉がノックされる。
「失礼。ヒストリカ。ドレディアよ……いらっしゃるかしら?」
───高速で顔を上げて姿勢を正す。スカートと上のシワを伸ばし、くしゃくしゃになった髪を手櫛で整える。
「大丈夫ですよ。どうぞ、お入り下さい」
「ええ、お邪魔するわ」
ガチャリと扉が開いて、見えたのは赤い髪の女性。
か、鍵閉めてなかった。危ない……。
「さて、サボりとは感心しませんわね、ヒストリカ」
「あら、それを言うのであればドレディアさんも同罪では?」
「わたくしは顔を真赤にして走って逃げた友人を放っておけなかっただけですわ。だから情状酌量の余地はありますわ」
互いに微笑を浮かべながらそんな軽口を叩き合う。
鋭い目つきに肩に付かない程のショートカットな赤い髪。
全身から溢れる自信のオーラを漲らせ、どうやって扉を開けたのか、そこにはいつも通りのお決まりである腕組みをした王者の如きポーズで扉の前で強く答える女性。
僕の友人、ドレディアさんがいた。
「立ち話も何でしょう。中に入って座ったらどうですか?」
「それではお言葉に甘えるとしますわ」
そう言って扉を締めると、部屋においてあった椅子を僕の正面に持ってくると優雅に座る。
「しかし優等生である貴方が授業をサボるなんて、びっくりしましたわ」
「その言葉、そのままお返ししますよ」
「ふふ、それだけ衝撃的だったというわけですわね。彼の、アルトリウスの告白は」
やめて欲しい。その言葉は今の僕には効く。
「衆人環視の真昼、学園の中央庭での愛の告白とは、お芝居にしても違和感がなさそうですわね」
やめて、やめてください。今直ぐベットに入ってバッタバタしたくなっちゃう。
「相手方はともかく、私の方は役者としては不釣り合いだと思いますけどね」
が、そんな心の表情をなんとか隠しながら会話を続ける。
そんな胸中をまるで察したように笑うドレディアさんにドキリとする。
「ご謙遜を。白姫と黄金の剣、上映名としては上等だと思いますわ」
「ふふ、それこそ過分な名前ですよ。……わざわざ来られたのはやはりその件ですか?」
「そうと言えばそうですし、そうでないといえばそうではありませんわ」
その言葉に首を傾げる。
ドレディアさんは真面目な方だ。理由なく授業をサボるような人ではない。
そうなれば、その件しか思い当たりは無いのだが。
「ヒストリカに言っておこうと思いまして」
「言っておく事? 何かありましたか?」
鋭い目が更に引き絞られる。
そして、その一言は僕の心を凍らせるに足る致命的な一言だった。
「───性別を、偽っていますわね」
そう、それは……正しく、致命の一撃。
うすうす、ドレディアさんは気づいているのではないかと思ってはいた。
この僕、ヒストリカ・ローリエは
男だと言うことに
しばらくは一日二話更新致します。
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