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第1話 サファイア色の目覚め

 メイド、ツァリエルの朝は速い。


 まだ夜も明けきらぬ、空が白み始めたころに起き出し、まずは身だしなみを整える。


 メイドたるもの身だしなみは大切だ。


 鏡に写るのは寝癖など全くない艶やかな銀髪、熟練の職人が削り出したような白く滑らかな肌には一辺の曇りもなく、つんとすました小振りな鼻の下ではふっくらと柔らかそうな唇が華やかに薄く桃色を添えている。


 その中でも特に目を引くのは寝起きの影など微塵も感じさせないやや切れ長の双眸だ。

 

 サファイアのように青く深いその瞳は今日も凛とした光を湛えていた。


 どれをとっても完璧な美を放っているその乙女はしかし、どこか人形のような硬質な雰囲気を纏っている。

 

 「今日も問題ありませんね」


 と、自分の姿にさして興味なさそうに呟きその銀髪を後ろでショートカット風にまとめると行動を開始した。




 部屋の掃除と朝食の準備。ツァリは自分の仕事ぶりに満足すると。


、「そろそろキョウ様を起こさなくては」


 一息つくこともない。


 これから毎朝の楽しみが待っているのだ、休んでなどいられない。


 表面上はいつもと変わらない様子で、自らの主が眠る部屋へ足を向けた。


 しかしいつもよりやや弾んでいるように見えるその足取りを、見る人が見たならば僅かのズレもなく同じ幅で歩んでいることに気づくことができたのかもしれない。




 夢を見ていた気がする。


  何だか暖かな光景を遠巻き眺めているような。


 手を伸ばせば届きそうなのに、自分には手に入れることができないとわかってしまう、そんな悲しい夢。


 覚醒が近いのだろう。


  さっきまで見ていた夢も朧気になり、記憶の彼方へと消えてしまった。


 そんな曖昧な感覚に微睡んでいると……


 「……様、……ョウ様、キョウ様」


 自分の名前を呼ぶ声。


 質の良いオルゴールのような澄んだ声。


  「キョウ様、起きてください」


 実に心地よい。


 そのままもう一度意識を手放しかけたその時、何故だか危険を感じてバッと目を開いた。


 「お目覚めですか?」


 サファイアの瞳が目の前にあった。


 「ツァリか、おはよう……」


 「はい、キョウスケ様の忠実なる僕にして完全無欠のメイド、ツァリエルです。」


 何を当たり前のことを、とでも言うような平坦な口調だった。


 「それでツァリさんや、一体何をしているのかな」


 「キョウ様の間抜けな寝顔をたっぷりと堪能しているところです、邪魔しないでください」


  至近距離で見つめ合い、特に表情を変えることなく彼女は。


 「まだ寝ぼけているようですね、お目覚めのキスが必要ですか?」


 淡々と続けた。


 「い、いや、たった今ちょうど目が覚めたところだよ。おはようツァリ」


 キョウスケは凛とした瞳に覗き込まれ、そのまま身を任せてしまいそうになりながらもなんとか告げた。


 ツァリは何事もなかったように身を離し、きっちりとした角度で優雅に一礼をした。


「そうですか、わたしのような可憐なメイドに起こされて夢現なのかと思ってしまいました。つきましては朝食のご用意ができましたのでお越しください」


 キョウ・クラニースの一日は、どこか残念そうな乙女の声と共に今日も始まるのであった。








 「…………」


 「……」


 沈黙が部屋を支配している。


 キョウは寝床から起き出し、ツァリの後に続いてキッチン側のテーブルに腰を下ろして朝食につこうとしているところだった。


 そのすぐ横に腰掛けたツァリが微笑を浮かべフォークに刺したサラダを突き付けている。


 「……キョウ様、何をしているのですか、学習能力がないのですか?それともやはりまだ寝ぼけているのですか?」


 「い、いやいやそんなことないって、しっかり目覚めてます」


 「あぁ、学習能力の方でしたか」


 今朝も絶好調なツァリはキョウに野菜を突き付ける。

 

 それは少しもブレることなく口の前で静止していた。


 「手、疲れない?」


 「いいえ、全くもってそんなことはありませんがそうお思いでしたら素直にお召し上がりください」


 ここ数日、二人の間で繰り広げられているやり取りである。


 「さいですか」


 えいやと覚悟を決めパクリと一口。モシャモシャと咀嚼する。


 「よくできました、お次はこれをどうぞ」


 ツァリはそう告げると次は小さくちぎったパンを手ずから差し出してきた。


 「わかったよ、降参だ」


 今度は素直にモシャモシャするキョウをツァリはじっと見つめてきた。


 彼はこの視線が少し苦手だった。凛とした青い瞳はいつも揺らぐことなく真っ直ぐにキョウを見つめてくる。加えてその美貌である。


 要するになんとなく気恥ずかしいのだ。


 「それで味の感想はまだですか?もっとも完全無欠のメイドであるわたしが腕を奮ったのです、問題などあるはずはありませんが」


 表情こそ変化はないが少しだけ不安気な響きを伴ってキョウには聞こえた。


 だから彼は少しおどけて気持ちを言葉にした。


 「悪くはないな、むしろ非常によろしい」


 「よかった」


 そう言って彼女はうっすらと笑った。いつもの微笑とは違う、確かな感情のこもった笑顔であった。





 キョウスケは一悶着あった朝食の後、ツァリの淹れたお茶で一息ついていた。


 そんな中ふと思い出しかのようにツァリが言った。


 「時にキョウ様、そろそろこの家の資金が尽きかけております」


 厳しい現実を示されげんなりしながらもなんとか言い返すキョウ。


 「この前お前がいろいろ買い込まなかったらもう少しもったはずなんだよ」


 「あれは必要経費です。キョウ様はこのわたしの主なのですからそれなりの物を身に付け、それなりの物を口にしていただかなくては従者としてのわたしの資質が疑われます」


 一見主を立てているようで実はそうでもないようなことをさらりと言いながらツァリはこう続けた。


 「というわけでお仕事をもらいに行きましょう。ここのガラクタ屋……でしたっけ?全くといっていいほどお客さん来ないじゃないですか、来ないなら自分から出向くしかありません」


 「荒事屋だ、確かにガラクタも売ってるけど」


 荒事屋、つまるところなんでも屋だ。キョウはお客からの依頼をこなしたり、拾ってきた金属の塊を売ったりして生計を立てたり立たなかったりしている。


 「そうだな、お金がないのは確かに不味いしそろそろギルドに顔出さないと忘れられそうだ」


 「はい、いくら昼あんどんと言えども灯りがつかぬのならばただのゴミですので、それがよろしいかと。お供いたします」


 「それ前半必要だった……?」


 朝から心に傷を負ったキョウはツァリと共に町のギルドへ出掛けていった。


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