第0話 プロローグ
見つけていただきありがとうございます。
空いた時間に少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
それは『棺』だった。
王都外れの山奥にある、洞窟奥の更に奥。本来ならば誰の目にも触れないような所に『それ』はあった。
そんな場所に青年が一人。
年は二十に届かない程度だろうか。腰に細く反りのある異国の剣を帯いている。髪と瞳はこの辺りでは珍しく烏の羽のような黒。所々解れたロングコートを着込み、やや猫背ぎみの立ち姿はどこか頼りないが不思議と隙を感じさせない。
そんな彼は、目の前の『それ』を見つめていた。
人間一人が入れそうな大きさの黒い長方形、触れてみるが素材は検討もつかない。継ぎ目の見つからないその表面は滑らかでひんやりとしている。相当に固そうだ。
手元の明かりは乏しく細部まではわからないが、彼にはそれが棺に見えた。なぜだかそう感じられた。
なぜこんな物がこんな場所にあるのか。そもそもここは洞窟のどの辺りなのか。何の手がかりもないのでその棺を調べていると、
ーーーピッ
何かが押し込まれる感触に聞き慣れない音。
次の瞬間パッと周りが一斉に明るくなり白い光が目を刺した。
段々目が慣れてきた彼は顔をしかめながら周囲の確認に努めた。
そこは思ったより広い空間ではないようだった。人が二十人程横になれそうなその空間はドーム状になっており、壁も天井も真っ白で明らかに自然の物ではない。その中心に例の棺が鎮座いていて、何本もの太いチューブが伸びており周りの壁に繋がれていた。
「何なんだここは……」
混乱する頭を静め、なんとか落ち着こうとしていたその時、
カシャンと鍵が開くような音の後、棺の蓋がゆっくりと開き始めた。
白い煙を吐き出しながら開いた棺の中に彼は見た。
艶やかな銀髪、白く曇りのない滑らかな肌には唇が薄く桃色を添えている。黒を基調とし、フリルがふんだんに使われたドレスからは真っ白で華奢な素足が覗いていた。
頭の天辺から足の先までどれをとっても完璧な美しさ。綻びなど一つもない、そんな硬質で完成された美を持つそれは少女のカタチをしていた。
「…………」
彼はその少女を目の前に、先の混乱などふっ飛んでしまい言葉をなくした。
ただ見とれていたのだ。
どのくらいそうしていたのだろうか。自分の状況も忘れ、しばらくの間見入っていた。
徐々に冷静になりそれは死んでいるのかと思い始めた頃。少女は突然、パチリと目を開いた。
青年は今度こそ時が止まったように感じた。
青い、サファイアの瞳と目が合う。
そのヒトガタは自分を見つめる人間を暫し眺め、ことりと首を傾げ、ゆっくりと口を開いた。
「貴方がわたしのマスターですね?」
そう告げたヒトガタは、嬉しそうに、本当に嬉しそうに、微笑んだのだった。