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くだらない短編シリーズ

フリ―マーケット

作者: 鳥越 暁
掲載日:2013/10/17

 エリは爽やかな秋の気配の風の中、様々な店が並ぶ広場を歩いていた。フリーマーケットに来ているのであった。子供のお古であろうか玩具を売っている主婦達。新たなブランド物を買うために不要となったブランド物を売る女性。趣味で作った小物を売る初老のご婦人。様々な人が様々な物を売っている。


 フリマの魅力は出店者と客とのやり取りにあるとエリは思っている。値切るのは当たり前だし、その商品への思い入れや、店に並ぶまでの経緯を知る事も出来る。その物の歴史に加わる事が出来る気がするのだ。

 店の人達とのやり取りを楽しみながらエリはある店の前に来ていた。店の主は大学生だろうか、若い男の子だった。並べられている品と言うとポートレートやインテリアの小物が多い、壁に飾ったら絵になりそうなジャケットの素敵なジャズのレコードもあった。なかなかセンスがいい。


「ふ~ん。なかなかいい物置いてるじゃない。」


「ありがとうございます。」


「これ、みんな君のセンス? 」


「はい。大学で独り暮らしをはじめて揃えたものなんです。でも卒業して実家に帰るんで……。」


「そうか。じゃあ、お姉さんが餞別代りに何か買ってあげよっかな。」


「あ、ありがとうございます。うれしいです。」


 エリは砂時計と絵葉書ほどの大きさの掛け時計など数点を買った。なかなかいい物を手に入れたと満足して店を後にしようとした時、店の端っ子にオレンジ色の色紙に乗った小さな香水の瓶が目にとまった。手にしてみると瓶の中には綺麗な琥珀色をした巻貝の貝殻が一つ入っていた。


「これ、綺麗ね~。これも売り物? 」


 そう尋ねた時、青年の笑顔が少し強張ったような気がした。


「はい。あ、あの五十円です。」


「え!? だってこの瓶だけでも五十円じゃ買えないでしょ!? 」


「い、いいんです。お姉さんには幾つも買ってもらったし。」


「ふふふ。青年! さては私に惚れたな~。よしこれも買ってあげるわ。」


「はい。よかった、これで眠れる……。」


「え!? 何? 大げさねぇ。ふふふ。」


 エリはこうして琥珀色の貝殻を買ったのだった。




 その日の夜、エリは夢を見た。海の夢だった。夢の中でエリは人気のない海辺に立って潮騒を聞いている。『ざざんっ さーっ』波の音が心地よく感じた。海の色はどちらかと言うと黒っぽく見えて、夕方なのだろうなと思って夢の中で佇んでいた。


 朝目覚めたエリは鏡台の隅に置いた琥珀色の貝殻が入った香水瓶を手に取り呟く。


「今日は海の夢を見たわ。これを買ったからかしらね。」


『からんっ』と瓶を振り貝殻がたてた乾いた音を聞くと、そそくさと出勤の準備をはじめるのだった。






「ねえ、エリ。大丈夫? ちょっと痩せたんじゃない? ううん、痩せたというよりやつれたって感じよ! 」


 ランチの時、同僚のまりこが言った。


「うん。ここのところ全然眠れなくてさ。眠ると変な夢を見ちゃうのよ。」


「ん!? どんな夢なの? 」



 エリは毎夜、海の夢を見るようになっていた。初めのころは潮騒が聞こえて心地よかったのだが、段々景色が暗くなり、いつしか夜の海の景色になっていた。真っ暗な空間に波の音だけが聞こえる。エリは怖さを覚えていた。そんな夢が幾日か続き、また夢の内容が変化していった。


 漆黒の闇の中にエリは立っていて足元には波が寄せてきている。やがて潮が満ちて来る。徐々にエリの足は潮の中に取り残される。動こうにも体が動かない。少しづつ少しづつ水位が上がってくる。足首から太ももへ、さらに腰へと水位が上がり海の中に体が埋まって行く。


 そんな夢なのである。その夢が怖いのは日に日に体を浸す水位が上がっていることだ。昨日は胸にまで海に浸かった。冷たい水の感触と潮の匂いがとてもリアルな夢。このまま夢が続くと全身が海に水没してしまう。得もしれぬ恐怖が襲ってくる。目が覚めると汗でびっしょりなのであった。

 そんな夢がもうひと月も続いているのだ。あの貝殻を買った日から……。



 「それってさ。その貝殻を処分した方がいいんじゃないの? 精神的なものだと思うけどさ。処分したら気が楽になってそんな夢見ない気がするよ。」


 まりこがいう。エリも貝殻を捨てようかなと思っていた。でもとても綺麗なので躊躇していたのだった。まりこが背中を押した形でエリは貝殻を捨てることにした。

 仕事を終えて帰宅したのは午後八時を回っていた。エリは帰宅してすぐに貝殻を香水瓶ごとゴミ袋に入れた。


 その夜、エリはまた海の夢を見た。今日は肩まで海に浸かった。やはり汗をかいて起きてしまったのだった。ゴミ袋に入れたとはいえまだ家の中にあるからかもしれないとエリは思った。

 翌朝、ゴミ袋をゴミの集積場に置いて出勤する。これで今夜はぐっすり眠れるだろうと仕事に向かう足取りも少し軽くなったような気がするエリだった。



 仕事を終えて帰途についているエリは早く家に帰り眠りたかった。今日こそはぐっすりと眠れるはずだった。最寄駅を降りたエリは急ぎ足でマンションに向かい家を目指した。ベットが恋しかった。

 家についた。靴を脱ぐのももどかしく部屋に入りベットに飛び込んだ。その時サイドボードで『ころんっ』と何か音がした気がしたが、エリは気にも留めず眠りの世界へ落ちて行ったのだった。


 ぐっすり眠れるはずだった。夢など見ないはずだった。でも夢を見た。また同じ夢だ。今日は首まで海に浸かった。


 「もうっ! 何なの!? 」


 時計を見ると三時間ほどしか眠れていない。ふとサイドボードを見ると、何とそこには捨てたはずの香水瓶があった。中にはあの貝殻が入っている。


 「えっ!? どう言う事? 私はちゃんと捨てたわ。なぜここにあるの? 」


 エリのマンションはセキュリティは万全で誰かが忍びこむなど考えられない。エリは堪らなくなって香水瓶を取りあげると窓を開けて外に放り投げた。『かしゃっ』と香水瓶の割れる音がした。結局、その夜はまんじりとしないまま朝を迎えたのであった。



 エリが会社に来なくなった。上司に聞くと体調不良でしばらく休ませてくれと連絡があったらしい。上司は長期休暇扱いにしてあげたらしい。私はエリの事が心配になって訪ねてみることにした。

 会社帰りにエリのマンションへ向かう。マンションのエントランスでインターフォンでエリの部屋を呼ぶ。しばらくしてエリがインターフォンに出た。


 「私、まりこよ。大丈夫なの? 様子見に来たわ。」


 「ああ、まりこ。今ロック解除するから来て。」


 そう言うエリの声には精気がないように感じられた。

 ともあれエリの部屋へと向かう。エリの部屋の扉が開いて、エリが顔を出した。


 「エリ! どうしたの! 」


 あの可愛らしいエリが痩せこけて目の下には隈ができている。明らかに普通の状態ではなかった。

 私はエリの部屋に入った。その時、部屋の臭気が気になった。部屋全体が粘り気のある潮の匂いに満ちていたからだ。

 突然、エリが私に抱きついて泣き始めた。


 「まりこ。どうしよう。私、おかしくなっちゃった。」


 私はエリを抱きしめた。その肩は折れそうなくらい華奢になっていた。


 「うん。私はここにいるからね。大丈夫よ。何があったか話して。」




 エリは話し始めた。例の香水瓶が原因だった。夢にうなされて香水瓶を処分することに決めたエリは何度も瓶を捨てたらしい。それでもいつの間にか瓶はエリの部屋に戻ってくるという。とてもそんな事は信じられなかったが、嘘を言うエリではない。エリはフライパンで粉々に砕きもしたらしい。でも次の日には部屋の何処かに戻って来ているのだという。

 私はエリが精神を病んでしまったのではないかと思った。


 「エリ。分かったわ。今日は私もここに泊るからね。まずはその香水瓶はどこなの? 」


 エリは泣きながら鏡台を指差した。その先に瓶はあった。小さな香水瓶で中に巻貝の貝殻が入っている。琥珀色で綺麗な貝殻だ。


 「よし。この瓶は私が今割るからね。一緒に見ててね。」


 私は香水瓶を手に取りエリがやったというようにフライパンで叩いた。瓶は粉々になり中の貝殻も砕けていた。私はそれをスーパーのレジ袋に入れて口を結びベランダに置いた。


 「明日この袋は捨てるからね。エリは安心して寝ていいよ。」


 エリは力なく頷いた。ベットに入ったエリはやがてすやすやと寝息をたてはじめた。それを見て私は少し安心した。エリを見ているうちにいつの間にか私も眠ってしまっていた。



 私は夢を見た。海の夢だ。真っ暗で何も見えないが打ち寄せる波の音や潮の匂いでそこが海だと分かる。やがて潮が満ちて来て足を濡らす。冷たい。私は後方に下がろうとするが足が動かない。やがて潮が満ちて来て体が海の中に沈んでいく。徐々に徐々に……。私は耐えられなくなって声を上げようとするが声が出ない。私は海に飲み込まれた。口の中に海水が流れ込み息ができない。必死でもがいた、もがいてもがいて私は目を覚ました。目を覚ました私は激しく咳きこんだ。口の中が異様に塩辛い、まるで海水を飲んでしまったかのように。


 ベットを見るとエリが膝を抱えていた。私の方を見ている。


 「ね。私の言うことは本当でしょ? 」


 エリは力なく笑っていた。私はエリに頷くとベランダに行きあの袋を手にした。軽い! 何も入っていないように思える。私は慌てて袋を開ける。

 無かった。そこには何もなかった。砕いたはずの瓶も貝殻も何もなかった。


 再びエリを見ると、エリは一点を指差した。そこにはサイドボードがあり、その上に香水瓶があった。


 「キャーッ!」


 私は叫んでいた。エリが泣き出した。

 エリの話は本当だった。実際に私も体験してしまったのだ。私達は体を寄せ合い抱き合いながら朝を迎えるのだった。



 このままでいいはずがない。このままではエリは衰弱して死んでしまうかもしれない。私とエリはこれからどうしたらいいかよく話をすることにした。


 エリは隣町のフリーマーケットで買ったと言った。売っていたのは大学生らしい青年らしい。


 「そういえば……。その子が言っていたわ! 私にこの瓶を売った時に『これで眠れる』って! あの子も眠れなかったんだわ! 」


 「ちょ、ちょっと待って。でも貴女がこれを買ったのよね。それでこの瓶はその青年の元には戻らなかった。そう言う事よね? 」


 「うん。そう言うことになるわね。」


 「この瓶は壊しても捨ててもこの部屋に戻ってくる。じゃあさ、その青年みたいに売ったらどう? 」



 私達はこの瓶を売ることにした。友人に売る気にはなれない。苦しむ事が分かっているからだ。売り付けた相手はきっと苦しむだろう。少し申し訳ない気もするけれど背に腹は代えられない。エリは限界が近いのだと思う。


 一週間後、私とエリはフリーマーケットで瓶を売った。

 その後、エリは会社に復帰して以前のように明るい娘に戻った。夜もよく眠れているらしい。




 エリのお陰だわ。私がこうしてよく眠れるようになったのも。でもあの瓶は、あの貝殻はなんだったのかしら。私達が『あれ』を売ったあのご婦人はどうなったのかしら。そう思ったけれど、それもほんの一時でしばらくするとあの瓶の事は忘れてしまった。




 三年後、私は高校の同窓会に来ていた。五年ぶりにみんなと会う。その中に見るからに生気のない友達がいた。昔は太っていて太陽が入っているかのように明るい娘だった。その娘がまるで元気がないのだった。


 「ひかる? どうしたの? 病気でもしたの? 」


 「ああ、エリ久しぶりね。実は最近眠れなくてね。」


 「えっ! そ、そうなの? 」


 「うん。海の夢を見るのよ。」


 「そ、そうなんだ。お大事にね。」


 私はそれ以上は聞かなかった。だって彼女から潮の匂いがしたからだ。私の家に漂っていた匂いだった。


 


 きっと彼女の家にはあの香水瓶と貝殻があるのだろう。少し潮騒が聞こえた気がして寒気がした。



END

 

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― 新着の感想 ―
[一言] この手の話は好きなので、最後まで場面を想像しながら楽しませてもらいました。 色々と色の違う作品が書けるなんて、うらやましいです(^^
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