くるくるくるりん
孫の啓太が庭先に私を見つけ走り寄ってきました。
「ばあちゃん、あ、あのね、今日もくるりんをしたよ」
保育所では発表会に向けたマット練習が日課らしいのです。
「卓ちゃんはねぇ、くるーんくるんって二回もまわったよ?」
「あら、卓ちゃんは上手だったのね」
啓太は俯きながら小さく頷きます。
「……でもね、僕は足が横にバタンって……」
啓太は上手くでんぐり返りが出来なかったのでしょう。
早生まれの啓太は、一年近く先に生まれた子たちに比べ【遅れがち】な面があります。それも後一~二年と家族や、保母さんは理解しているのです。
啓太は息子夫婦の前では闊達を絵に描いたような子です。それでも時に、私には悔しそうな、弱々しい面を見せるのです。
その姿は私にとって宝物のようで、好きに甘えさせてやりたいところですが――。
啓太の手をとり縁側から和室へ入った私は、押入れにあった自分の敷布団を広げます。
「さあ、でんぐり返り、ばあちゃんと一緒に練習しようか?」
私が見本を見せようと布団の端に両手をつくと、啓太は、えっ? と、目と口を大きく開きました。
※ ※ ※
やがて――トントン、ぐつぐつと聞こえていた台所の音が止み、和室が逢う魔が時に包まれた頃。
啓太は大好きな匂いで目覚め、目をこすりながらリビングへ行った。
「あら、起きたの? お祖母ちゃんのお部屋、ポカポカでぐっすり眠れたみたいね」
母親が笑顔で啓太を見る。
「ママ、あのね……僕くるりん出来て、お腹空いちゃった」
母親は目を細め、
「そう、良かったわね。でもね、お祖母ちゃんが先よ」
そう言うと、姑の好物だった煮物を仏壇に供えたのだった。