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◆BLOOD-01B



 今日も彼女は、部屋から出ない。


 それが堪らなく嬉しい。

 イオラスは軽食の用意をしながら思った。




 彼女、ハルは、日の光が駄目だ。

 苦手というレベルではない。死活問題なのだ。

 太陽の出ている明るい内は、カーテンは二重にし、なおかつベッドに潜る。

 部屋の外、廊下の灯りさえ許さなかった。

 理由は彼女の体質に関係する。


 ハルは“吸血鬼”だ。


 人の血を摂取しなければ生きられず、日の光を浴びれば灰になるという、お伽噺の吸血鬼。

 イオラスも本物を見るのはハルが初めてだった。

 お伽噺では太陽と十字架、銀、ニンニクが弱点で、人の血を飲み永遠を生きる怪物として描かれてあった。

 真偽はどうだか分からないが、ハル自身も太陽を拒み、銀食器を怖れた。

 実際にはまだ触れた事はないらしく、ハル自身にも思い込みがあるのだろう。

 だが別に強要する事でもないと、イオラスは試す気はない。


 でも元からではない。

 ハルは生まれた時から“吸血鬼”だったわけではなかった。

 いわば突然変異らしい。その証拠かは分からないが、彼女には狂暴な牙も鋭い爪もなかった。

 それでも吸血鬼としての症状は現れてしまったのだ。

 その最も大きいものが“吸血”

 ハルは吸血鬼となってから、定期的に血を摂取している。

 いや、摂取させられている(・・・・・・・)が正しい。

 イオラスは吸血鬼としての欲や本能を、時折刺激する。それは言葉であったり行動であったりするが、ハルはいつもそれを拒否して、でも最後は手を伸ばす。

 結果としてハルの中では、押し付けてくるイオラスへの恨みと、結局イオラスから奪ってしまう罪悪感、自分自身への嫌悪が生まれた。

 そこにつけこみ「ハルの望みをイオラスは叶えている」「イオラスは悪くない。悪いのは抗えない自分だ」と思わせているのだ。

 ハルにイオラス自身を拒絶しきれないように。


 イオラスは昨日の事を思い返していた。


 嫌だと言い、泣きながらそれでも、涙に濡れた眼が血を溢れさせるイオラスの手首から外れないハルの事を。


 震える手を伸ばし、おそるおそる口を近づけ、舌を這わしだしたあの光景を。


 傷口に吸い付き、舌で舐めとり、イオラスにしゃぶりつくあの感触を。


 時折息を乱しながら、イオラスに夢中になっていたハルのあの顔を。


 終えた後、満たされた事に満足し、どこかうっとりとして身体を預けてくる、ハルのあの恍惚とした――



「あぁ…ハル…」


 思い出すだけでゾクゾクと何かが走る。感覚さえ蘇ってくるようだ。

 ハルのあの弱さも、己を受け入れない潔癖さも、周りに怯える臆病さも、全てが愛しい。

 部屋から出ていく事も可能だというのに、死ぬかもしれないという想像などに恐怖する愚かささえ、イオラスには“いとおしい”のだ。


 イオラスは自身の左手首を見た。

 ハルがすがり、求め、嫌った、血の溢れた場所はもう塞がり、後はうっすらと線が残るだけの手首を。

 そっと唇を寄せ、舌を伸ばす。

 イオラスは吐息を一つこぼして、笑った。


「まったく、可愛らしくて困る」


 手を止めていた軽食の用意を続ける。

 血を飲むようになってからは逆に食事の量が減ってしまったハルの為に、野菜を多く使ったサンドイッチとスープ、時間がたっても食べられる菓子、これからイオラスが持っていき手ずから淹れる紅茶の道具をカートに乗せて。


 今日もまたあの部屋に行く。


 カーテンを閉ざし、毛布に潜り、光のない部屋で、ただひたすらに夜を待つ彼女の元へ。


 鍵のない(へや)に自ら入っていった、愚かで愛しい化け(ハル)の元へ。



 捕らわれたのは、一体どちらだろう。




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