その9☆動き出した運命とオロナミンC
『黒は人間の負の部分を吸い込んだ色なんだ。だから私は黒い服は着ない事にしている』
喪服を着た参列者が長い蟻の行列のようにどこまでも続いている。
少しの時間それを眺めていた俺は、親父が昔そう言っていた事を思い出していた。
黒を極端に拒絶した親父、その親父が黒を着た集団に見送られようとしている。
人生って何だ?
考えて俺は酷く憂鬱な気分になり、自然と溜息が出た。最近溜息吐いてばっかりだ。
真冬の薄弱な日差しの中、式は滞りなく淡々と進んで約二時間後、親父は骨壺に収まるほどの小さな灰になった。
涙が出る事はなくて、俺は自分が冷たい生き物なのかと、また考えていた。
涙を狙っていたマスコミ連中は泣かない俺に露骨に嫌な顔をし、ある程度カメラを回すとその場を立ち去って、呆気なく式は終了した。
会社の手続きや相続の問題、その他の事柄は親父の古くからの友人で副社長である渡来さんが全てやってくれて、俺は言われるまま出された書類にサインをするだけで済んだ。
唯一の肉親である俺が相続する額は十億をゆうに超え、その額の大きさが俺の想像力を停止させた。
去り際、渡来さんが、
「社長は……壮ちゃんは君の将来をすごく楽しみにしていたんだよ。アイツは大物になるって。俺なんか足元にも及ばない人間になる。みんなビックリするぞって良く言ってた。その事は分かってあげなよ」
そう言葉を残して帰って行った。
親父の葬式から一週間以上が経過して少しずつ感覚も戻ってくる中、冬休みも終わり、普段の生活が始まった。結局、リコの誕生日会には行けず、
「ワリー」
と、謝る俺にリコは、
「良いよ、気にしないで」
と、優しく言い、微笑んだ。
年が明けてからリコは本格的に受験勉強に入り、俺達二人の間に少しだけ距離が出来た。
でも寂しいと言う気持ちは無くて、むしろ夢があるリコが誇らしくて羨ましかった。
「頑張れ」
と、励ました俺にリコはいつものように照れくさそうにはにかんだ。
クラスの連中はみんな俺を気づかってくれ、親父の事は誰も訊いて来なくて前と変わらない態度や教室の雰囲気がとても嬉しかった。みんな良い奴だ。
昼飯を食べ終わり、屋上でぼんやり空を見上げていると誰かに肩を叩かれた。
振り返るとフクちゃんで、俺が挨拶するとフクちゃんは優しく笑んだ。
二人で金網に靠れて遠くを見ていると、
「コレ飲むか?」
と、フクちゃんがオロナミンCを俺にくれた。
「サンキュ」
礼を言って受け取り、キャップを開けて一口飲んだ。良く冷えていて適度な甘みと心地良い炭酸が喉を刺激して、ちょっとだけ幸せな気分になった。
「うめぇ……」
俺がそう呟くと、フクちゃんは深く笑んで、また俺の肩を叩くと屋上を出て行った。
フクちゃんは何も言わなくて、きっと俺を励まそうとしたんだと思い、胸が熱くなる。
感情表現の下手なフクちゃんの精一杯の行動に俺は居た堪れなくなり、残りのオロナミンCを一気に飲み干した。
このままじゃいけないと思った。
刺激を求める熱は以前よりも更に強くなっている、そう感じた。
薄曇りの空に、地面屋のおっちゃんの顔が浮かんで身体の中心、核を刺激する。
おっちゃんに会いに行こう。
内側がそう呟いて俺は空を強く見据えた。