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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
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その6☆枯れた十七歳とチキンカレー。

 薄闇の中、門扉を開ける音が辺りに響いた。


「プレゼントは別にいらないからね」


鍵を出そうとブレザーのポケットを弄っていたらそう言われて、振り向くとリコは優しく笑んで、本当だよと言う感じで『うん』と頷いた。


俺は鍵の捜索を一時中断して、


「いや、持ってく。何かスゲー奴」


と、言葉を吐いて不敵に笑んだ。

リコは、何持ってくる気なの~? と、どこか楽しげな視線を投げてきたがそれには答えず、


「その時までの秘密に決まってんだろ。楽しみにしてろよリコ」


と、俺は強気な発言で返した。


実際のところは何も考えていなかったが間違っても何がイイ? とかは言わなかった。

そんな無粋な男には思われたくなかったからだ。


強がる俺にリコは、


「ありがとう、ウン分かった。待ってる」


とだけ言い、また微笑んだ。


「早く中入れ、風邪ひくぞ」


俺がそう言うとリコは『はぁい』とおどけた声を出して温かな光が洩れる玄関のドアを開けた。


リコが中に入るのを見送ってから俺は鍵を発見して玄関を開けた。


薄暗い、と言うかほとんど闇に侵食された玄関に親父の靴は無くて家の中は死んだように静かだった。


だけど親父の靴がない事や誰もいない静けさに少し安堵している事に気がついた俺は、

親父との溝はもう埋まる事は無いんだと実感した。


血の繋がりはあるがただそれだけで、全く別個の存在としてお互い干渉する事なく生きて行く。


うん、それがイイ。


俺は妙に納得して、何か悟りを得た気分になった。


まあいい、とにかく上がろう。寒いし。

靴を脱いで踵を揃えて右端に置く。


一連の動作で玄関口の照明スイッチを押して、明りを灯した。

リビングまで歩き、同じように電気を点ける。鞄をソファーに投げるとエアコンを起動させた。


静寂が息苦しいのでテレビを点ける。ちょうど夕方のニュースの時間でチャンネルサーフィンを何回か繰り返したがどの局も朝と同じように大物俳優の離婚ネタばかりで、面白くない。


俺は一つ溜息を吐いてテレビを消し、二階の自室へと歩いた。


自分の呼吸音が分かるくらい、本当に静かだ。母さんが死んで以来、この家に笑い声は響かなくなってしまった。階段を昇りながら母さんの笑い声を思い出す。


良く笑う女性で何をしていてもとても楽しそうだった。俺はリコにお前が幸せならそれが一番イイと言ったけれど、母さんは幸せだったのだろうか?


親父に振り回されて俺を生み、三十二歳の若さで死んだ。母さんは本当に幸せだったのだろうか?


だんだんと闇に侵食されて行く空のように母さんの心も黒く沈んで行っていたのではないだろうか?


自室の扉の前で立ち止まり、俺は幸せとは何かを考えた。


他人が羨む人生、奢侈(しゃし)の限りを尽くせば人は幸福(しあわせ)なのだろうか?

結局、人間は自己に無い物を求め、その結果全てを破壊してしまう、良く分からない生き物だ。

溜息が出て、俺は思考するのを止め、扉を開けた。


ブレザーの上着を脱いでクローゼットのフックに掛けて、ズボンのポケットに入っていた携帯を取り出して充電器に結合させる。ネクタイを緩めると力なくベッドに倒れた。


最近はいつもこんな感じだ。家に帰ると何もやる気が起きない。電源の切れたロボットみたいに関節が固まる。このまま老いたくはない……と思う気持ちはあるのだが身体も精神(こころ)も動かなくて、気づいたらもう夜中になっている事がほとんどで、きっと今日もそうだろうなと俺は思った。


白い天井を見つめながら俺達若者を蝕む、このどん詰まった重苦しい感覚は何だろうと考えた。

薄暗い自室で自分の右手をぼんやりと見る。

精神は枯れた植物のようで、自分が十七歳の若者の形をした別の何かみたいだ、と感じ、怖くなって、身体が震えた。


逃げるように、猫みたいに背中を丸める。

このままじゃマズイと俺の内側が警鐘を鳴らしている。でも何も出来ない。

そんな自分に酷く吐き気がした。




不意に目が覚めた。

いつの間にか眠ってしまったみたいだ。


明りのない自室は真っ暗でとても寒く、俺は暖房を入れずに寝てしまった自分を責めた。


うつ伏せで眠っていたせいか首がすごく痛い。体勢を変えようと身体を反転させる。

今まで顔を押しつけていたであろう部分に手が当たり、幾らか湿り気を感じた。


どうやら(よだれ)も出ていたらしい。痛い首に締まりのない口。もうジジイになってしまったような気がしてテンションが下がる。


明りを点けようと首の痛みを何とかこらえて起き上がり、出入り口横の壁にある照明スイッチを押した。

机の上に繋がれたままの携帯を開くと真夜中の一時を少し過ぎていた。


舌打ちをして携帯を閉じると軽い頭痛や激しい空腹、そして鬼のような尿意が俺を襲撃してきたので、まず尿意に白旗を上げると一階のトイレに駆け込んだ。


排尿を無事に済ませ、今度は空腹を満たそうとキッチンへと歩いて冷蔵庫の中を物色する。

奥に一昨日作ってタッパーに入れておいたチキンカレーを発見した俺は早速それを取り出して電子レンジへ投入した。タイマーを二分ほどセットしてその間に目ぼしい食い物を探したが、すぐに食えそうな物は無くてがっくりと肩を落とすと扉を閉めた。




平たいカレー皿にご飯をよそって温まったチキンカレーをかける。


食べ始めて数分経った頃、玄関先の門扉が開く音が聞こえてきて親父の帰宅を感じた俺は素早く皿と冷蔵庫に入っていたパックのレモンティーを手にすると自室に上がり、硝子テーブルにそれらを置いて暖房を入れるとまたカレーを食した。


もう親父とは何年も一緒に食事をしてないな……と食べながらぼんやり考え、五分後皿は綺麗に空になった。仕上げに三分の一ほど残っていたレモンティーを全部飲み干して、晩飯タイムは終了した。


親父が自分の書斎に入るのを確認して皿とパックをキッチンに運び、再び自室へ戻ると俺は制服から部屋着に着替えてシャワーを浴び、歯を磨いてまたベッドの上に倒れた。


夕方から眠っていたせいで眠気は皆無に等しくて、暫くそのままでいたがすぐに飽きてしまった俺は大きな溜息をぶっ放すと起き上がり、退屈から逃れるように部屋の中を徘徊した。


少しの時間ウロウロしてみたものの、結局無聊(ぶりょう)を埋めるモノは何も無くて俺はクローゼットからダウンジャケットを取り出して羽織り、ズボンのポケットに財布と携帯を押し込んで、そっと家を出た。



















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