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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
4/30

その4☆刺激中毒者

五十分の授業は、いつも通り教師と生徒との間にお父さんと思春期の娘との間にある

(わだかま)り』のような苦い後味を残し、閉幕する。


そもそも大学の予備校と化した昨今の高校教育は進学を希望していない俺達にとっては、

『名前も知らないどこか遠い国の内戦』くらい関係がない。


その為、真面目にお勉強してしている奴らはこのクラスにいるわけもなく、俺も含めほとんどの生徒は教科書さえ持って来ていないのが現状だ。


何の為に学校(ここ)にいるのか、実は良く分かっていない。


でも居心地が良いのは確かだ。気の合う仲間と、あーだこーだとお喋りをし、貴重な時間を共有する。

確かに居心地は良い。

だけど、これが青春! と呼ぶにはあまりにも薄っぺらくて頼りない毎日が、ほらこうしている間にもとめどなく流れている。


……何かが足りない。


可も不可もない、在り来たりの一日が今日も明日も明後日も続いて行くのかと思うと何とも息苦しい。


でもそれを打破したり、回避したりする(すべ)を俺は知らない。

きっとその形ないモヤモヤとした感情が、形あるイジメと言う物に変換され、若者たちの前に現れる。


素直で純粋な奴ほどそのモヤモヤとした不可抗力に支配され、そして毒されていく。

怪我の功名と言うべきか、幸いこのクラスは他人の痛みが分かる連中が多く、イジメの影は今のところまだない。


って言うより教室を一歩出ると俺達は差別の対象になる。教師からも他クラスの生徒からも。


ガキの頃から言われなき差別を受けてきたフクちゃんは、それを()退()ける為に暴力と言う武器を手に入れた。


毎日ケンカに明け暮れ、少年課の常連となり、超有名指定暴力団からスカウトが来たりと闇の住人になりかけている。

そんな素養を持つフクちゃんに、俺はちょっぴり期待している。


休憩時間の十分を挟んで、黒板の前は現社担当の長谷川に替わった。


唾を飛ばす癖のある長谷川は以前、教壇の前の席にいる

武闘派のジョー(山口譲(やまぐち・じょう))にその癖が原因でケンカを売られた事があったので、

それ以来、季節に関係なく白いマスクを着用している。


ただでさえ活舌が悪い長谷川がマスクを着けるとこれはもうリスニング不可能で、ストーブで暖まった教室の空気が俺の眠気をどんどんと誘い、もうどうでも良くなった俺は机に顔を突っ伏して寝てしまった。


どれくらいの時間が経過したのか分からない。

首が痛くなり、ガヤガヤとしたざわめきで目を覚ました。


ぼやける視線で周りを見渡すとみんなは持参した弁当を囲んでいて談笑の真っ最中。

色々なオカズの匂いが寝起きの俺の鼻を(くすぐ)り、自然と唾が出てくる。

どうやら昼になったみたいだ。


いつもならココで自慢の特製弁当をお披露目するのだが、今日の俺は近年稀に見る厄日で弁当は作り忘れるわ財布も無いわで、もうどうにもならない。


朝飯も食ってこなかった胃袋は限界で、グーグーと鳴きまくり、食い物を要求する。

我慢ならなくなった俺は空腹を紛らわす為、屋上にでも行こうかと重い腰を上げた。


冬の日差しをたっぷりと浴びた屋上には誰もいなかった。


一人なのを良い事に太陽光を全身に浴びて腹を一杯にしようとわけの分からん事を考え、実行する。


屋上の中央付近まで歩いて両腕を水平に肩と一直線になるまで伸ばし、顎を少し上げて目を瞑り、太陽と正対した。


数分が経過し、当たり前だが腹は膨れず俺はやるせない溜息を吐き出すと金網まで歩き、背中を預けるように(もた)れた。

暫くすると入口の扉が開いて誰かが屋上に上がって来るのを感じて、そちらを向くと太い眉毛が特徴的なA組のトシヤ(本城俊弥(ほんじょう・としや))の顔が見えた。


トシヤは俺達のクラスに偏見を持たない数少ない生徒で中学からのダチだ。お互いの存在を確認した俺達はチースと軽い挨拶を交わして、また錆かけた金網フェンスに靠れながら下らない話に興じていた。


トシヤが持参したビニール袋の中に手付かずのカレーパンを見つけた俺がパン食わねーの? と訊くと

トシヤは、あんまり食欲なくてさと呟いた。


良かったら食うか? と言ってきたので有り難く頂戴する。

俺がカレーパンを齧っているとトシヤが本当に辛そうに溜息を吐く。


「どした? 何か元気無くね」

「ん?……いや、そんな事ねーけど」

トシヤは、また溜息を吐き出した。


「そんな事あるじゃん。何、どうしたんだよ? 俺で良けりゃ相談に乗るよ」

トシヤは少し沈黙した後、


「ギンにはちょっと、言いづれーなあ」

と、言葉を漏らした。


「何でだよ、言えよ。誰にも言わないから」


トシヤは俺の顔を一瞥して、その後ゆっくりと低いビル群が立ち並ぶ街の方へ視線を流した。


「……早乙女の事なんだ」


そう言い、トシヤは脱力気味にしゃがみ込んでしまった。腕全体で頭や顔を覆い、切ねえなぁと消え入りそうな声で呟く。


早乙女とはこの学校のマドンナ、早乙女リコの事であり、この学校に通う男子生徒達の憧れの存在だ。


見た目も完璧、勉強、スポーツも完璧で漫画『タッチ』に登場する朝倉南を具現化したような女の子だ。

リコは俺と子供の頃からの幼馴染でトシヤが言いづらいと言ったのは前に俺達二人が付き合っていると噂になったからだろう。


世捨て人になりかけたトシヤの肩をポンと優しく叩いて、前に言われていた事は全部単なる噂でリコとはそういう関係じゃないと熱弁すると、トシヤは何とか元気を取り戻して俺達二人は自分の教室へと戻って行った。


教室に消えてゆくトシヤの後姿を見つめ、悩んでいる人間は美しいと思った。青春万歳!


昼休憩も残り僅かとなり、何もする事が無くなってしまったのでトイレにでも行こうかと教室を出た。


ひんやりとした廊下。

各教室から洩れる生徒達の笑い声やざわめきを避けるように歩いて行き、最初の角を左に曲がったところにある男子便所に入ると、同じクラスのヤマピーがいて俺はチースと挨拶をする。


気付いたヤマピーもウスッと小便器の前に仁王立ちしながら顔だけをこちらに向けて挨拶を返してくれた。俺は一個挟んで隣りの便器に立ち、ズボンのファスナーを下ろして豪快に用を足し始めた。


「なあギン」

「ん~?」

「最近さあ、何か面白い事あったか?」


そう問いかけてきたヤマピーの顔は本当につまらなそうな表情をしている。


「面白いことかあ……そうだなあ……う~ん、まあでも俺が面白いと感じる事とヤマピーが面白いと感じる事は違うかも知れないからなあ」


刺激を欲しているヤマピーは事あるごとにそう訊いてくる。人生にそう面白いモノなんてないが、

『ねーよ』と強く否定するのも気が引けるので毎回俺はそう答えるようにしている。


ヤマピーは自分では気が付いていないかも知れないが刺激中毒者だ。

俺はそれを『スリル・ジャンキー』と呼んでいる。

数ある中毒の中で一番かっけ~モノだと、そして崇高なモノだと俺は勝手にそう思っている。


「何か面白え事ねえかなあ……」


『節水!』と赤い字で書かれた張り紙をぼんやり見つめながらヤマピーはどこか寂しそうに呟いたので

俺は軽く咳払いをして、口を開いた。


「俺達はさ、日本っていう国に生まれて何の不自由も無く暮らしてる。学校にも行かせて貰ってるし、飯も食わせて貰ってる。欲しい物は大概手に入るし、流行りの服だって着られる。そうだろ?」


そこまで言うとヤマピーの顔を強く見据えた。真剣な眼差しに驚いたのか少し両目を見開いてヤマピーはコクリと素早く頷いた。


「だけど……いや、だからかも知れない。圧倒的に俺達から遠ざかってしまった物がある、分かるか?」


ヤマピーはとっくに排尿が終わっているポコチンを出したまま、暫く考えていた。少しの時間が流れ、首を横に振り出した。


「スリルだよ、ヤマピーが好きな刺激と言ってもイイ。平和と言う安心を手に入れて七十年、俺達はスリルと言う禁断の果実を欲しがってる。現に馬鹿な奴らはドラッグや犯罪に刺激を求めてるし、オタクは

秋葉原(アキバ)刺激(ソレ)を求めてる。主婦の万引きだってそうだ。結局、人間の底にあるのは刺激(スリル)、それだけだ」


俺が発したスリルと言う言葉がヤマピーの身体の奥底にある本能、

『スイートスポット』を確実に捉えたのだろう。乾いていた表情や瞳が急速に潤い出して笑みに変わった。


「やっぱ刺激(スリル)ってかっけ~よなぁ」

「ああ、かっけ~し、面白えだろうなぁ」


俺達二人は排尿が終わったポコチンを一緒にしまい、互いの顔を見つめてグフフと意味深に笑んだ。

だが、すぐに何か腑に落ちない事があるのか、訊いてくる。


「でもさ、刺激って一体どうすりゃ良いんだよ? ガッコのセンセーは教えてくれなかったぞ」


俺は静かに首を左右に振り、


「違うんだ、教わる物でも道に落ちてる訳でもない。何つーか……そう、感じるんだ。陳腐な言い方だけど、考えるんじゃなく感じるんだ。何が刺激的か感じるんだ。でも自分が感じれば何でも良い訳じゃない、薬物乱用してオヤジ狩りして警官襲ったって何の意味も無い。マトモな手段じゃなきゃ駄目なんだ。じゃなきゃ誰も認めてくれない。別にこの国と迎合なんかしようとは思ってねーよ。ただ、ぬるま湯にどっぷり浸かって何も感じなくなっちまった大人にはなりたくねえ。……絶対になりたくねえんだよ」


そう言い終わると、たった今ションベンをした便器に向かって唾を吐いた。

見えない強大な何かに取り込まれぬように、抵抗するように唾を吐いた。


「マトモな手段って何だよ? 結局、お勉強って事か?」


答えを見出せない俺が黙っていると、苛立ち気味にまた口を開く。


「そりゃ無理だべ。だって俺達の偏差値、駅前スーパーで売られている特売モヤシの値段と同じくらいじゃねーか」


ヤマピーはハァーッと大きな溜息を吐いて肩を(すく)めた。


確かに俺達はIQ200の天才的頭脳の持ち主じゃない。


プロ野球選手になれる訳でもない。


シンガーソングライターになれるほど、音楽的才能に恵まれている訳でもない。


松本人志のような天才的なボケが言える訳でもない。


全てが普通、って言うより何も無い、タダのボンクラだ。そんな俺達に光射す未来はあるのだろうか?

所詮、何かに飼われ、誰かに管理され、脆弱な社会の歯車の一つにされてしまうのかも知れない。


……だけど……だけど俺は何かあると信じたい。例えそれが戯言だと周りの大人達から冷笑されようと俺は自分を信じたい。信じていたいんだ。


ヤマピーが俺を心配そうに見つめている事に気がついて、無理やり顔に笑みを張り付けると、


「大丈夫だよ、なるようになるさ」


そう自分にも言い聞かせた。

ポジティブが身上の俺達若者はとにかく馬鹿が付くくらい元気じゃなきゃ駄目だ。そう思った。


誰かの言葉じゃないけれど元気があれば何でも出来る。そう、やる気さえあれば何でも出来るんだ。

きっと。

俺とヤマピーはネガティブな気持ちを吐き出すみたいに大きな溜息を放つと、手洗い場で適当に手を洗い、便所を後にした。


冷たい廊下に出て教室に戻る途中、前をヤマピーがキョロキョロと辺りを見渡しながら歩いて行く。


刺激欲求から来る無意識に情報を集めようとする典型的な行動だ。面白え。そのうち俺もこんな歩き方になって行くのだろう……。多分、きっとそうだ。


「見つけようゼ、心の底から熱くなれるモノを」


前を行く(せわ)しない背中に向かってその言葉を投げた。

ヤマピーは一瞬立ち止まり、こちらを振り向いたが恥ずかしかったのでテヘッと笑って誤魔化した。

俺はヤマピーの肩に手をやり、ざわめきに溢れる教室へと歩みを進めた。




 











まだまだ続くのであります(´・ω・`)ノ


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