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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
3/30

その3☆ほしのあきのおっぱいは最高。

 ショートホームルームの途中から着席した俺をクラスのみんなはまるで校内に迷い込んだ野良犬を歓迎するかのごとく、手厚く出迎えてくれた。


「あれ? ギンまだ生きてたの?(笑)」

「生きてるよ! メチャメチャ生きてるよ!」

「ギン~! ほしのあきは最高だよな~!」

「ほしのあきの『おっぱい』が……だろ! このスケベ!」

「その通り!」

「ギン、何で今日はこんなギリなの?」

「ん~? あー、あれだよ向かい風がハンパなくってさ~。もー、三歩進んで二歩下がるって感じ?」


俺は生まれたての仔馬のようにプルプルと震えて見せた。みんながドッと笑う。


「おじいちゃんじゃん! 良かったね辿り着けて(笑)」


俺のクラス、二年B組は問題児ばかり集められた訳あり学級で、ほとんどの教師は俺達を見放している。

その為、授業中だろうが何だろうが私語、携帯、飲食、徘徊、何でもアリだ。

この前も誰かが近所の中華料理屋に出前を頼み、日本史BGM(バック)に酢豚とタンメンを貪り食っていた。


無秩序極まりなく、下手すりゃ家のリビングよりも(くつろ)いでいる。

保身本能丸出しの校長の方針で、校則で縛りつけて暴れられるよりも出来るだけ自由にさせて問題を起こさせない(取り方によってはもう起きているが(笑))ようにと言う、生徒にとっては聖母マリア様のような愛情、もしくは韓国の北朝鮮に対する太陽政策のようなモノが発動され、今日(こんにち)に至っている。


甘い、甘いなセンセー。


子供は常に線引きしながら生きているんだ。

何が()くて何が悪いのか、分かるまできっちり教えなくちゃ。

規則正しい秩序の中でこそ人間は成長し、磨かれて行くんだ――。


と、鞄の中から大好きなうまい棒(めんたいこ味)を取り出して、それをパクつきながら神妙な面持ちで教育論を展開している俺。

ふと、気がつくとSHR(ショートホームルーム)は終わっていて今年の春からこのクラスの担任になってしまった悲運の持ち主、ティーチャー古泉(こいずみ)が世界史をやる気なく語っている……が、当然ながら誰も聞いちゃいない。


俺の左斜め前に座っているフクちゃん(福田聡(ふくだ・さとし))はピアスの開け過ぎで耳たぶのほとんどを持って行かれちゃっていて、耳の収まりが悪いらしく小さな舌打ちを連発しながら気にして触っていて、その隣のニイ(新山正樹(にいやま・まさき))は脱色に次ぐ脱色で枯れススキみたいな頭を触り、「髪が変質してゴムみたいに伸びるんだよ~」と、


横の席にいるヤマピー(山本耕平(やまもと・こうへい))に泣きそうな顔で愚痴っているし(なら、染めるなよ!(笑))、真後ろに座っているタケシ(相沢剛(あいざわ・たけし))は、ほしのあきの写真集見ながら「おぉ~おぉ~」言っててうるせーし(きっともうすぐトイレに行くだろう(笑))


左端の列の一番前に座っている、このクラス唯一の女子ユウちゃん(七瀬夕(ななせ・ゆう))は、

静かに瞳を閉じていて、まるで眠っているみたいに微動だにしない。


ユウちゃんはとても小柄で瞳が大きく可愛い、色白美人だ。幼い顔に似合わずスタイルが抜群で去年の秋に関西の学校からこの高校に編入してきたのだが、その頃は肉食系男子生徒に毎日のようにナンパに会っていた。


その中の何人かのイケメン達がお付き合いの交渉権をゲットしたのだが、そのテンションはみんな最初だけで長続きしない。

理由は分からないが付き合った奴に訊くと、みんな一様に「俺じゃ釣り合わない」と青ざめた顔で言うだけだ。


気になった俺は直接ユウちゃん本人に訊きに行った。去年の冬の事だ。


誰もいない放課後の教室でユウちゃんはその大きな瞳を熱く潤ませて、意味深な感じで

フフフッと笑むといきなり制服の上を脱ぎ出した。


考えてもいなかった予想外の展開に俺は焦ってしまい、目をそらしたまま固まってしまった。

ユウちゃんはまたフフッと笑い、


「……ねえ、見て」


と、甘えた声で囁いた。

ボルテージは最高潮に達し、俺は高鳴る拍動を抑え、意を決してユウちゃんを見つめた。


「ウチ、こんななんよ」


ユウちゃんはシャツの左袖を捲り、腕を前に出す。

その左腕を見た時、俺の拍動は一瞬にして萎えた。

ユウちゃんの左腕は刃物で切り刻んだような傷で溢れていた。


何回も切りつけたと思われるその傷跡は、皮膚が波打つように隆起し、赤黒く変色していてとても痛々しかった。

言葉を失った俺がバカみたいな顔を晒しているとユウちゃんは、


「痛みだけは絶対ウチを裏切らへんから」


と、寂しそうにぽつりと言った。

ユウちゃんはリストカッターだったのだ。


終わらない自傷行為を繰り返す、悲しい姿が思い出されて気が付いたら俺はユウちゃんを優しく抱きしめていた。別に下心があったわけでも恋愛感情があったわけでもない。自分でも良く分からなかった。


もしかしたらユウちゃんと自分が重なって見えたのかも知れない。

俺の腕の中でユウちゃんは静かに泣いていた。

その涙がどういう意味なのか、まだガキンチョの俺には想像もつかなかった。



問題児の集まりである二年B組の俺達は少なからず、同じような痛みを背負っている。


実の親に虐待されていた者、言われなき差別や偏見を受けていた者、児童養護施設で育ち、親の顔さえ知らない者など様々な事情を抱えた奴らが、この鉄と木と化学物質(詳しくは知らないけれど)で構築された四角い箱の中で同じ時間を生きている。


みんなそんな事少しも顔に出さず、健気に明るく毎日を過ごしている。

きっと俺の悩みなど悩みの内に入らないくらい瑣末な事なんだろうな……。

俺は最後の一口となったうまい棒を口の中に収め、深緑の板の前で一人芝居のように

ウロウロしている古泉の、最近めっきり禿げ上がってきた額をぼんやりと見つめた。











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