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ライス☆ハント  作者: 藤原ひろ
26/30

その26☆全身脱毛に成功したマウンテンゴリラ

 ブラックのアジトは街の中心から少し離れた場所にあった。


南関東を拠点に全国でも名の知れた本屋と、業界第三位をキープする某有名コンビニが隣接する間の細い路地を抜けた先、不況の煽りを受け、一昨年潰れたクラブ『j』が奴らのアジトだった。


洒落た造りのガラス張りのドアには特殊な黒いフィルムが張られていてブラックのチームカラー同様、真っ黒で外から中の様子は窺えない。


ドアの上、切れかけた電飾が点滅していて、クラブ『j』の文字がジッ……ジジッ……と焼けるような不気味な音を発している。

電飾の隅、張られた蜘蛛の巣が朝日を浴び、(ひび)割れのように煌めいた。


錆かけたドアノブを掴み、中に侵入する。


陽が差し込まない構造なのか、薄暗い店内は静かでそのせいか匂いが際立った。

煙草と酒と複数の人間が出入りしている熱気と狂乱が空間に染みついている。


床には足の踏み場も無いほど安物の酒の空瓶やスナック菓子の袋、それに煙草の吸殻や

バイク週刊誌が散乱していて綺麗好きの俺にはこの場にいる事が罰ゲームのようだ。


その四方を分厚いコンクリートの壁がガッシリと囲っていて、つま先で床に転がる空瓶を軽く蹴るとその陰から黒光りした大型のゴキブリが慌てた様子で店の隅に走り、消えた。


溜息を一つ吐いた。誰もいなかった。


俺は店の奥にある背の高いストゥールに座り、ブラックが来るのを待った。

何時間でも待つつもりだった。だが座ってものの五分、敵はすぐに現れた。


入口のドアが開く音が聞こえて、新鮮な煙草の匂いが鼻を刺激する。

俺はストゥールから降りて入口を睨む。視線の先に黒のライダースジャケットを着込んだ男が静かに現れた。

短く刈り込まれた髪、鋭い二重の眼、四角い頑丈そうな顎に太い首。ジャケットの上からでも分かる発達した筋肉、全身脱毛に成功したマウンテンゴリラのようだ。


その男は俺を見つけると一回不思議そうに眼を見開いた後、銜え煙草のまますぐに殺気の籠った鋭い視線をこちらに向けて来た。


「……何だお前? 何してんだコラッ」


男の視線がより強い光を放ち、俺を照らす。ホームベースみたいな四角い顔をポイントしながら口を開いた。


「あんたブラックかい?」


男の眉間に皺がよる。構わず続けた。


「ブラックのメンバーかい?」


今度は舌打ちが返ってきた。男はタワシのように硬そうな頭をガシガシと掻いた。溜息が混じる。


「お前馬鹿か? 俺が質問してんだよ、答えろよ」


そう言い、俺に向けて一歩足を踏み出した。履いていた黒のエンジニアブーツが床に散らばっているゴミを無遠慮に踏み潰す。


「……ブラックなんだな?」


俺の声は静かだった。アフロ男と対峙した時のような胸の鼓動はもう聴こえなかった。男は眉間の皺を更に深め、こちらを睨んだ。


「だったら何だっつーんだよガキッ!」


俺は無表情のまま前を見つめ、そして言った。


「ブッ倒す」


瞬間、男が銜えていた煙草を宙へ放った。身構える。


その動作と同時に俺は素早く左の脚を踏み込んだ。上半身を捻るようにして使い、渾身の右ストレートを男の四角い顎先目がけてぶっ放した。


ゴツイ両拳のガードの間を擦り抜けて、右ストレートはその硬い顎に完璧にヒットした。鈍い打撃音。右の拳に伝わる衝撃。どれを取っても完璧だった。


だが男は立っていた。幅の広い二重瞼の眼がゆっくりと俺の顔をなぞった。寒気が走る。

チッと舌打ちをして素早くバックステップした。足許でゴミがガサガサと鳴いて室内に広がる。


「流石に強えなブラックはよ」


俺は一定の距離を保ちながらこのゴリラをどう料理するか考えていた。

何処かに弱点、ウィークポイントがあるはず……。そこを叩いて必ずブっ倒してやる。


睨みつける俺の眼を一瞥して男は堅牢なその顎を左手で一擦りして顔に薄い笑みを浮かべた。


「この街でブラックに楯突く馬鹿がいるとはなぁ。クレイジーだなお前」


俺の眼は男の全体を観察するように動いていた。攻撃するべき場所を探していた。

男が間合いを少しづつ詰めながら極太の指を片手でバキバキと鳴らした。臨戦態勢に入る。


ある一カ所に狙いを定めて、少し重心を落とした構えに切り替える。

相手のつま先がこちらの間合いに抵触した瞬間、俺は床のゴミを蹴り上げた。

幾つかのゴミが舞い上がり、男の視界を塞いだのと同時に突っ込んだ。


狙いを定めた場所、鳩尾に全力のアッパーを放った。


硬化した男の腹筋のやや上、人体の急所である鳩尾にアッパーが滑り込む。水枕を叩いたような感触のすぐ後、「グゥッ」と言う呻き声が聞こえ、上半身が前に傾いだ。男の後頭部が見えた。


俺は咄嗟に左腕を畳み、肘を鋭角にして頭上に振り上げるとそのまま素早く、後頭部目がけてその左肘を振り落とした。左肘が男の後頭部にぶち当たり、目標を破壊する乾いた衝突音が店に響いた。その音と肘に残る痛みで正直俺は勝った………と思った。


事実そのゴリラは床に倒れ、街に現れたのを後悔するみたいに沈黙していた。

だが敵は俺が構えを止め、一つ呼吸を整えている間に再び立ち上がった。何事も無かった感じで首の関節をポキポキ鳴らして、鋭い眼がまたこちらを照らした。俺は訊いた。


「不死身かい? あんた」


その問いに男は答えなかった。


ペッと床に唾を吐いたかと思うと身体に似合わない素早いフットワークで、相撲で言うぶちかましを見せた。マウンテンゴリラよろしく、そのパワーは凄まじく体重六十五キロの俺はその圧力に負け、後方に勢い良く吹き飛んだ。


店の奥まで飛ばされ、俺の身体は何個かあったストゥールに激しくぶつかり、止まった。

ゴリラはこっちを鋭く睨んだまま、近づいて来る。


全身の痛みに耐え、何とか立ち上がる。男が叫んだ。黒のエンジニアブーツが床を強く捉え、同時に横殴り気味の右ストレートが飛来する。身体を折り曲げるようにして左のガードを出した。ぶち当たる。


洒落にならない衝撃が左腕を通じて脳に突き抜けた。痛え。身体が軋み、顔が歪む。男は構わずゴツイ拳を振り落とす。今度は左だ。同じように右のガードを上げた。ぶち当たる。


先程と同じ衝撃が身体を駆ける。三発、四発と男の拳がガード越しに被弾して両腕の感覚や熱を奪ってゆく。攻撃を被弾している最中、不意に右の生え際、額部分に別の痛みが走り、ゆるりと何かが垂れた。右目の目尻を通過してそれは顎先から床へと流れた。血だった。吹き飛ばされた時、ストゥールで切れたのだ。


右目に入り、視界が半分死んだ。俺は心の中でチッと舌打ちをした。男は構わず拳を振るって来る。マズイ。このままじゃマズイ。亀のように身を屈め、好機を待った。


上から殴られた圧力で視線が一瞬、下に降りる。俺の眼に男の膝が映った。


コレだと思った。


ガードを固め、タイミングを見計らう。ゴリラの右腕が動いた。俺は相手の左膝の内側を出してくる右ストレートに合わせてフルパワーで蹴り飛ばした。男がグラつく。更に自分の出した右ストレートの勢い、遠心力で左方向へ大きく傾いだ。最初で最後の好機。


すぐさま肩口を両手で掴み、少々低いゴリラの鼻面目がけて思い切り頭突きを繰り出した。

グシャッと言う卵か何かを踏み潰した音と感覚が拡がり、男の動きが止まった。もう一度繰り出した。一撃目よりやや小さい感触が俺の触覚を通過した。


肩から手を放してバックステップの動作で後ろへ軽く跳び、距離を取った。男の顔面が鮮血に染まっていた。意思が無い人形のようにフラフラとよろめいて力無く前に傾き、敵はそのままゴミが散乱している床へと倒れた。


俺はフゥーと息を吐くと覚束ない足取りで少しふら付きながらまだ無事なストゥールに近付き、倒れ込むように座った。静寂が戻ってきた。


それと同時に額の傷や身体の至る所の傷が思い出したように痛み出した。身体を丸め、獣が傷を癒すように少しの間、じっとしていた。


額から流れ出る血が殆んど止まり、全身の痛みが和らいだ頃になっても男に立ち上がってくる気配は無かった。俺は一つ息を吸い、吐き出してストゥールから降りた。


次のターゲットを探していた。

 


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